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父の声、私の名

1 浦島太郎

 「お父ちゃん、私を思い出してよ・・・」
 大嫌いだった私のお父ちゃんは、認知症になってしまった。
 
 お父ちゃんは、もともと心臓の病気はあった。
 
 しかし認知症になる前から、「自分は認知症になった」と家族や周囲の人に話をしていた。
 私は、寂しさから周囲から気を引きたかったと思い、お父ちゃんのことを無視していた。
 
 そして、とうとう医師に認知症だと言われた。
 認知症のお父ちゃんは、お母ちゃんには「早く死にたい」とか「倒れても救急車を呼ばないで、そのまま逝かせてほしい」と言っている。

 そんな話をお母ちゃんがするから、
私はしかたなく、お父ちゃんに会いに行ったのだ。

 なんと、目の前のお父ちゃんは、お爺ちゃんになっていた!
 私は、浦島太郎の物語を思い出した。

 私が話かけても、ケラケラ笑っているだけのお父ちゃん。
 言葉が出なくて話せないのと、私が娘であることも理解できないのだ。



2 記憶

 ギャンブル依存症のお父ちゃんは、私が小学校のころから家にほぼいなかった。
 だから、一緒にご飯を食べることも、話すこともなかった。

 もちろん、誕生日プレゼントもない。
 何かプレゼントをしてくれたのは、たまに勝ったパチンコの景品の「チョコボール」をくれたくらいだった。
 
 運動会にも、学校の入学式や卒業式にも来ず、
お父ちゃんと一緒の写真は人生で3枚しかない。

 さらには、女の私は嫁に行ってこの家の貢献はできないから、学費を出したくないと言われた。
 だから学校は全部、奨学金で通って、自分で返済した。



3 氷の心

 私は、お父ちゃんが大嫌いだった。

 なんのいい思い出ないから、
 お父ちゃんが死んでも、涙も出なくて、同情もしなくて、
冷酷なくらい心はあっさりしているものだと、ずっと思っていた。

 そんな氷の心だから、
何十年も顔を見に行かなかったし、話もしなかった。

 今、目の前にいる、爺ちゃんのようなお父ちゃんを見ながら、
胸がチクチク痛い。

 歳をとって、分かることもある。

 なんで、私はもっと心を広く生きてこなかったんだろう・・。



4 私の名前

 私の名前には、お父ちゃんの名前が使われている。
 お父ちゃんを大嫌いになってから、自分の名前が嫌で嫌でしょうがなかった。
 名前を書くとき、差し支えない提出のものには、
お父ちゃんの名前を書かないように、ひらがなで名前を書いていた。

 お爺ちゃんのお父ちゃんをみて、お父ちゃん、思い出したよ・・。


 小学校の時に、自分の名前の由来の宿題があった時だ。
 お父ちゃんは、「本当は別の名前を考えていたんだけど、生まれてきたお前の顔を見て、この名前にした」と話してくれたね。

 お父ちゃんの名前をつけて、ずっと一緒にいたいくらい愛してくれいてたんだよね。
 私が生まれてきたことを、こんなにも心の底から喜んでくれていたんだね。



5 お父ちゃん、ごめん

 あれ!?なんで私は、涙がながれているんだろう・・。
 お父ちゃんが死んでも、何も感じないと思っていたのに・・。

 私は、自分勝手な馬鹿たれだ・・。
 お父ちゃんとの、大切な命の時間のやりとりを、何十年も無視し続けていたのだ。

 認知症になっているけど、まだ、お父ちゃんは生きている。
 お父ちゃんの目には、心の奥深くに私との絆が残っていることを示す光はあるのを感じる。


 神様、叶うなら一度だけでいいので、
 お父ちゃんが、
 お父ちゃんの名前がついた、私の名前を呼んでくれませんか・・。

 「お父ちゃん、長い間ごめんな・・。」

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