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ヘレディタリー 継承

ネタバレが出来ないので感覚の話をしようと思うんですが、えー、なんだろうなぁ、これ。えーと、怖い怖いと言われてますが、怖さにもいろいろありますよね。で、この映画は間違いなく怖いんですけど、その、よく言われているいわゆる「怖い」というのとはちょっと違うところの怖さ(いや、本来の意味ではこうゆうのこそを「怖い」って言うんだと思うんですけど。)なんじゃないかなと思うんですね。ただ、哲学的な意味での、よく考えると「怖い」ってことでもなくて。間違いなく怖い事象を描いているんですけど、人によってはこういうことを「怖い」と言わなくなってるのかもしれないなぁと(いや、もしかしたら「怖い」の度が過ぎてよく分からなくなっているのかもしれないですね。)。しかし、れっきとしたホラー映画「ヘレディタリー 継承」の感想です。

まず、冒頭が秀逸なんです。窓から外の風景が見えていて、カメラが引くと部屋の中が映るんてすけど、そこには様々なドールハウスが置かれているんです。で、そのまま右にゆっくり移動しながらそのうちのひとつにカメラが寄って行くと、それがいつの間にか実際の部屋になって、ドアから登場人物が入って来て最初のセリフを話し出すという。なんというか、夢か現実か分からなくなる様な変わった作りのオープニングなんですね。で、その一連の動きに行く前のほんとにほんとのファースト・カット。窓から見えているのはツリーハウスなんですが、ツリーハウスというのは実際に生えてる木をそのまま柱として使っていて、その木の上の方に建物を建てるのでパッと見家が空中に浮いてる様に見えるんですね。それが映画始まっていきなり映るんです。なので、まずここで、「ん?あれ、何だこれ?」ってなるんですよね。良く見れば「ああ、ツリーハウスか。」ってことで終わるんですけど、この映画ですね。この「ん?今の何?え?なになに?どういうこと?」っていうのの連続なんですよ。で、それが続いていく中で「今のは確実になんか…。」みたいなことがあるので、段々全てのカットが信用出来なくなるというか、常にどこかがおかしいんじゃないかって気になってくるんです。

で、そうやって観ていくと(冒頭の部屋のカットから、あるお婆さんの葬式の場面に移って、この映画の主人公となる家族が式に参列してるってシーンが描かれるんですが、その)、お婆さんの死自体にも何かありそうだし、その死を家族が悲しんでない(娘のチャーリーだけが悲しそう)のにも何かありそうだし、母親と娘(のチャーリー)の存在感に比べて父親と息子は影が薄い感じがするのに、最初のシーンがこのふたりから始まるのにも違和感が出て来るし、娘のチャーリーは登場しただけで凄いインパクトだし、母親とチャーリーの関係性とか、お婆さんとチャーリーの関係性とか。とにかく、まだ何も始まってないのにめちゃくちゃ禍々しいというか。「これ、一体何を見せられているんだろう。」っていう不安と焦燥が充満して行くんですね。で、この時点で(地鳴りの様なBGMとも相まって)、これは完全にヤバイもん観せられるなと予想がつくんですけど、とにかくまだ何がなんだか分からないので、その "何だか分からないけど何かがおかしい"っていうのの連続を「むー…」って気持ちで眺めることになるんです。そうすると、ほんとに「何それ?」ってタイミングで、この世で考えうる最悪なことが起こるんですよ(あ、今、「最悪」って書きましたけど厳密に言うと "人間が考えることの出来る範疇での「最悪」"って意味ですからね。まだまだこの後、更に最悪なことが続くので。)。だから、まぁ、とりあえず怖いかどうかは置いておくとしても、そうとう厭な話ではあるんです。

で、その厭さっていうのが恐怖と結びついて来るので「怖い」に変換されるってことなんだと思うんですけど。あの、さっき最悪なことが起こると書きましたけど、起こったことはほんとに絶望的に最悪なこと(えーと、最悪って言葉がかなり軽い感じで使われている昨今ですが、本来の意味での最悪という言葉、久々にその意味を噛み締めながら使ってます。)なんですけど、更に厭なのは、その起こったことに対する周りの人達の「わ〜、最悪だ〜。ああ、どうしよう。」っていうのをですね。じっくりと(そのまんじりともしない夜が朝になるまで)、徹底的に見せられることになるんですね。だから、まず、最悪なことが起こるじゃないですか。これは文字通り最悪ですよね。それで、更にそれが起こったことに対する周りの「うわ〜」っていうのも見せられるので、それも追加されて最悪が増幅するわけじゃないですか。で、そういう最悪のインフレを見せられてると「ていうか、よくこんな話思いつくな。」って感じで思考が物語の外側に向くんですね。このストーリーの外側に思考が向くっていうの、じつは、この映画の初っ端から仕組まれていたことかもしれなくて。なぜなら、この映画、映画内で起こってることを俯瞰で見ている様なショットがやたらと多いんですよね(誰かひとりが行動してるシーンをカメラが追った後、そのままカットを割らずに直接は関連してないもうひとりの行動を追って行くみたいな演出が多いんですよ。つまり、実際には関連のないふたつのシーンを誰かひとりの視点で追ってる様な。全てを把握した第3者の視点で全体を見てる様な感じがするんです。)。それと、冒頭のシーンでの夢なのか現実なのかっていうフリとか、母親の仕事であるドールハウス作り(物語の途中からこの母親は家族内で起こった事件をミニチュアで作る様になっていくんです。)とか、割と最初から物語を外側から見てる視点があるんです。えー、要するに、それが一体誰の視点なのかって話になって行くんですけど。

でですね、そういう様々な "何だか分からないけど何かおかしい。"っていうのが段々と何かひとつのところに収束して行ってるなっていうのを感じる様になって来るんですね。で、この収束して行ってるところである何かっていうのがさっきから感じてた第3の視点の正体なのかな。そういう話なのかなって思ってると、そうなって来た辺りで最悪が(それまでの空気とか流れを無視して)暴走し出すんです(というか、ここまで来て暴走とかほんと凄いと思うんですけど。)。で、またもや観客は収集のつかないところに投げ出されることになるんですね。さすがにそうなって来るともうヤバ過ぎて(例えば、夢を見ててその夢のあまりにもな荒唐無稽さにこれは夢だなって思うことってあるじゃないですか。ああいう感じになって)、ちょっと笑えて来ちゃったりするんですよ。で、その笑っている自分を見てるもうひとりの自分がいて、「なんで、こんな状況でオレは笑っているんだ。」って突っ込んだ後に、その自分の狂気にサーっと冷めてくみたいな。そういう、人の弱さとか愚かさにつけ込む作為的な悪意っていうか、ある時、気づいたら最悪の状況の事故現場にいて、その光景をなぜかボンヤリ眺めていたら、事故の張本人は自分だったみたいな。「うわ、オレ最悪じゃん。」ていう。その「うわ、オレ…。」っていう恐怖(僕は人間の感じる恐怖というのは最終的に自らの死ってことに起因してると思ってるんですけど、ここで描かれてるのって死ねない側の恐怖で。この反転を「全然怖くないじゃん。」と感じてしまう人もいるんじゃないかと思うんです。ただ、確かに自分の死以上に嫌なことだわこれは。とも思うわけです。)。それを感じることになるんですけど、さすがに映画観ててこんな悪意ある恐怖を感じたのは初めてだったんですよね。で、最終的に物語がどこに向かって行くかというと(こんなに哲学的に恐怖を掘り下げざるを得ない様なもの見せられたのに)、観念的なところに逃げずにちゃんとオチがつくんです(というか、観終わると、最初からここに向かって来てたってことが分かるんです。)。こういうところも含めてとにかく上手いんですよね。映画の作りが。

つまり、人間が考えうる最も「最悪」な話を、全く無駄のない脚本や、独特な間の演出、スタイリッシュな映像とか、振り切った俳優の演技(この手の映画なのにフェティッシュなキャッチーさで何度も観たくなるシーンがあるっていうの凄いと思うんですよね。母親役のトニ・コレットさんの振り切れ方とかハンパなかったですし。)で、かなりレベルの高いホラーに仕上がっていて。監督のアリ・アスターって人、ほんとヤバイですね。なんか怖いの作ろうと思って、根源的(感覚的)な怖さもありつつ、同時にきっちり昔からある様なホラー映画としても(ロジカルに)怖いもの作れちゃってるんですもん。長編デビュー作で作れないですよ。こんなの。スタッフ名のアルファベットが一文字づつ"継承"されていくエンドロール(ここでかかる曲のチョイスも最高でした。)観ながら、「こんな話観せられて一体どういう気持ちになれと…。」と、「めちゃくちゃ面白かった!」が両立しちゃってて、久しぶりに(最高と最悪)見たいと見たくないが混在する、ほんとに悪魔的な映画でした(先日、どうしてももう一回観たくなって、2回目観に行ったんですが、2回目だからこそ分かる面白さもあって良かったんですけど、「あ、ここはやっぱり観たくなかった…。」と後悔もしました。たぶん、あのシーンは何回観ても厭なんだろうと思います。)。

はい、ということで、最後にストーリーを説明出来なかった分観ながら思い出した映画を挙げておきます。「エクソシスト」、「オーメン」、「シャイニング」、「ローズマリーの赤ちゃん」、「キャリー」、「ファニーゲーム」、「呪怨」、「マーターズ」、「哭声/コクソン」、「ウィッチ」、「聖なる鹿殺し」と、あと、これは妹チャーリーの名前と風貌からだけですが「炎の少女チャーリー」もですね。割と古今東西様々なホラー映画が思い浮かびますが、最終的な鑑賞後感はそのどれとも違うんですよね。

http://hereditary-movie.jp/sp/

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