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小田雅久仁『残月記』(毎日読書メモ(348))

2022年本屋大賞ノミネート作の読書2冊目(1冊目は米澤穂信『黒牢城』だった:感想ここ)。本屋大賞第7位、小田雅久仁『残月記』(双葉社)。

小田雅久仁は、前に『本にだって雄と雌があります』(新潮社、のち新潮文庫)を読んだ。空中を飛び回る本のイメージに目くるめく思いをしたが、インパクトは意外と持続せず、その後、作者を追っかけるということなく10年近くたってしまったが、『残月記』はなんと、『本にだって雄と雌があります』以来の単行本だという。デビュー作『増大派に告ぐ』(新潮社、第21回日本ファンタジーノベル大賞大賞受賞)と合わせて3冊。ファンにとっては待望の新作だったと思う。

で、『残月記』は、月をテーマとした短編1作と中編2作からなる本。それぞれの物語に連関はないが、どれもすごく怖い物語だった。「そして月がふりかえる」は、月が裏返る瞬間を見てしまったところから、異世界に送り込まれてしまった男の物語。「月景石」は、叔母の形見の、天体と巨樹のような模様の石を枕の下に入れて眠ったことで、異世界でイシダキと呼ばれる存在になった長い長い夢を見ることになる女の物語。そして表題作「残月記」は、月昂という不治の伝染病にかかった男女が近未来のディストピア世界で数奇な人生を歩む、ダークだけれど希望の感じられるファンタジー。

どの物語も世界観がきっちり構築されていて、ざわざわする不安感の中で主人公たちがもがき続けている。「そして月がふりかえる」と「月景石」の前半あたりまでは、それがあまりに重すぎて、読み進めるのに難航したが、徐々に構築されている世界観への興味が高まり、物語の展開が気になって気になってたまらなくなっていった。最初の100ページくらいは、誰がこの本を見つけて本屋大賞ノミネート作になってしたんだろう、と思っていたが、最後は大納得。

「残月記」に出てくる月昂という伝染病は、潜伏期間が長く、どういうきっかけで感染したかを見つけることが困難だが、発症すると、月の満ち欠けに呼応するように躁鬱症状があらわれ、完治することなく、発症から数年のうちに亡くなってしまうことが多い。発症したら自ら感染症センターに出頭して、隔離された施設で死ぬまで過ごすことになり、症状を隠して逃げようとしても、追跡され捕らえられ、結局は施設に送り込まれる。作者がこの物語を発表したのは2019年の夏ごろで、まだ翌年になってパンデミックが地球上を席巻するとは想像すらしていなかった時期だが、感染症の描写がきわめて今日的であることに驚く。

裏返った月のこちら側に来てしまった人々との紐帯。風景石という石のコレクションのジャンルがあると知って検索すると、自然界にある石に、まるで描いたような模様が浮き出ることがあることを知って驚く。そして「残月記」の、まるでジョージ・オーウェル『1984』のようなディストピアぶりについて、その形成の過程をきっちり説明していて、ある意味『1984』より怖いような。そしていきなりのグラディエイター設定。この世界観を作るために作者が参照した原典を知りたいような気持も(この本に参考文献等の記載はない)。この本を起点に、例えばハンセン病患者に関するルポや文学に向かうことも可能だし、映画「グラディエイター」から古代ローマ市に向かうのもあり。全体主義が独裁者を産む、という設定から政治史の勉強をするのもありだ。そしてパンデミック。
勿論、余計なことを考えず、主人公たちの置かれた状況を思って心を震わせ、喜びや哀しみに感応する、それだけだっていい。

ファンタジーが見せてくれる世界の豊かさを感じさせてくれる読書となった。

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