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拾遺詩編

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#詩

午後をいく船

工事中の神社の境内しか歩いたことがない。
どの樹にもとまらない蝉のあとしか追ったことがない。
「わたしの肩幅を覚えているあなたの抱く腕だけを
 記憶しながら」
工事中の神社の境内で
もうすぐだれもが知っている夕方がやってきて
きみを溶かしていく。
きみの感覚の濃度へとなにもかもが昇華するとおもえて、
もう見えない距離の島へと傾いていく無色に
溺れていたりする。

「あなたのなかのだれかと手をつない

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最後の駅を発ってから眠れ(2)

仮設住宅の隙間を通ってきたという風に背をおされて冬の地理が成る
廃校の屋根を見上げるたびに積もることのない雪をきみはゆびさす
積もることのない雪を見るたびに廃校の屋根をきみはゆびさす
思い出は切れ端となって死者のように近すぎる
引き出しから出てくる一行も書かれていない手帳の最初のページから引き返して私たちはここに至る
私たちは昨日の欠席者となって引き出しの中の一行も書かれていない手帳を開く
昨日の

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月日は悲鳴もなく閉じられる扉の一部か

どれだけの雨を運んできたのかしらない風の吹く翌日
となりのビルの屋上の球形の給水タンクと同じ高さで目をとじている
雲の切れ目には別の雲があり
光は来ない、光が来ない理由も来ない
私たちは、耳に残る濁音とともに
くりかえし瓦礫を運ぶトラックの軽油になって消費されたいと願った
翌日、それから翌日の翌日
月曜日の雨がまだ降っていた
地中の水となって咳込んで前屈みなったひとの背に噴水として降り注いだ
私た

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列車を見送らなければならない

細すぎる月に照らされてきた半世紀の川が増水をくりかえしている
詩人がいない土地なので贈り主となって雨を降らせ
振り返らない夏の背中をきみと見送った

子どもたちのように増水した川をみている
きみの存在がわたしの存在だった八月の川をみている
そこからのぞむ夏空にもトンボは舞い
舞うことに罪を着せる風がそのときも吹いている

ホームではあらゆる列車を見送らなければならない
愛する罪を問いながら
きみは

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その寒気ゆえに

汚れた歩道から汚れた歩道へ
廃墟の落とす影を踏みながらきみと歩いた
見えるだろうか、まだ名のない色の空と
まだ聴かれたことのない音が混じる週末の街角
身を寄せたいつもの希望とは無関係に
絵のような公園は封鎖されて
古い寒暖計が最低気温を更新した

薄汚れた歩道には
いつまでも回りやまない独楽を見つめる少年がひとりたたずんでいる
記憶されてしまうことからすべてを守るために
空を切り取って窓とすれば

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きみの胸にかかる橋

時々島がぼくたちの海に
まるで半音階の響きとなっている
愛を救う光学となって踊るきみはゆれている
ただ言葉でしかない詩を望めば
鳥が群れている内海に音楽は終り
怖くない眠りが待っている

時々島が半透明の毛布をかぶり
ぼくたちのすぐ横で眠りにおちる
砂浜のように波に反応しながらきみは海流からすべりおち
見つからない貝となって窓を閉じる
何かをさがすために窓を閉じる

いつか終わる波だけが打ち寄せて

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七月の傷だらけの背中が遠ざかっていく

風があるとしてもぼくたちを吹いている風ではない
濡れまいとして傘を開いただれかに降りかかる雨があるとしても
ぼくたちに降る雨ではない

やがてきみの姿となる光に照らされて夜の破片を踏んでいる
きみの不在はまだ深い井戸の底にあって
ぼくが振りかえるときにみる暗がりの正体を知ることはない

遠ざかるものを見送るにはまだ早い
ぼくたちはまだ近づいているさなかだ
きみの言葉は口にされる前にすでにぼくたちふ

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初夏にむかう地図

時間が波であるように
あの孤島までの距離が海だった
船には速度を与え
その船からは速度を奪った
距離を与え 海を奪った
海を与えて距離を奪った
島々を抱く波の指先が
波を抱きかえす島々のその反応に触れていた

負の花を育ててきた
だれよりも多く立ち止まり
いかなる抱擁もしんじなかった
けむたいけむたい波しぶきにむかって
けむたいなけむたいなと思いつづけた

それからも負の花を育てた
なにも痛くない

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窓という窓を曇らせて

どうかそれぞれの扉から旅立ち
ぼくの雪を降らせ
ぼくの雪を融かしてほしい
水蒸気となって浮遊するあなたのために
どうか水晶の静寂を揺るがし
窓という窓を曇らせてほしい

それぞれの言葉がすれ違う午前二時に
どうか明滅する信号機よりも彼方から
あなたの季節を届けてほしい
受け取り主のない配達物よりも彼方へと
あなたの翼は放物線を描いて去っていくだろう
真冬の真横から射す陽光のように
なにひとつ温めな

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眠りにつく半島

別れというよりもその亀裂から数週間を
地は傾き、言葉の終りから水際まで、きみも脱ぐ浜へ
帰り急いだ、急いではいけないのに

半島にかかる半月
ぼくらは死者との約束に傷つき、声もなく喉がかれる
足跡を追って、もうどこにもない足跡を記憶に焼きつけながら追って
なにもかもが正しく失われてゆく眠りへと
一枚の上着を脱いでいく

植物が規則的に祈る夕暮れ
きみの創造者が手を掲げればその手を愛し
人々の上空で

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眠りにつく地平線

方位と呼べるものがぼくの季節だった冬を指し
川と呼べるものが
きみの書いた詩の次の一行をいまもながれる
回り道のなかで過去を訪ね
だれとも無関係に広がる曇天の下
きみとの年月を地図としてあるいた

羊歯のかげには
去年なくしたテニスボールが落ちていて
「風は窓を通り抜けたいだけで
 カーテンを揺らしたいわけではなかった」
地下を吹き抜ける風に吹かれ
次の一行を探しにいこうとおもって眠りに落ちた

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愛の半分は秋にうしなう

行き止まりの朝から戻ってきて
坂の下で静止するボールのなかから夜空を仰ぐものがある
行き止まりの部屋の扉に貼ってある地図に迷いながら
散歩に出たきり帰らない犬をさがすときの夜だけがひろがる
離れればなくなる愛がかなしいという女のためにボールがころがる
舞い上がると夜空に捕獲されてしまう女のためにボールがころがる
歩いているうちに渡ってしまった川を見失っている

眠りにつく記憶

春は葬られる草の名を宛先にまなざしを開く
一対の疲労として
追憶の淵から打ち寄せる波などに身をゆだねる
損なわれながら聞くことにも
知ることにもついに慣れてしまいながら
草の語りがぼくらのまま枯れるのだ

セロファンの空がカッターナイフで
かんたんに引き裂かれる音を
聞く側の耳は知っていた
ときどきしか聞こえないきみの声は
いつも別れようとする女の論理を語っている

屋根、廃屋の眼は覚めている

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仮眠しかない丘から舞い上がる

飲み忘れた薬をもったひととなって商店街を縦断し
永遠に落下するもの、という言葉にくりかえしとらえられる仮眠しかない
冷えきった海水を汲んだ水筒をさかさにして
理由のない海を背にすると理由のない潮が背後から満ちてくる

仮眠しかない丘から舞い上がる土埃のように移動する午後しかない
途中で折れる文章では伝えられないものを追うために砂浜しかない

あいまいな川が流れ込んでいる
なにも言えない夜が過ぎ去っ

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