アコースティック×エレクトロニカ、あるいはインディー・フォーク×ポップスという新境地ーーERWIT『ブルーワンダー』インタビュー
シンガーソングライター杉山一真によるポストアコースティックプロジェクトERWITが 10月18日(水)に7作目のデジタルシングル『ブルーワンダー』を発表した。本作はアコースティック×エレクトロニカ、あるいはインディー・フォーク×ポップスとも言える、ERWITらしさと新たな試みが混在し生まれたJ-POPの新境地と言えよう。国内では極めて稀なサウンドを放つ一方で、一度聴いたら口ずさんでしまうようなキャッチーなメロディーと、誰もが一度は経験してきたであろう憂鬱な精神状態を、そして、そんな時だからこそ気がつける言葉の温もりをテーマとした歌詞が印象的であり、万人~音楽通までをも唸らせるアンダーグラウンドメジャーな一曲となっている。
レコーディングには、aiko/大橋トリオ/THE CHARM PARK/優河などのドラムを担う神谷洵平(赤い靴)がパーカッションで、同じく赤い靴のボーカル・ピアノで映画やドラマのサウンドトラック~数多くのCM楽曲を手掛ける東川亜希子がファーストピアノで、11月にニューアルバムを発表するodolのメンバーでピアノ・シンセサイザー・作曲を担当する森山公稀がセカンドピアノとして参加。マスタリングエンジニアには、柴田聡子/優河/冬にわかれて/小野雄大などの作品を手掛ける風間萌が参加。
リリースに際して、ERWIT杉山一真に今作『ブルーワンダー』の制作秘話~普段の作詞・作曲方法についてインタビューをおこなった。
● リアルに伝えること=リアルに感じてもらえるとは限らない
ー まず歌詞について紐解いていけたらと思うのですが、テーマなどはありますか?
杉山:今作は気が沈んでいる時の心境だったり、その中でも、いや、だからこそ響く他人からの何気ない温かい一言をテーマにしています。
ー 実体験がもとになっているのですか?
杉山:そうですね~、実体験がもとにはなっているんですけど、少し演出・脚色している部分もあります。例えば1番サビの「話したいことはないけど、ただ声が聞きたいよ」という部分は実際にそう思う時があったから綴ったんですけど、その後の「伸ばした手を隠して、何度も言い聞かせた」という部分は、主人公が誰かに会いたくなってスマホもしくはドアノブに手を伸ばす、でもやっぱり止めてしまう、みたいなシーンを思い浮かべて書きました。僕は作詞する時、テーマから物語を作り、その物語を脳内で映像化してから、各シーンに合う言葉や言い回しを考えるんですよね。
ー 脳内で映像化ですか。
杉山:はい。僕の事、ではなく、映像内の主人公の事として物語に落とし込むんです。そうやって極私的な心情や事柄を客観的に捉えることで、より深く自分と向き合えるし、なにより自由な発想が生まれる。このシーンにいるこの人はどんな気持ちで、どんな行動をとって、どんな台詞を吐くだろう、ってとにかく想像を膨らませます。
ー 確かに今作も、孤独な主人公が誰かの温かい一言で救われる、というストーリーがありますね。
杉山:ですね。曲終盤の「ただいまを忘れたっておかえりをくれた、たったその一言だけで救われたよ」っていう部分は実体験なんですけど、実は友達と夜に電話をしていて、トイレに行って帰ってきただけなのに「おかえり~」って言ってもらえた時のことなんですよ。ほんと何気ない一言だったんですけど、その瞬間に自分の存在を肯定しもらえたような気がして、思わず泣きそうになったんですよね。これは歌詞にしないと、とすぐにメモしました。でも、トイレから帰ってきて電話に戻ったら、なんて歌詞に書いたら台無しになるじゃないですか。重要なのは、誰にでも帰りを待ってくれている人がいるという部分。なのでここに関してはあえて抽象的に、多くの人に自分のことだと感じてもらえるよう電話やトイレのくだりは抜きました。そうすることで、家に帰ってきた人にも、最愛の人と再会できた人なんかにも当てはまると良いなって。これもひとつの演出だと思っていて、リアルに伝えること=リアルに感じてもらえるとは限らないんですよね。どこまで具体的に書いて、どこから抽象的にするか、どこまで本当のことを書いて、どこから演出するか、そういったバランスを常に意識しながらグッとくる物語や歌詞を考えていますね。なので毎回、映画やドラマの主題歌を書き下ろしている気分です。
ー こういった作詞の方法は誰かを参考にしているのですか?
杉山:もともと大学院でフェイクドキュメンタリー映画の研究というか制作をしていて、リアルとフィクションの間に生まれる面白さみたいなものに関心があったんですよ。有名なフェイクドキュメンタリーだと「山田孝之の東京都北区赤羽」というドラマがありますね。これがまあ面白くて、俳優の山田孝之さんが山田孝之役として自分自身を演じていて、悶々とした生活を打破するために東京都北区赤羽に移り住むところから始まります。ドキュメンタリー風な映像の撮り方もそうなんですけど、あまりに演出や演技がリアルなもんだから、途中から真実か嘘かなんてどうでも良くなって、ただリアルな物語として受け入れるようになる。その中での生まれる葛藤や成長からは、妙に得られるものがありました。こう言った手法が自分の中に根付いているから、今みたいな作詞法に落ち着いたのかもしれませんね。
ー 他にも作詞する上で意識していることなどはありますか?
杉山:特に意識しているのは言葉のチョイスと言い回しです。中学生でも分かる言葉を使って、どれだけクールな言い回しができるか、これに尽きます。例えば1番Aメロの「誰と居ても誰も居ない、そんな場所まで来ていた」という部分、これを難しい言葉と言い回しで書くと「番(つがい)における高揚はいっときの情動でしかなく決して生涯の孤独を埋められるものではないと悟った」みたいな感じにも出来ちゃう。こういうパターンも文学的でカッコいいんですけど、歌となれば話は別だと思っていて、一瞬で次の言葉が来ちゃうから、聴き手に伝わりきらないと思っているんです。かといって使い古されたありきたりな言い回しだと薄っぺらく、キザに感じてしまう場合がある。この薄さと深さのバランスをとるために、言葉や言い回しのチョイスはいつも慎重におこなっています。
もうひとつ意識していることは、単語にした瞬間に薄っぺらくなってしまう事象や上手く言語化できない感情を自分の言葉と言い回しで表現する、ということです。例えば2番Aメロの「肺から喉にかけてつかえた黒いモヤ、誰にでもあるんなら名前を付けてよ」っていう部分は、孤独、不安、鬱、みたいな単語で簡単に片付けられちゃうことが多いし、元々ある単語のイメージに引っ張られて、誤った認識をされてしまう場合もある。でも僕らの心ってそんな単純なものではないじゃないですか。たった一言でありとあらゆる苦しみを片付けられてたまるもんか、みたいな熱い気持ちでこの一節は書きましたね。作詞っていうのは、すでにある正解を疑い、別角度からの正解を導き出したり、普段思ってはいても言葉にできていない何かに名前を与える作業だと思っていて、それこそが作詞家の使命なんじゃないかなって勝手に考えています。
● アナログとデジタルを行き来するような、その境目を無くすような音楽を目指していきたい
ー 次に作曲やサウンドについてのお話しを聞けたらと思います。今作はまた不思議なサウンドメイクをされていますよね。なんの楽器を使っているんですか?
杉山:ガットギターとアップライトピアノがメインです。ただ使い方やが少し特殊で、ガッドギターに関しては弱音器というスポンジのようなものを弦に挟んで録音しました。本来は夜にでも家でギターの練習ができますよっていう音を小さくする道具なんですけど、これを弦に挟むと響きが短くなってポコポコした面白い音になるんですよ。海外ではラバーブリッジギターといって、ギターのブリッジ部分をゴムに改造して使う人とかがいるんですけど、その音を再現するための実験も兼ねてます。Ethan Gruskaや彼がプロデュースで関わっているPhoebe Bridgers、その2人とも交流が深いChristian Lee Hutsonなど、アメリカ西海岸あたりのミュージシャン達がよく使用しているイメージですね。良い意味でこんな変な音を音源に取り入れるのって彼らの大発明だと思ってて、僕も本当はラバーブリッジギターを使いたかったんですけど、日本では楽器屋の店員さんでも知らないくらいマイナーな改造ギターで、どうやってあの音を再現しようかと試行錯誤した結果、今使ってる弱音器に辿り着きました。ちなみにラバーブリッジギターを自作しようとしてギターを1本使えなくしちゃったこともあります。
Christian Lee Hutson - "Talk"
Ethan Gruska "On the Outside" [Official Music Video]
ー ほとんどの歌詞が日本語なのにも関わらずERWITの音楽が海外っぽく聴こえるのは、そういったミュージシャン達からの影響もあるからなんですね。アップライトピアノにも何か工夫がされているのでしょうか?
杉山:アップライトに関しては、最初、赤い靴の亜希子さんに弾いていただいて、めちゃくちゃ素晴らしいな~と感動しながら、もう1人別の人が弾いてコラボしたら面白くなるんじゃないかな、と思い浮かべていました。そこで、僕やパーカッションを担当くれた神谷さん(赤い靴)も試しに弾いてみたんですけど、イメージよりだいぶ自由になりすぎちゃって、こりゃどうしたものかとしばらく悩んでいました。そんな矢先、odolのメンバーでピアノ・シンセサイザー・作曲を担当してる森山さんと知り合って、お家に遊びに行った時にしれっとレコーディングしていただきました。贅沢なことに尊敬するミュージシャンお二人を勝手にコラボさせちゃうという。2台のピアノを鳴らすというアイデアはBon Iverから着想を得ました。彼らの曲で、左、真ん中、右と色んな方向から違うフレーズのピアノが聴こえる曲があって、それが良い具合に絡み合いながら、時に違和感あって面白かったんですよね。これを違うピアニストがやったらどうなるだろうって試してみたくなったんです。
今作に関しては2台ともアップライトピアノを使用していて、どちらもミュートペダルを踏みっぱなしにしてもらい、こもった音で録音しました。こういう華やかじゃないピアノの音が大好きで、Ólafur ArnaldsやGoldmumdみたいなミュージシャン達がよく使うフェルトピアノの音を目指しました。幸いなことに亜希子さんも森山さんもこういったミュージシャンや音が好きだったので、もうお2人にお願いするしかないなって。加えてイントロや間奏で流れる不気味な音は、森山さんのピアノを逆再生して、音の波形を切ったり貼ったり加工したりして作りました。電子楽器を駆使して同じような音を作ることはできるかもしれないんですけど、僕は生楽器や声などのアナログな音をデジタル加工して不思議なサウンドを作るのが好きで、その方がアイデアも生まれやすいんですよね。今回も試しにピアノを逆再生させてみて、それが面白くなりそうだったので色々と試した結果、あの不気味な音とメロディーが生まれたんです。ほんとレコーディングに参加してくれた皆さんのおかけですね。
Bon Iver - AUATC - Official Video
Ólafur Arnalds - We Contain Multitudes (Sunrise Session)
ー 研究熱心ですね。ここまでくるとガットギターやアップライトピアノ以外にもそういったこだわりがありそうですが、どうですか?
杉山:パーカッションに関しては赤い靴の神谷さんにお願いしたのですが、これまた面白くて。パカワジというタブラの原型となった北インドの両面太鼓やボンボという南米の民族楽器、他にも工事現場なんかで使われているような太い鎖も使って演奏してもらいました。神谷さんこそ研究熱心な方で、ほんと彼の背中を見て育ってるといっても過言ではないんですが、レコーディングの時は2人でよく色々実験しながら面白い音を探しています。僕らが好きな海外のサウンドには、どうやってこの音出してるんだ、みたいなアイデアが沢山詰まっていて、そういった影響も強いと思います。Big Thiefのボーカル、Adrianne Lenkerも筆のような柔らかいブラシでアコギをストロークしたりしていて、実際それを聴くと心地よかったりするんですよね。固定観念にとらわれない自由な発想ってワクワクしますしね。一通りレコーディングを終えた後、スネアの代わりになる音を足したくなって、後日、友人のお尻やその時履いていたジーンズをスリッパで叩いて録音したりもしました。何回も叩くもんだから、友達のお尻が真っ赤になっちゃって、あれは笑いましたね。こんな感じで、ああじゃないこうじゃないと試行錯誤しながらオリジナルの音を作っていくのも作曲する上でのひとつの楽しみですよね。
Adrianne Lenker: Tiny Desk (Home) Concert
ー 最近のリリース曲はご自身でミックスまでされているとのことでしたね。
杉山:本当はその手のプロにお願いしたいんですけどね、いかんせん依頼する資金がなくて自分でやるしかなかった、というのが正直なところです。とはいえ、やるからにはちゃんとこだわりもあって、今作のメインのボーカルは耳元で囁いているような雰囲気を出したかったので、リバーブやディレイをほとんどかけていません。内向的な歌詞ですしね。一方で、イントロの「ウォウオ~」という声やアウトロのピアノは極端に深く響かせています。近い音はめちゃくちゃ近く、遠い音は遠く、こういうギャップがライブとは違った音源ならではの面白さになると思ってるんですよ。別に同じ時空間で演奏してるわけじゃないですから、これまた自由ですよね。先ほどお話ししたEthan GruskaやBon Iverはこういった音像のギャップを操るのが凄く上手くて、これを日本のポップスでやったら面白くなるだろうな、とも考えていました。
ー 前半にお話しされていた作詞に関してもそうですが、自由であることと、様々なバランスについて考え込まれているんですね。最後に、今作を聴いた時、アコースティックな要素とエレクトロニカのようなデジタルな要素が上手く混ざり合ってると感じたのですが、これも意識的におこなっているのですか?
杉山:そうですね。根本的にフォークやカントリーのような温かい音楽が好きなんですけど、同時にハウスミュージックやエレクトロニカのようなデジタルサウンドも好きで、だったら両方組み合わせちゃえ、みたいな考えです。今はそれが個人でも容易にできる時代ですし、せっかくならその時代にしかできない音楽を更新していきたい。アナログとデジタルを行き来するような、はたまた、その境目をなくすような音楽をERWITは目指していきたいと思っています。
歌詞・サウンドともにこだわりが詰まったERWIT 7作目のシングル『ブルーワンダー』。日々の研究と試行錯誤によって生まれたジャンルにとらわれない今作を是非聴いて、驚きを共有したい。これからのERWITにより一層期待が膨らむ作品となった。
取材・文:真中淳平
撮影:澤平桂志
● RELEASE INFORMATION
ERWIT「ブルーワンダー」
2023年10月18日(水)
Format:Digital
Label:FRIENDSHIP.
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