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毎日読書メモ(160)『溶ける街 透ける路』(多和田葉子)

どこかの書評欄で誰かが言及していたので、多和田葉子『溶ける街 透ける路』(日本経済新聞社、現在は講談社文芸文庫)を読んでみた。

2005年春から2006年末までに訪れた町の話を、2006年の1年間、日本経済新聞に連載したもの。まず驚くのは時代を超越していること。あとがきを読むまで、15年も前の記録とは思いもしなかった。

そして、旅する作家なんだな、という驚き。1982年から2006年までハンブルクに住み、この本が書かれた2006年にベルリンに転居して、もう30年位ドイツに住んでいるのだが、この本に書かれた旅は2年弱の間に行った場所の話ばかりで(順番は入れ替えられている)、ドイツや近隣の国だけでなく、北欧(北極圏の街トロムセの話が印象的だった)、アメリカ、カナダなど、文字通り飛び回っている印象。この本には収められていないが、アジアの国々も訪れているようだ。ヨーロッパでは作家は各地の図書館や書店や学校の招きに応じてその地を訪れ、講演や朗読を行うのが自然なことのようで、ものを書くというのは、体力と社交力を必要とするものなのだな、と驚かされる。旅の荷造りの苦労なども語らず、この人は一体何語で話しているのだろうと不思議になる位、色々な言語の国を訪れ、自然に会話している。

仕事で訪れる街が多く、あまり声高に観光名所の話などは出てこず、現地で食べたもの、レストランで聞こえた人々の会話、招いてくれた団体とのエピソードなどが淡々と描かれている。日常の中に旅があり、呼吸するように移動している。

挿入されている溝上幾久子の銅版画も美しい。

彼女が呼吸し、眺め、触れ、味わい、人と会話する中に、創造の原動力がある、ということがわかる。国境や言語が緩やかにほどかれていって、『地球にちりばめられて』、『星に仄めかされて』の世界が出来ていくのかな、と思ったりもした。


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