濃い塩水がナノテクの未来を変える
海水や食塩水といった塩水は小中学生でも習う誰でも知ってるものですが、実はいまだにわかっていないことがあるんです。
それが次第に明らかになってきており、濃い塩水が新しいナノテクノロジーに応用できるよという話を紹介したいと思います。
塩水とは
説明するまでもないようなことですが、ここでは食塩(塩化ナトリウム:NaCl)が水に溶けたものとします。例えば海水や食用の塩で作った食塩水は他の元素も多く含まれますが、今回は一番簡単な例を考えます。
中学生か高校生ぐらいで習うと思いますが、塩化ナトリウム(NaCl)は水の中では、イオンという状態になっており、ナトリウムイオン(Na+)と塩化物イオン(Cl-)に分かれて浮いています。
厳密にはイオンの周りに水がまとわりついているといったことも考えられますが、ここではそんな難しい話は置いておきます。
三角州も塩水が原因(コロイド)
たとえば、三角州と呼ばれる地形はこの塩水の物理的な影響で形成されます。
Credit: Sergey Ryazansky, Roscosmos
川の水に含まれる泥や砂などの小さな粒子(コロイド)は電荷をもっており、その電気的な力で互いに反発しあいながら漂っています(静電反発)。
しかし河口付近に達すると、塩水に含まれるイオンの影響で電気的な力が阻害されて、小さな粒子は互いに凝集して沈みます。すると河口付近に大量の砂が集まった形状=三角州が形成されます。
これは有名な話で学校のテストなんかでも出るやつですね。
コロイドについてはこちらの記事をご覧ください
小さな粒子は集まるか離れるか(DLVO理論)
今回のトピックは、粒子の間にはたらく力の話です。
小さな粒子の表面には電荷が集まり電気二重層という電気的なバリアのようなものを作ります。この電気二重層が重なるまで近寄ると静電力がはたらき粒子は互いに反発します。
一方で、物質には分子間力(ファンデルワールス力)と呼ばれる力がはたらき、同じ物質同士では引力が発生します。これは非常に弱い力ですが、目に見えるかどうかのサイズの粒子にとっては無視できない力となります。
つまり、小さな粒子が集まるか離れて浮いているかは、この2つの力の大小関係で決まります。これを示したものをDLVO理論といいます。
少しまじめ話、不可逆凝集は静電反発のポテンシャルの山を越えたときに起こります。つまり静電反発力が弱かったり、電気二重層が薄かったりすると、ファンデルワールス力の方が強くなってしまい元に戻らない凝集が起こります。
海水に含まれるイオンはこの電気的なバリアを薄くする効果があり、河口付近ではファンデルワールス力が顕著にはたらき(下図の不安定な場合)、粒子が凝集しやすくなるため三角州ができるわけです。
実は、ここまでは一般的な教科書などに載っている話で特に面白いものでもありません。
濃厚な塩水は普通と違う!
本題はここからです。
これまでの研究では、比較的薄い塩水について考えられてきました。例えばなめるとしょっぱい海水でもその濃度は0.5M程度(M=mol/l)ですが、NaClの飽和水溶液は約6Mです(常温)。
飽和水溶液というはこれ以上塩が溶けなくなる最も濃い水溶液です。つまり、海水はあと10倍ぐらい濃くなることができるわけです。
そして、濃くなるとこれまで考えられてきたモデル(DLVO理論)では説明できない現象が出てきます。これまでの考えでは塩水の濃度が濃ければ、電気のバリアが薄くなるといわれてきました。しかしながら、濃度が1Mを超えたあたりから、今度は電気のバリアが厚くなってくるということが発見されました。
もう少しまじめに書くと、粒子の電気二重層・静電反発力に効いてくる遮蔽長(バリアの厚さに相当するもの)が塩濃度の増加に伴い減少するが、濃度が1Mを超えたあたりから増加に転じるということです。
これまでの理論(DLVO)では希薄な状態を考えていたため、イオンは互いに相互作用せず、浮いていると考えられていましたが、あまりに濃くなってくるとイオン同士が相互作用したり、イオンの占める体積が何か影響を与えているのではないかと考えられています。
そのため、これまでと同様の考え方をして電気二重層が単純に厚くなったと考えるのは少し安直な気がします。溶液中に大量にイオンが存在することによる総合的な効果の中であたかも遮蔽長が大きくなったようなふるまいを見せていると考えた方が自然かなと考えています。
それがどうした?
たぶん多くの人はそう思われるかもしれません。
濃い塩水では不思議なことが起こったところで、私たちの生活に何の関係があるのでしょうか?
静電気力とかファンデルワールス力といった力は私たちの生活にそれほど影響を及ぼしません。しかしナノの世界では違います。
ナノテクと呼ばれる領域では、非常に小さな物質を人間の手で制御しようとしますが、当然つかんで動かすことなど容易にはできません。そのため、研究者は静電力やファンデルワールス力を操って、小さな物質を動かしたり所定の位置に配置したりしています。
とっても高価で大掛かりな装置を使って小さなものを動かすよりも塩水の濃さを変えるだけで済むならそっちのほうが安価で手っ取り早いわけです。
濃厚な塩水のこれまで知られていなかった効果を使えば、新しいナノのものづくりにつながります。そうしてできたナノ材料はいずれ私たちの生活を変えてくれるはずです。
最後に
自分の研究にとても関連があって最近知ったのですが、論文が出ているのにはじめは嘘だと思っていました。しかし、関連する論文を読み解いていくと、疑ってばかりもいられないなと思いました。
やはり定説になっていない現象を鵜吞みにするのは怖いですが、関連する何本か論文に示されている結果と考察を読み、今は一応信じる側にいます。
それにしても、私たちの身近にある塩水にそんな特殊な一面があると思うと面白いですね。
最近では水よりもお湯のほうが先に凍るムペンバ効果が実証されたという話もあったりと水の物理って奥が深いなと思います。
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少し補足として、論文では実験と分子動力学計算の両面からこの現象が起こることを示しています。一応、参考文献を挙げておきます。
[1] Alexander M. Smith, Alpha A. Lee, and Susan Perkin, The Electrostatic Screening Length in Concentrated Electrolytes Increases with Concentration, J. Phys. Chem. Lett., 7 (2016) 2157−2163.
[2] Alpha A. Lee, Carla S. Perez-Martinez, Alexander M. Smith, and Susan Perkin, Scaling Analysis of the Screening Length in Concentrated Electrolytes, PRL 119, (2017) 026002.
[3] Yaohua Li, Martin Girard, Meng Shen, Jaime Andres Millan, and Monica Olvera de la Cruz, Strong attractions and repulsions mediated by monovalent salts, PNAS 114 (2017) 11838–11843.
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