星屑ロケット【ショートストーリー】
ひろ君は、ベッドで暮らしている。ごはんを食べるのもベッドの上。歯磨きもベッドの上。春に小学生になったばかりだけど、入学式もベッドの上だった。おばあちゃんが買ってくれたランドセルをおふとんの上に置いて記念撮影した。
歩けないひろ君をみんな、かわいそうだと言う。でも、ひろ君には、毎日楽しみにしていることがある。
それは、おかあさん。
おかあさんは、毎日、夕方になると、ひろ君の見舞いに来てくれる。
今日もお母さんは、来てくれた。
「ひろ君、メリークリスマス」
仕事帰りのお母さんは、ひろ君のベッドを囲んでいる黄色いカーテンをさあーっと開ける。
走ってきたのか、マフラーがくちゃくちゃになっている。
「おかあさん、メリークリスマス」
ひろ君の顔色が、ぱあーっと明るくなる。
おかあさんが、カーテンをしめると、二人きりで小さなテントにいるみたいだ。
木枯らしに吹かれて真っ赤なおかあさんの両手が、ひろ君のほっぺを包む。
「わあっ冷たいよ」
「調子はどう?」
「元気だよ」
元気な日も辛い日もひろ君は、元気だよと答える。
「そうかそうか」
ひろ君のうるんだ目を見ておかあさんは、少し真剣な顔をした。
「おかあさん、あした、サンタさんからのプレゼント絶対わすれないでね」
「もちろんよ」
「サンタさんには、ちゃんと言ってくれたんだよね」
「わかってるって。星屑ロケット、でしょ」
「うん!」
ひろ君は、リクエストがサンタさんに伝わったことがわかってホッとした。
「ひろ君、ごめんね。今日はもう帰るね」
「え!いやだいやだ」
「おばあちゃんの具合があまりよくないんだ。車でおばあちゃんちまで行ってくる」
ひろ君は、がっかりして、ベッドのおふとんにもぐりこんだ。
「ごめんごめん。そのかわり明日はゆっくり一緒にいよう」
「ほんとう?お見舞いの時間が終わるまでだよ」
「わかった」
おかあさんは、また両手でひろ君のほっぺを包むとひろ君を見つめる。ひろ君もおかあさんを見つめる。
おかあさんの目の中にひろ君がいた。ひろ君の目の中にもおかあさんがいた。
「またね」
「うん、またね」
入院した日から、ひろ君とおかあさんは、さようならは言わない。絶対、明日、また会えるように。
でも、クリスマスの日、いくら待ってもおかあさんは来なかった。
「約束やぶり!」
ひろ君は、おふとんをかぶって、おかあさんが来ても出てやるもんかと思った。
でも、夜になっても、おかあさんは来ない。ひろ君は、だんだん、おかあさんが心配になってきた。
黄色いカーテンが揺れた。
「おかあさん!」
顔を見せたのは、看護師さんだった。真剣な顔をしている。
「おかあさん、今日は、来れないって」
「え!どうして?」
「うん。明日、おばあちゃんが来てくれるからね」
看護師さんは、ひろ君の質問に答えないで行ってしまった。
おかあさんが見舞いに来なかった日はない。どうしたんだろう?
ひろ君は、しんぱいで、地球がぐらぐら揺れる気がした。
その夜は、熱が出て、なかなか眠れない。息が苦しい。看護師さんが心配そうにひろ君をのぞきこみ、指に小さな機械をつけた。
「おかあさんは?」
ひろ君は、はあはあしながらなんとか言う。
「明日ね」
看護師さんは、ひろ君の目を見ずに、ふとんをととのえると出て行ってしまった。
廊下で看護師さんのひそひそ声が聞こえて来た。
「困ったわ。おかあさんが事故に合うなんて」
「怪我はひどいの?」
「意識がないんだって」
廊下が少しシンとした。
「かわいそうに」
じこ?
けが?
おかあさんが?
ひろ君は、熱にうなされながら、一生懸命息をしていた。からだが燃えそうに熱い。
黄色いカーテンが揺れた。
「おかあさん!」
ひろ君がからだをおこそうとすると、ふかふかの赤いセーターを着た腕がのびてきて、そっとひろ君をおふとんに戻した。
せっけんの匂いがするおかあさんとは、違うミントガムみたいな匂いだ。かいだら、すーっと息が楽になった。
「メリークリスマス」
うすぐらくて顔はよく見えないけれど、赤いセーターには、トナカイの模様があった。
「サンタさん?」
「そうだよ。リクエストは、おかあさんから聞いてるよ」
そう言うと、サンタさんは、アルミのピカピカ光るスーツケースを取り出した。
「トナカイは?そりは?」
「それは、大昔のサンタだよ。最新のサンタは、自家用ジェットでびゅーん」
サンタは、ひろ君のベッドの上にスーツケースを開けると、銀色の小さなロケットを取りだした。
「星屑ロケット、これがほしかったんだろ?」
ひろ君は、体をおこすと、星屑ロケットを手にとった。ロケットには、たくさんの流れ星が金色で描いてある。ずっとほしかった星屑ロケット。
でも。
「星屑ロケット返品できる?」
「どうしてだい?」
「その代わりお母さんの所へ連れて行って!」
サンタさんは、腕を組んで首をふった。
「それは無理だよ。サンタは魔法使いじゃない。それにおかあさんは、飛行機では行けない所にいる」
「おかあさん、病院にいるんじゃないの?」
「体は病院にいるけど、たましいはもう体を出てしまった」
「たましいは、どこに行くの?」
「天国だよ」
「しんじゃうの?いやだいやだ」
「取り戻せばいいじゃないか」
「ぼく歩けないもの」
「星屑ロケットがあるじゃないか。宇宙は無重力だからからだが浮くんだよ。歩くのなんか簡単さ」
「ぼく行く!」
するとサンタは、ビニールプールを膨らませるときに使う空気ポンプを星屑ロケットに差し込んで、ぷうぷうと空気を送り込んだ。ひろ君が乗れる大きさになると、抱き上げて、コックピットに座らせてくれた。
「いいかい。夜のうちに、たましいを取り戻すんだ。まだ間に合う。朝までに、たましいを体に戻せなければおかあさんとは、二度と会えない」
ひろ君は、大きな目をさらに大きくした。
「どうすればいいの」
「あとは自分で考えて。ひろ君ならできるよ」
「ありがとう」
「またね」
サンタは、がちゃんとロケットの扉を閉める。
ひろ君もまたねと言ったけれど、サンタはもういなくなっていた。
ロケットのハンドルをにぎって親指に力をこめると、ドンっと大きな音がした。
黄色いカーテンを引き裂き、窓から飛び出したロケットは、ヒーンと夜空を切り裂いて、ぐんぐんスピードをあげていく。
ロケットの窓からは小さくなっていく地球が見えた。
「またね」
ひろくんは、地球に手を振った。
ロケットは月を越えて飛んでいく。天の川をわたると、赤い星が最初に見えてきた。
「なんて名前の星かな。わからないけど、真っ赤で小さくてプチトマトみたい」
ひろ君は、だんだんスピードを落とすと、赤い草原の中に星屑ロケットを着陸した。
「おかあさんここにいるだろうか」
ひろ君が外に出ると、からだが軽い。空気は、綿あめみたいな甘い匂いがした。
「これならぼく、どこまでも歩けるぞ」
草原には、たんぽぽの綿毛みたいな赤い花がふわふわと風に揺れていた。一本摘もうとすると、触れたところがチカッチカッとクリスマスのイルミネーションみたいに輝く。ひろ君は、もっと見ていたかったけど、はやくおかあさんを探さないといけない。
遠くに光の柱が空に伸びている。ひろ君が近づくと、たくさん人を乗せたエレベーターが光の柱の中をのぼっていくところだった。
「あそこにおかあさんが乗っていたかもしれない」
ひろ君は、そうだったらどうしようと泣きそうになった。
「あなたも乗り遅れたの?」
ひろ君がふりむくと、セーラー服を着た中学生位のおねえさんが立っていた。
「エレベーターを降りて、お花を摘んでいたら先に行かれちゃった」
「おねえさんも天国に行くの?」
「そうよ」
おねえさんは、ポニーテールを揺らしてヒマワリみたいにぱあっと笑った。
「元気そうなのに、どうしてなの」
「なぜかしら。どうして天国に行くことになったか忘れちゃった。名前もね。あなたもでしょ?」
「ううん。ぼくは、ひろっていう名前だよ。おかあさんを探しに来たんだ。さっきのエレベーターに、きれいで優しくて笑った顔がお日様みたいな女の人、乗ってなかった?」
「たくさん乗っていたよ。どの人だろう」
ひろ君は、やっぱりおかあさんは先に行ってしまったんだと思った。
「ぼく、行くね。おかあさんを追いかけなくちゃ」
「どうやって行くの」
「ぼくの星屑ロケットで」
「わあ、ロケットがあるのね。私も乗せていって」
おねえさんは、駆け寄ってひろ君の手をにぎろうとしたけど、ひろ君は恥ずかしくなって両手を後ろに隠してしまった。
「次のエレベーターがいつ来るかわからないし、ひとりぼっちはさみしいし」
おねえさんは、また顔にヒマワリを咲かせた。
ひろ君は困ってしまった。
「おかあさんが見つかったら、ぼく急いで地球に帰るんだよ」
「うん。わかってるって。見つかるまででいいからさ」
「ならいいよ」
ひろ君とおねえさんが、帰ろうとすると、強い風がゴオゴオと吹き出した。草むらがざざざざあっと揺れると、綿毛が吹き飛んで、真ん中の玉が青く輝きだした。
赤い草原は、青い草原になってしまった。
ざあっともういちど風が吹くと青い玉は飛ばされて、空にのぼっていく。
「きれいね」
おねえさんが見とれている。
「なんだかさみしいよ」
「大丈夫。あれは種だもの。どこかで芽を吹いてまた花を咲かせるよ」
「それならいいんだけど」
ひろ君とおねえさんは黒い宇宙を見つめる。
「おねえさん、見て!」
気が付くと、葉っぱや茎が茶色く変わっていく。とがった茎が靴を突き破って、ロケットに着くころには、ふたりとも足が傷だらけになってしまった。
ひろ君は、コックピットに座ると、後ろの席におねえさんを乗せてあげた。
「せまいのね」
ひろ君は、むっとする。
「もう!のせてあげないよ」
「うそうそ。かっこいいよ、このロケット」
おねえさんは、片目をつぶってニッと笑った。
ひろ君がロケットのエンジンをかけた。
「ひろ君、急いで!」
窓の外を見ると、どろどろの赤い波が、草原を飲み込んでいくところだった。
「発射!」
飛びたとうとすると、地面から赤い手がたくさん、おいでおいでをするように、伸びて来て、ロケットをつかまえてしまった。
「ああ、だめだ!」
「だいじょうぶ、任せて」
おねえさんは、ロケットの窓から手を出すと、大きな声で「じゃーんけーん」と言った。
「ポン!」
おねえさんがグーを出した。赤い手はおねえさんに勝ちたくて、ロケットを離してパーをした。その瞬間、ひろ君は、ロケットをぎゅんと飛ばした。
赤い星はぐんぐん後ろに遠ざかった。
「あぶなかったね。赤い波が、草原をめちゃくちゃにしちゃった」
「地面を耕しているのよ。また種が育つように」
「どうしていろんなことにくわしいの?」
「なんでかな。生きていた時のことを忘れたら、思い出したの」
星屑ロケットは、宇宙エレベーターに沿って飛んでいく。エレベーターは、ドーナツみたいな輪のある星に向かって伸びていた。
「きっとあそこが天国なんだ」
ひろ君は、輪の上に、星屑ロケットを着陸させた。
おねえさんとひろ君は、ロケットの外に出る。ちょうどエレベーターが到着したところだった。
チンと鳴ってエレベーターが開くと、わあっと小さな女の子や男の子が走り出してきた。
「あれ?子どもばかりだ。このエレベーターじゃなかったんだ」
最後に、エレベーターから男の人が出て来た。
「あっ」
男の人が着ている赤いセーターには、トナカイの絵が編んであった。
「サンタさん!」
男の人が不思議そうな顔をする。
「サンタさんて誰だい。わたしはエレベーターボーイだよ」
「ぼくのこと、忘れちゃったの?」
「うーん。会ったかもしれないな。エレベーターには、子どもがたくさん乗ってくるから」
「ちがうよ。地球でぼくに、星屑ロケットをプレゼントしてくれたじゃないか」
「忘れたなあ」
「おとなの人が乗ったエレベーターはいつ来ますか?」
おねえさんが聞くと男の人はあははと笑った。
「この子たちはさっきまで大人だったんだよ。天国に行くまでに若返るのさ。赤ちゃんよりもっと前のいのちの種まで」
サンタさんは腕時計を見て、「あっ時間だ!」
と言った。腰につけていた鈴をシャンシャンと鳴らし始めた。
「上へまいりまーす」
子ども達がわあっと集まって来て、エレベーターに乗り込む。
「きみはどうする?」
サンタさんがおねえさんに聞く。
「乗ります」
おねえさんもエレベーターに乗り込んだ。
「おねえさんも地球に来たらいいのに」
なんだかひろ君は泣きたくなった。
おねえさんは、にっこり笑うと、ひろ君のほっぺを両手ではさんだ。おねえさんの目の中には、ひろ君が映っていた。
「またね」
シュンと扉がしまった。
「待って!」
エレベーターは、ぐんぐん昇っていく。
「ぼくわかった! おねえさんが、おかあさんだったんだ!追いかけなくちゃ」
「もう間に合わないよ。今乗った人は、そろそろ種にもどるころだ」
ひろ君は、ロケットに飛び乗ると、赤い星を飛び出して、光の柱の中を進んでエレベーターを追いかける。光の柱は、青く輝く星に届いていた。着陸したところは、青い砂浜が、とおくまでずっと続いている。
「砂はぜんぶいのちの種だ!」
ひろ君は種を踏みたくなかったけど、踏まないと進めない。
とおくの方に誰かがしゃがんでいる。近づくと幼稚園くらいの女の子だった。一生懸命砂浜を掘っている。
「何をしているの?」
「探しているの」
「なにを?」
「大切なもの。きらきら光って、流れ星の絵が描いてあるの」
「星屑ロケットだ!ぼくのロケットだ!」
ひろ君は、女の子のほっぺを両手で包んだ。女の子の目の中にひろ君が映っている。
「おかあさん!ぼくだよ」
遠くからシャンシャンという音が聞こえてきた。
「わたし行かなくちゃ」
「行っちゃだめ!またねって約束したじゃないか。一緒に地球に帰ろう」
女の子は、ひろ君をじっと見つめたあと、ぱあっと太陽みたいに笑った。
「そうだったわね」
ひろ君と女の子は、手をつないで、ロケットまでかけっこでいそぐ。
女の子は、どんどん幼くなって、歩けなくなってしまった。
「せなかに乗って!」
ひろ君は、女の子をおぶって歩くことにした。砂浜に足がのめりこんで、なかなか進めない。息がぜえぜえとあらくなる。
「あれ?」
急に背中が軽くなった。
おぎゃーおぎゃー。
女の子は赤ちゃんになって、泣きだした。
「急がないと」
ひろ君は、ロケットまで走ると、赤ちゃんになったおかあさんを抱きしめてコックピットに乗った。急いでエンジンをかける。
ロケットは、光より早くぶっ飛んだ。青い星がとおくなり、輪のある星を越えて赤い星を越えて。やっと地球が見えるころには、赤ちゃんは、ひろ君の腕の中でどんどん小さくなっていく。
「もっと早く!」
ロケットのスピードを上げると、ひろ君の髪の毛も手も足も椅子にぎゅっと押し付けられてつぶれされそうだ。
「あっ」
手のひらにのるほどに小さくなった赤ちゃんは、青い玉になっていく。
「だめ!」
もっと、早く、もっともっともっと。
「おかあさーん」
星屑ロケットは、赤く燃えながら、地球の、日本の、ひろ君が住んでいるまちの病院へ、おかあさんのところへ流れ星みたいに落ちていった。
カーテンが揺れて、おかあさんが目を覚ますと、おばあちゃんが顔をのぞきこんでいた。おかあさんは不思議そうにまわりを見渡す。
「交通事故にあったんだよ」
おばあちゃんが、手を握って言う。
「星屑ロケットは壊れちゃった?」
「星屑ロケット?おもちゃかい?どこにもなかったよ」
「そうなのね」
おかあさんの目から涙がこぼれた。
気が付くと、ひろ君は、ベッドにいた。手にはしぼんだ星屑ロケット。
看護師さんがたくさん走りまわっていたけど、ひろ君は疲れていたから何も聞こえなかった。
「またからだが動かなくなっちゃった」
でも、ちっとも悲しくなかった。
おかあさんに、きっとまた会える。
ひろ君は、目をつむった。
クリスマスの夜がもう少しで明ける。
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