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乗代雄介『本物の読書家』(毎日読書メモ(386))

乗代雄介『本物の読書家』(講談社、先月講談社文庫も出た)を読んだ。中編「本物の読書家」「未熟な同感者」の2編所収。「本物の読書家」で野間文芸新人賞受賞。
「本物の読書家」は、川端康成の「片腕」、「未熟な同感者」はサリンジャーの「ハプワース 16、一九二四」を中心に据えた、けれんたっぷりの文学解釈小説。両方の作品で言及されているのはサリンジャー、カフカ、フローベールなど。それ以外にも二葉亭四迷、シャーウッド・アンダーソン、ナボコフ、宮沢賢治などが魅力的に扱われていて、作者が、こうした作家たちの作品を深く読み込むところから、自分の作品構築に向かっていることがそこはかとなく伝わる。

「本物の読書家」で、大叔父を、茨城県高萩市の老人ホームまで送っていくことを母に頼まれた「わたし」と当の大叔父が常磐線の列車の中で遭遇した田上と言う謎の男は、作者の近作『皆のあらばしり』(感想ここ)に出てくる博覧強記の中年男のようである。たまたま列車に乗り合わせた田上は何故かくも自然にわたしと大叔父の前に現われ、ずかずかと二人の会話に入り込み、最後は大叔父をわたしから奪うように連れ去ってしまったのか。
川端康成と大叔父の関係を解き明かそうとしたわたしに、思いもかけない答えを提示した上で消えて行った大叔父。田上は一体誰だったのか、という謎は、わたし自身が小説の末尾で想像するが、文学を小道具にしたミステリーのような体裁であった。

「未熟な共感者」は、大学の文学ゼミで、サリンジャーを読み解きながら、作家が「完全な共感者」を追い求めた経緯を考える小説。不人気なゼミのたった4人の学生たちは、指導教員を冷たい目で見ながら、かりそめの、狭く濃い人間関係を築く。語り手の「私」は亡くなった叔母に教えられたあれこれを思い出し、そこに拘泥しつつ、ゼミの美少女間村季那の動向から目が離せない。これも一種のミステリーで、「私」の正体についてあっというような展開があるのかと想像しつつ読んでいたが、ある意味想像を裏切られ、何もかも書き留めずにはいられない主人公の性が、作者乗代雄介の何故書くか、という動機を裏打ちしている。

乗代雄介の作品は、自分が持っているものすべてを、身を削るように蔵出しして、登場人物たちに語らせて書き綴られている印象。

この明るさのなかへ
ひとつの素朴な琴をおけば
秋の美くしさに耐へかね
琴はしづかに鳴りいだすだらう

八木重吉「素朴な琴」

を想起する。作者の中にあふれているものが、何かのきっかけで、作品と言う形をとって鳴り響くのかな、などと思う。けれんも一緒に現われつつ。

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