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55日間外出禁止中、シェフの夫は何を作っていたか。〜3月18日 “うま出汁”ラーメン

3月17日正午よりフランス全土でロックダウンの開始。前日のマクロン大統領のテレビ会見では、とりあえず2週間だという。もともと自宅作業が多く家からも1日1度ほどしか出ないので、それほど苦にならないだろうと思っていた。結果をいえば、55日間はまあまあ大変だった。

 正午のロックダウン開始前に、街へ出てみた。家のそばのスーパーMonoprix(モノプリ)ではすでに長蛇の列。人と人との間隔は1メートルほどきちんと開いている。やればできるんじゃないかフランス人、と上から目線のつぶやきをしてしまう。ヨーロッパ全般にそうであろうが、フランスは人と人との距離がとても近い。それは良い意味でも、悪い意味でも。道を歩いていてぶつかられるのは日常茶飯事、そしてめったにあやまらない。悪いと思っていないから。むしろ逆ギレされることさえある。コロナ禍が始まってからというもの、さすがにぶつかられることは少なくなった。

 18区の区役所があるジュール・ジョフランの商店街まで出かけた。みた感じはいつも通り。肉屋もパン屋も八百屋も、普通に開いている。食材も欠品など一切なく、豊富だ。開いていないのは、カフェとレストランだけ。それらも、テイクアウトだけの営業で開けている店もあった。

 レストランで働く夫は、ここ数年実に多忙だった。肉体的にも精神的にも、かなり厳しい状況の中生きていたことは、身近にいるわたしが痛いほど確認している。複数のレストランの責任者である夫は、休日でも営業中の店舗の面倒を見ており、電話やメールが頻繁に入るので結局十分には休めていなかった。しかし、今回のロックダウンでは、全店舗の営業そのものが禁止された。ポンと発生した2週間の休暇に、夫婦ともに心から喜んだ。先のことは後で考えよう、神様は我々に無条件の休みをくれたのだ、と。

  ジュール・ジョフランの商店街の肉屋でエポール・ド・ポー(豚肩肉のロースト)を買い、そして近所のBOULOMというパン・レストランでエポートル(古代小麦)入りのパンを買った。「こんなゆっくりした昼ごはんは久しぶり」と、大きな肉の塊を切り分けながら、夫も満足そうにしていた。わたしは密かに、まるでフランスにいる気分だな、と思っていた。なぜなら、肉屋でロースト肉を買うことなど、ここ数年なかったからだ。パンもめったに買わない。うちの食事は、夫の休日料理以外はほぼ100%和食。期せずして、家でヨーロピアンな気分を味わった。いや、ずっとフランスにいるのだが。

 豚肩肉の肉部分はその後1週間にわたり、手を替え品を替え食べ尽くし、骨の部分はラーメンのスープになった。うちでは「うま出汁」と呼ばれるものがよく作られている。それは、肉の骨やガラ、魚のアラ、野菜のクズなどで作ったスープのこと。コンロに大きな鍋が置かれたなら、そこでクツクツとうま味たっぷりのスープが作られるのだ。

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 夫は、食材を徹底してムダにしない。食べられない部分は、必ずスープとなって別の料理に役立てられる。見た目は少し地味な「うま出汁ラーメン」だが、わたしにとっては豪華食材を使った料理にも勝るとも劣らないごちそうだ。ひと口ひと口、愛しむように飲むと、滋味が身体に沁み込む。Zero-gachits cuisine(ゼロ・ガシ クイジーヌ=ムダを出さない料理)がここ数年フランスでも話題になっている。地球環境を考えることはもちろんだが、おいしさを引き出すことを考えても決して食材のムダは出ないものだな、と日々学ぶのである。


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