"和栗と茶と遠州"の新たな体験を届ける、茶道を通じた国際的な信頼醸成「夕ざりの和栗茶事」開催レポート【後編】
2024年9月18日(水)遠州・和栗プロジェクトは、海外にWAGURIブランドを届ける第一歩として、今年度の一大イベント「夕ざりの和栗茶事」を開催した。
インドやフィリピンの大使館関係者をはじめ、静岡県知事、遠州八市一町の首長、そしてプロジェクトの参画企業を中心とした団体・企業のトップの方々など、総勢約60名のゲストをお迎えした。
亭主には株式会社TeaRoomの代表であり茶道家の岩本涼さんを迎え、袋井市に位置する「葛城北の丸」(かつらぎきたのまる)を会場とした。最大級のもてなしで、ゲストの発展に貢献したい。
この記事では、日本が誇る茶事という文化様式に触れながら、和栗と茶をかけあわせた遠州ならではの体験価値について、当日の様子をお伝えする。
▼【前半】の様子は以下より
和栗とチャイとグッドミュージックと。遠州・和栗の世界観に浸る、中立(なかだち)
初座の後は、中立で休憩となる。庭園に足を運び、その美しさに触れる。舞台裏では亭主が濃茶の準備をする。つまり中立は、次の濃茶に向け、懐石でほころんだ心に緊張感を取り戻す意味がある。
場面は葛城北の丸のプールサイドへ。満月が水面を照らしている。⽣演奏とともにインド式のチャイで優雅な一服を。
インドに縁の深いスズキが本社を構えることもあり、インドとの関りが強い遠州地域。印日の文化融合を味わっていただけるよう、特別なチャイを制作した。
静岡の和紅茶に、和栗のチップとアジアンスパイスをブレンド。一口飲めば、マロンクリームのような華やかな香りに包まれる。
ここで、器に注目した方もいるかもしれない。「なんとも素焼きの器ではないか?」と。そう、じつは本場インドでは、チャイをいただくときに素焼きの土器が用いられている。
それは、チャイを飲みおえたら器を放り割って穢れをはらう(来世の幸せを願う)ため。また、素焼きの器というコモディティ的な生産作業に従事する人々のためにも、壊して作りなおす文化があるためだ。
夕ざりの和栗茶事では、後述する“サプライズ”のために、チャイカップを割ることは控えたが、これが正解だと思う。どうしてだろう。チャイカップに触れると、なつかしさが思い起こされるのだ。
じつはチャイカップは、植樹祭でも苗木を植えた早川栗園の土を使い、土器作家の西山彩子さんに一つ一つていねいに手作りいただいた。時間が経つとともに、飲み物の味がまろやかに変化する。土の手触りと畑の薫りを愛でながら、上質なときが流れていった。
ここで文化振興にゆかりの深い2名から、挨拶の言葉をいただく。お一人目はヤマハ株式会社 取締役会長の中田卓也さん。
「ヤマハグループでは、音楽を中心とする情緒的な価値の創造を使命としています。(同じように和栗の情緒的な価値醸成に取り組む)遠州・和栗プロジェクトへの参加は、私どもとしても非常に意義深いことだと思っています。
これまでの活動には、より親和性の高いヤマハリゾートが中心になって参加させていただきましたが、今後はヤマハとしても地元への貢献を考えていきたいと思います」
続いて、イタリアと浜松、東京を拠点に活動する、⾦継ぎ師の圖⼦愛⼦(ずし・あいこ)さんをご紹介する。
「漆による修復技法は、日本では縄文時代から行われていました。それが室町時代に茶の湯の文化や陶芸の発展と絡み合い、芸術的な価値が認められるに至ります。和栗も漆も大地からの恵みであり、通じあうものがあります。
世界において日本の精神性や文化に注目が高まる昨今。WAGURIのブランドが皆さまの情熱とともに世界に広がり、確実に根付いていくことを祈念しております」
茶の湯では、庭園を歩く様子を遠い山道、つまり俗世を越える姿になぞらえる。一歩一歩を踏みしめるごとに、ゲストの面々が清浄な濃茶のシーンへといざなわれてゆく。
静やかに茶の湯の作法で自己を見つめる、後座・濃茶
スズムシの声が聞こえる午後7時過ぎ。茶事の後半編にあたる後座(ござ)へとシーンは移る。ここで提供されるは、メインの一服。亭主からの最上級のもてなしとされる濃茶だ。
亭主は準備が整うと、銅鑼(ドラ)を打って入室を促す。ゴーンという低音に身が引き締まるが、それで、よい。
茶の湯で銅鑼が用いられるのは、陽と陰のバランスを取るためだ(※)。高音を“陽”とした場合に、低音は”陰”と位置づけられる。にぎやかであった懐石の場面を“陽”とすると、濃茶は静寂を重んじる“陰”の場面となる。
つまり銅鑼を鳴らすことで、場面が切り替わったことを表現するとともに、陽と陰のバランス(=中庸)を取っているのだ。
静謐な空間で、亭主が濃茶を練る。室内の灯りは、手元を照らすろうそくのみ。ゲストにとっては、しばし自己を見つめなおすひと時となる。今日の振る舞い、交わした会話などが内省される。
茶が練りあがると上座から順に振舞われる。右に2回、茶碗をまわしていただく。ゲスト側に向けられた茶碗の正面(=顔)を亭主側になおすことで、礼をつくすことができる。
ゲストの様子を推しはかりながら、岩本さんが静かに茶の心を説く。
「日本ではすべてのものに顔があり、神が宿るとされます。茶碗の美しい顔を自分に向けていただくのか。それとも、謙遜するか。茶の湯は『どちらの心持ちでいますか?』と問うているのです」
懐紙で飲み口を清めた茶碗が、次客に渡る。数名で一碗をいただくことにも、理由がある。同じ空間で同じ量を回し飲むからこそ、お互いを信頼しあえるのだ。
少し、歴史を紐解こう。
千利休により侘茶の世界が完成されたのは、戦国時代のこと。飽くなき勝利のために毒盛りさえ常用された時代において、茶の湯は、要人が平和な交流や癒しを得られる数少ない場であった。
また当時は、茶の保存技術が確立されていない。そのため時間経過とともに、抹茶は灰色をしたという。だからこそ、濃茶で重宝する茶碗には漆黒の器が多い。
「真っ暗な部屋で真っ黒な器を使うと、点てた茶も黒く見えました。何が入っているか、見た目では分かりません。
それでも、『あなたはいただくのか』と問う。つまり、お互いの信頼関係を確かめるために、茶碗にも黒塗りが多く用いられたのですね」と、亭主がさりげなく教養やメッセージを授ける。
亭主と問答を交わしながらの茶道具鑑賞もまた趣深い。
棗は徳川家が作らせたという、地元の志都呂焼(しとろやき)の銘品。茶杓は19代小堀遠州の手業により削り出されたもの。波模様が加飾された水差の奥からは、湯釜の富士の形が浮かび上がる。いつか見た、三保の松原の情景が思い起こされる。
「今日は、地元のお道具を使えてよかったと思います。やはりお道具も地域の方々に使っていただいてこそ、その価値が伝承されていきますので」と岩本さん。
粛然たる空間で自己を見つめ、濃茶に目が覚める。茶室を出るときには酔いも覚め、現実世界に戻ってきたような感覚になった。
遠州・和栗プロジェクトへの理解を促す、後座・薄茶
濃茶につづき、後座は薄茶の時刻へ。大広間に一同が会し、亭主の点てた薄茶を1人1碗ずついただく。談話を交わしながら、和やかに進行される。
ここで事務局メンバーより、遠州和栗プロジェクトの最新の活動進捗を発表した。
2024年9月時点において、遠州・和栗プロジェクトは35団体の参画が決まった。いよいよ世界へ和栗を届けるタイミングに入り、お互いの地域にない食材や商品を供給しあう「互産互消」のキーワードも掲げる。貿易を通じて世界各地の名産品を生かしあい、グローバルに共創の輪を広げていきたい。
遠州・和栗プロジェクトにおける今後の活動の土台となるのが、2025年2月に立ち上げる和栗協議会だ。産官学農林の連携を強め、和栗の振興に向けた支援体制を構築する。
和栗の新規就農者や販売先が増えることを見込み、「栗(九)の約束」が制定される。ほか、生産者情報のデジタル・データ化、貯蔵庫や選果場の整備、全国の産地とのネットワーク拡大なども引き続き推進していく。
台湾を代表する高級茶の凍頂烏龍茶が振る舞われ、後座も終盤に向かう。遠州8市1町を代表して浜松市の中野祐介市長からメッセージをいただいた。
「本日は、インターナショナルにいろんな地域から皆さんにお集まりいただき、ありがとうございます。和栗を通じてこれほど多くの方にお越しいただき、この遠州で茶事を開催する意義を改めて感じておりました。
今年4月には能登の松尾栗園さんが遠州に拠点を移し、技術協力をいただいています。これだけの面々がそろえば、WAGURIを世界に発信できると信じております。これからも皆さんと力をあわせ、和栗の振興を進めていけたらと思います」
そして、鈴木康友静岡県知事があいさつを結ぶ。
「春華堂さんから相談をいただいた(プロジェクトの発足前である)当初、『おもしろい取り組みだから、ぜひ遠州全体で進めてみてはどうか』とお伝えしました。今やこれだけ大きな輪になりつつあることに尊敬の意が湧いてきます。
そして私は常々、『地方創生とは、それぞれの地域の特性や資源を生かして、知恵を出し、汗をかいて、みずからの力で地域を元気にしていくこと』だと訴えています。
まさに官民農学林連携の枠組みの中で、WAGURIをテーマとする取り組みが始まったことは本当にすばらしいことだと思います。今後も遠州・和栗プロジェクトを応援しております」
あっという間に茶事の4時間が過ぎ、お見送りの時刻が来た。帰宅後も余韻を楽しんでいただけるよう、次の3点セットを手土産にお贈りした。
能登熟成焼き栗のケイク
掛川栗園の土のチャイカップ
朝どれ掛川特産の新生栗
ケイクには、能登・松尾栗園の栗ペーストをぜいたくにサンド。低温熟成技術により収穫時の約3倍、最大36度まで糖度を高めた焼き栗のペーストを生地にも練り込んだ。賞味期限を伸ばすことと引き換えに砂糖の使用を極限まで抑えており、和栗本来の深い味わいを楽しめる。
チャイカップは、中立で使用したものだ。実は濃茶の間に、事務局メンバーが急いで手洗いし、一つずつ桐箱に納めた。前述の“サプライズ”は、このことだ。
そして、イベント当日の朝に採れたばかりの掛川の生栗を。9月初旬に出荷が始まったばかりの今年の新栗だ。栗ご飯や甘露煮など、産地おすすめのレシピを添えた。
夕ざりの和栗茶事において、ゲストからは次のような感想が寄せられた。
国際交流の一環としても、地域の価値の再発見としても、茶事はとにかくすばらしい体験だった。
4時間のうちにじっくり親睦を深められた。作法の心配がなかったことでリラックスして楽しめた。
ことにあたって茶道研修は必修で、若いころに心構えを学んだ。こんなに楽しく過ごせる機会もあったのかと茶の湯の新たな魅力に驚いた。
世界にWAGURIを!本格的な船出に、乞うご期待
今宵、WAGURIブランドを起点とし、共創の枠組みを通じて地域資産の新たな可能性を独自の体験価値へと昇華する、そんな遠州・和栗プロジェクトの可能性をまた新たに示せたのではないかと思う。
リスクのないチャレンジなどない。国境を超えたビジネス展開にあたっては、困難もあるかもしれない。それでも、「have fun(遊び心を大切に)!」遠州らしさを携え、ともに歩いていこう。
2025年2月には和栗協議会が発足となり、セレモニーが開催される。当アカウントをフォローして、続報を楽しみにお待ちいただきたい。
夕ざりの和栗茶事【前編】は、以下よりご覧いただけます。
※記載内容は2024年10月4日時点のものです。
※歴史や文化に関する文中の記述には諸説ある内容が含まれます。