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大逆転!人生・感動物語。vol.5

俺には母親がいない。
俺を産んですぐ事故で死んでしまったらしい。

産まれた時から耳が聞こえなかった俺は、物心ついた時にはすでに簡単な手話を使っていた。

耳が聞こえない事で俺はずいぶん苦労した。

普通の学校に行けず、障害者用の学校で学童期を過ごした訳だが、片親だった事もあってか、近所の子供にバカにされた。

耳が聞こえないから何を言われたか覚えていない(というか知らない)が、あの見下すような馬鹿にしたような顔は、今も忘れられない。

その時は、自分がなぜこんな目に遭うのかわからなかったが、やがて障害者であるという事がその理由だとわかると俺は塞ぎ込み、思春期の多くを家の中で過ごした。

自分に何の非もなく、不幸な目に遭うのが悔しくて仕方がなかった。

だから俺は父親を憎んだ。
そして死んだ母親すら憎んだ。

なぜこんな身体に産んだのか。
なぜ普通の人生を俺にくれなかったのか。

手話では到底表しきれない想いを、暴力に変えて叫んだ。時折爆発する俺の気持ちを前に、父は抵抗せず、ただただ涙を流し「すまない」と手話で言い続けていた。

その時の俺は何もやる気が起きず、荒んだ生活をしていたと思う。そんな生活の中での唯一の理解者が俺の主治医だった。

俺が産まれた後、耳が聞こえないとわかった時から、ずっと診てくれた先生だ。

俺にとってはもう一人の親だった。
何度も悩み相談に乗ってくれた。
俺が父親を傷つけてしまった時も、優しい目で何も言わず聞いてくれた。

仕方がないとも、そういう時もあるとも、そんな事をしては駄目だとも言わず、咎める事も、慰める事もせず聞いてくれる先生が大好きだった。

そんなある日、どうしようもなく傷つく事があって、泣いても泣ききれない、悔しくてどうしようもない出来事があった。
内容は書けないが、俺はまた先生のところに行って相談した。

長い愚痴のような相談の途中多分「死にたい」という事を手話で表した時だと思う。

先生は急に怒りだし、俺の頬をおもいっきり殴った。俺はビックリしたが、先生の方を向くと更に驚いた。

先生は泣いていた。

そして俺を殴ったその震える手で静かに話し始めた。

ある日、俺の父親が赤ん坊の俺を抱えて先生のところへやって来た事。

検査結果は最悪で、俺の耳が一生聞こえないだろう事を父親に伝えた事。俺の父親がすごい剣幕でどうにかならないかと詰め寄って来た事。

そして次の言葉は俺に衝撃を与えた。

「君は不思議に思わなかったのかい?君が物心ついた時には、もう手話を使えていた事を」

確かにそうだった。
俺は特別に手話を習った覚えはない。

じゃあ、なぜ・・・

「君の父親は僕にこう言ったんだ」

『声と同じように僕が手話を使えば、この子は普通の生活が送れますか?』

驚いたよ。

確かにそうすればその子は、声と同じように手話を使えるようになるだろう。小さい頃からの聴覚障害は、それだけで知能発達の障害になり得る。だが、声と同じように手話が使えるのなら、もしかしたら・・・

でも、それは決して簡単な事じゃない。

その為には、今から両親が手話を普通に使えるようにならなきゃいけない。健常人が手話を普通の会話並みに使えるようになるのに数年かかる。全てを投げ捨てて手話の勉強に専念したとしても、とても間に合わない。

「不可能だ」。
僕はそう伝えた。

「その無謀な挑戦の結果は、君が一番よく知っているはずだ。君の父親はね、何よりも君の幸せを願っているんだよ。だから死にたいなんて、言っちゃダメだ」

聞きながら涙が止まらなかった。

父さんはその時していた仕事を捨てて、俺の為に手話を勉強したのだ。

俺はそんな事も知らずに、たいした収入もない父親をバカにした事もある。

俺が間違っていた。

父さんは誰よりも俺の苦しみを知っていた。
そして、誰よりも俺の幸せを願っていた。
濡れる頬を拭う事もせず、俺は泣き続けた。

そして父さんに暴力を奮った自分自身を憎んだ。

なんてバカな事をしたのだろう。
あの人は俺の親なのだ。
耳が聞こえない事に負けたくない。

父さんが負けなかったように。
幸せになろう。

そう心に決めた。

今、俺は手話を教える仕事をしている。
そして春には結婚も決まった。
俺の障害を理解してくれた上で愛してくれる最高の人だ。

父さんに紹介すると「母さんに報告しなきゃな」と言って笑った。

でも遺影に向かい、線香をあげる父さんの肩は震えていた。そして遺影を見たまま話し始めた。

俺の障害は先天的なものではなく、事故によるものだったらしい。俺を連れて歩いていた両親に居眠り運転の車が突っ込んだそうだ。運よく父さんは軽傷で済んだが、母さんと俺はひどい状態だった。俺はなんとか一命を取り留めたが、母さんは回復せず死んでしまったらしい。

母さんは死ぬ間際、父さんに遺言を残した。

「私の分までこの子を幸せにしてあげてね」

父さんは強く頷いて約束した。

でも、しばらくして俺に異常が見つかった。

「焦ったよ。お前が普通の人生を歩めないんじゃないかって。約束を守れないんじゃないかってなぁ。でもこれでようやく、約束…果たせたかなぁ…。なぁ、母さん」

最後は手話ではなく、上を向きながら呟くように語っていた。

でも、俺には何て言ってるか伝わってきた。

俺は泣きながら、父さんに向かって手話ではなく、声で言った。

『ありがとうございました!』

俺は耳が聞こえないから、ちゃんと言えたかわからない。でも父さんは肩を大きく揺らしながら、何度も頷いていた。

父さん、天国の母さん、
そして先生。

ありがとう。

俺、今幸せだよ。

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