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【ナノの世界をのぞき見る】DNAのシリカコーティングをその場で観察

最近話題のDNAナノテクノロジー、これは人間の手によりDNAを設計し、人間の生活に役立つ材料をナノレベルで作ってしまおうという研究分野です。

たとえば、体の患部に直接薬を届けるためのナノカプセルや次世代のコンピューターに使われる半導体素子なんかにも応用ができる夢のある研究です。

今回はそんなDNAナノテクノロジーをより発展させるべく、これまで未解明であったナノの世界の現象を解き明かした研究を紹介したいと思います。

DNAは空気中で使えない

DNAは生体高分子と呼ばれる柔らかい材料であり、基本的に 生物の体の中(液中)でしか安定して存在することができません。凍結するという方法もありますが、私たちが普段使いをしようと思うと、大気中かつ常温という環境下で使うことが前提となってしまいます。

そのため、DNAを使ったモノ作りは最先端でありながらも、使える領域がかなり限られているという課題がありました。例えば体内とかですね。

そこで近年よく使われている手法としてDNA をシリカでコーティング して固めてしまうという方法があります。シリカというのは酸化ケイ素のことでガラスとよく似た成分でできています。

液体の中で、複雑な構造を取っているDNAを固めることで大気中でもカチカチの状態にしてやれば、乾燥や熱による影響を受けずに使用することができます。

このシリカで固める方法というのは、手法として確立している一方で、ナノの世界でどうやってシリカがDNAをコーティングしているのかまではわかっていませんでした。なぜならナノの世界は小さすぎて、光学顕微鏡では見ることができませんからね。

それなら、より高分解能で小さなものが見える電子顕微鏡を使えば良いと思うかもしませんが、電子顕微鏡は液体の中を見るのがとっても苦手です。現在の技術では、さすがにDNAの表面の1nmで何が起きているのか調べることができません。

そこで、研究グループはX線を用いた手法で評価を行い、ナノの世界で何が起こっているのかを明らかにしようとしました。

X線でシリカコーティングを見る

レントゲンといえばわかりやすいかもしれませんが、X線は体の中身を見通すように、水中にあるもの測定するのに最適です。そうはいっても実際に写真(画像)が得られるわけではありません。

ここではX線小角散乱法と呼ばれる方法を使って、モヤモヤっとした画像を得て、そのモヤモヤを解析することでナノ構造を調べました。

まず対象となったのはDNAナノテクノロジーの中でも一番有名なDNAオリガミです。下の図に示すような様々なナノ構造を自由自在に作ることができます。

DOI:10.1039/c2bm00154c

今回はDNAを人工的に設計して、筒状のロッドを作製しました。そして、そこにシリカコーティングでよく使われる2つの薬品を投入することで、DNAの表面にシリカを析出させました。

ここまではとても一般的な方法で、DNAオリガミに特定の薬品を混ぜればシリカでコーティングできることは知られていました。この研究の重要なポイントは、シリカができてくる様子をその場でX線を使って調べていたという点です。

その結果、薬品を投入してから72時間の間にこのような結果が得られました。右上の筒状のイラストがDNAオリガミの姿です。複数の細い筒が束になっているイメージですね。

参考文献より引用

正直、これを見ても意味不明ですよね…

こんな線から何が起きているのか本当にわかるの?と思われるかもしれませんが、しっかりと物理を勉強すればわかるんです!

このよくわからない測定結果から大事な情報を抽出して分析すると、DNAオリガミがどのように変化しているのか分かってきます。

さすがにnoteで紹介するのは難しすぎるので解析の詳細は割愛しますが、DNAオリガミを構成している1つ1つのDNAらせんとそれが集まってできた太いロッドのサイズについて調べました。

DNAらせん(小さな筒)間の距離aの変化
時間が経ち反応が進むとらせん間の距離が近くなっている様子がわかる(参考文献より引用)

その結果、まず1つ1つのDNAらせん間(上図中の小さな丸)の距離が小さくなっていたようです。これはDNAの周りにシリカが析出することでもともとDNAが持っている静電反発を打ち消す効果があったと考えられています。

つまり普通は静電的に反発していたDNAらせんがシリカを生み出すための試薬を入れることで近づけるようになったというわけですね。

これはDNAオリガミの筒状のロッドが細くなる方向に進みます。反応開始から4時間の時点で、ロッド全体の太さは小さくなったようですが、その後、元の太さに戻っています。

DNAオリガミ全体の半径
4時間まで減少してるがその後増加している(参考文献より引用)

これは、DNAオリガミの外側にシリカが析出したことで見た目上太さがもとに戻ったように見えたということになります。

結果的に、DNAオリガミは2種類の試薬を投入することで、内部のDNAらせん同士が近づき中身はキュッと引き締まった感じになるもDNAの周りにシリカが析出して元とほぼ同じ太さになるということがわかりました。

この一連の反応とそれにかかった時間などがリアルタイムでデータが得られたのは大きな発見です。

結局、何の役に立つのか?

ただ、ここまで読み進めてくださった方からすると、そんなことがわかって何になるの?という感想もあるでしょう。

たしかに普通に暮らしていると本当に意味がなさそうな研究ですよね。

しかし、実際にDNAオリガミをはじめとするとDNAナノテクノロジーでシリカ析出を使っている研究者からすると、かなり面白い知見がたくさん詰まっています。

なぜそんなことが言えるのか?

それは私自身がシリカを使った析出の経験者だからです。この技術簡単そうに見えて意外とコツが必要なようで、私が挑戦した時はことごとく失敗しました。

そして、記事にも書いたようにナノの世界で具体的に何がいつ起こっているのかまではよくわからないとされていて、どうしたらいいのかさっぱり分からない…という状況でもありました。

DNAを大気中でも使うというのは多くの研究者の夢でもあります。そのヒントになる研究という意味では、非常に素晴らしい研究といっても良いでしょう。加えて、X線の技術1つでここまで明らかにしたというのも技術力的にとても高い研究と言えますね。

結局役に立つのかと言われれば、多くの研究者のこれからの研究に役立つ知見と言えます。そして、この知見に基づいて様々な研究が発展して、ゆくゆくはDNAを使ったモノづくりがより一般的に普及するんじゃないかなと思います。

最後に

今回は、DNAをシリカで固めるところを観察して、ナノの世界で何が起きているのかを明らかにした研究を紹介しました。

このnote記事ではだいぶ省略してもいるので、DNAナノテクの研究者で興味がある方は是非読んでみるのをおすすめします。(オープンアクセスです)

参考文献

In situ small-angle X-ray scattering reveals strong condensation of DNA origami during silicification

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