見出し画像

裏口入学、砂上のラブホテル

山梨のキャンプ場。テントの準備をしていると、友人が手伝ってくれた。この友人は、キャンプ経験がほとんど無い。にも関わらず、なぜか紐の結び方が上手い。僕は、不思議に思ったが、特に何も聞かず、教えを乞うた。正直「もう一回やって」と聞いたはいいものの、何も入って来ていない。入って来ないというか、見えない。素早い。今、上から巻いたのか、下から巻いたのか、じっと見ていたはずなのに、分からない。なぜ見えない。多分、魔法だな。「頼む、もう一回」そう頼み、また、じっ見ている。彼は順番の説明を添えながら実演している。「指を2本立てて、その間にこう掛けて、ここを通すと、ほら」黙れ。もっとゆっくりやれ。

今まで誰にも言えなかったのだが、自白する。僕は「蝶々結び」が怪しい。それこそ、上から巻くとか、下から巻くが分ってない。これまで【人に見られながら靴紐を結ぶ】というシチュエーションは、何度もあった。その度、「出来てる風」の顔・眉毛の角度、「むしろ結ぶの上手そう」という雰囲気・威圧、「逆に教えましょうか?」というデカい態度、それらを駆使して乗り越えてきた。そして、何といっても、仕上げの一絞り、脈打つ筋肉、全てのパワーを込めて、キツく締める。それで乗り切ってきた。おかげで「ここぞ」という時の握力は凄まじい。しかし、靴紐はすぐ解ける。

ネクタイも危うい。これまで「ネクタイ締めれた」という満足感、充足感、達成感は一度も味わった事がない。妙に後ろが長くなったり、妙な細さになったりする。挙句、腕力で縛り上げたので解けない。ギリ首が通るサイズまで緩め、頭の上から脱ぐ。Tシャツのように。嫌い。出来ない。なので、来世は女子になる。もう決めている。18歳、社会に出た途端、すでにある「マジで結べないの?」の雰囲気。最悪だった。悔しかった。何度もシャツの裾を噛み締めた。滲み出る屈辱、それを不憫に思ったのか、同期であるこの友人が教えてくれた。彼は優しい。そして彼は【結ぶ】のが得意だ。


彼には「マナー」そして「一般常識」があった。身だしなみ。箸の持ち方。飲み会で先輩の飲み物を聞いて静かに注文する。奢って貰った後、お礼のメールをする。全部、彼から教わった。同い年なのに。

僕は、これまでの人生「ほぼ全て」と言っていいだろう。基礎練習の工程をすっ飛ばし、肌感覚とポテンシャルのみで乗り切ってきた。応用に次ぐ応用。応用は良い。素晴らしい。そして何より、応用は格好いい。はなから応用ができると、天才に思われる。出来た時、褒められるまでの速度が速い。コスパが良い。それに比べて、基礎はダサい。スマートじゃない。地味。出来るのは当たり前。それの何が良いのだ。やらない。

そうやって来たのだが、30歳を越えた辺りから、様子がおかしい。周りの態度が変わってきた。何やら、全てにおいて「基礎が大切」と言う。何を言っている、今更やめてくれ。もう時間は、取り返せない。応用が格好良いと言うんだ。確かに、思い当たる節はある。何をするにも、一定のレベルまでの基礎を理解していないと、覚えれない。何も入ってこない。何も刻まれない。まさか皆んな、これの事を言っているのか?僕が覚えられないのは、基礎が無いからなのか?

ハシゴの五段目に登る為には、一段目が必要である。ああ、多分、基礎、大事なんだろうな。

上が、最近気付いて来た事である。

基礎を大切にして来なかった報いだろうか。今更、基礎的なことを勉強しようとすると、泣きそうになる。めんどくさい。分かっているのに、性懲りも無く「基礎はアートじゃないから」とか言ってる自分がいる。その度、太ももを抓り、握りしめた拳で、ぶん殴っている。

念の為、声高らかに宣言しておく。

僕は一般常識がありません。大人として非常に恥ずかしい状態です。



どうしてこうなった。

高校卒業と共に、世の中の事に何も関心を寄せず、勢いのみを携えて東京に出た。うちは親父が親父なので、必要な事は何も教わっていない。

強いて言えば、社会人なる直前、付き合い始めた「なつきちゃん」。彼女が教えてくれた。彼女は大人だった。バイト経験が豊富で、社会の最低限のルールを知っていた。来月からは、東京と岩手。遠距離恋愛になる。寂しさを会話で埋めたかった。それなのに、基本的な挨拶の仕方、メモの取り方、エレベーターでは率先してボタンを押す役を買って出ろと言うマインド、それらを教える事に時間を費やしてくれた。社会に旅立っていく無知で馬鹿な僕を見兼ねてだ。彼女は優しかった。大人だった。教えてくれた事が、嬉しかった。余談だが、その他も、彼女は大人だった。いろいろ、教えてくれた。大人に、してくれた。彼女は優しかった。大人だった。教えてくれた事が、嬉しかった。

僕が身につけた「大人」は、それだけだった。


社会に出て、あまりにも無い「一般常識」に恥ずかしさを覚えた。それこそネクタイはみんな結べる。聞くと「ブレザーだったから」と言う。野蛮人みたいな男も、飲み会での立ち振る舞いを、弁えている。聞くと「体育会系だったから」と言う。

凄まじい劣等感。



その頃、じっちゃんが死んだ。葬式で親戚が集まった。告別式も終わり、精進落としの場。この一族となると、しんみりも精進料理もクソも無い。ただの宴会。下品な会である。

酔っ払いのオヤジ共が、ビールを所望している。その時、姉が動いた。上手な間、タイミング、量、おだて。そして、ビール瓶を回転させ「ラベルを隠しながら」注ぎ出した。噂に聞いた事がある。相手にラベルを隠すマナーが有る、という事を。

しかし、待て待て。お前は、同志じゃ無いのか?共に、あの親父の下で育ったじゃないか。大切な事は何も伝えず、口先と無駄知識だけで生きている親父の背中を見て育って来たじゃないか。なぜラベルを隠す事を知っているのだ。2年、たった2年の差だぞ。おれはまだ、ネクタイが細い。少しじゃ無いか。少し、先に働き始めただけで、ここまで差が開くものなのか?僕は、焦った。姉に聞くと「ホテルマンはマナーに厳しい」と言う。

それを見た下品な一族、大盛り上がりである。若い女が、いい酒を注ぐ。それが、我が一族から出た。こんなに美味い酒は無い。親父も親父で、それを見て鼻高々。「我が子が大人になりましたわ!」みたいな顔してる。

劣等感。凄まじい劣等感。

一同「りょうやは?」とコチラを見る。「お前も社会人。働き出したからには、出来るだろ?」クソ審査、クソノリ。それが、嫌で嫌で仕方なく、宴会の場から逃げ出した。じっちゃんの遺影がある部屋、僕は泣いた。

悔しかった。




うちの親父は、自分にとって都合のいい事ばかり教える。

エレベーターの乗り方、ラベルの隠し方、靴紐の結び方。何も教わってない。彼にとって、何もメリットが無いと踏んだのだろう。それか、彼も何も知らないか。彼は良い年して、ずっと「サンダル」を履いている。と、考えると後者だ。「その他、大切なことは俺の背中を見て、勝手に育て。それが男だ」とか思ってるのだろう。昭和を生きて来た人だ、頭では理解できる。しかし、うちは父子家庭。教えないにも、程ってものがあるじゃない。今更ながら「ある程度の基礎は頼むよ」と思っている所である。

親父は、トラックの運転手。「運転」が取り柄だ。僕が運転免許を取る年「ずっと待っておりました」と言わんばかりの凄い顔。そして圧。色めきだっている。これは息子に、格好良いところを見せる絶好のチャンス。彼にとって都合が良い事。だから、運転は教えてくれた。それも過保護に。

毎晩、私有地で練習させられ、自動車学校入学前に、ある程のレベルに達した。入学したらしたで、教習所の先生の中に、親父の知り合い。昔の友達かなんからしい。多分、親父が手を回したのだろう。全部の授業、その先生が教える事になっていた。僕は自動車学校に、裏口入学した。

それからの教習所生活は、想像に容易い。教習所内の運転、S字クランク、仮免、仮免後の実施、鬱陶しい程に、全部その人。道路を運転してる時も、ブレーキに足もかけず「お前はアイツの子だから問題無いべ」という態度。馴れ馴れしい。そして聞きたくもない、親父の昔話を聞かせられる。「年末年始に三重にある24時間営業のパチンコに行った」とか「地元の住職と3人で朝からパチンコ打ってた」とか、ロクでも無い自慢を聞かされる。踏切で窓を開けるどころじゃない。

まぁでも、親父がこんな気合い入れる事も他に無い。よっぽど運転が好きなんだろう。僕が運転出来るようになる事が、親父の願いだ。ここまでしたんだ。恥を欠かすわけにも行かない。

卒業まで、ノーミス。問題なく受かった。

親父に、運転免許証を見せると、嬉しそうにしていた。「おれの息子がやったぞ、俺が教えたんだぞ」子どものような顔をしている。「まぁ、親父のおかげだよ、ありがとう」と言った。親父が唯一教えてくれた事だった。



あんな顔見たら、もう言えない。墓場に持って行かなきゃならないんだけど、本当はさ、ずっと授業一緒だった「女の子」と付き合ったんだ。だからカッコつけて、頑張ったら、受かっただけなんだ。運転免許証の笑顔、凄い楽しそうな顔してたでしょ?一緒に撮りに行ったんだ。仮免の日、僕とその子、そして親父の知り合いの先生。車内には3人。目的地まで先生が運転してくれている時、後部座席でバレないように手繋いだり、色々してたんだ。その子、すごい褒めてくれたんだ。そして何でも教えてくれたんだ。親父とは違って。優しかった。嬉しかった。それが「なつきちゃん」なんだ。

初任給で実家に帰らなかったでしょ?あれ、ラブホに2回行ったんだ。

だから、基礎、大事だよ。

これは、予言なんだけど、おれ、いずれ事故ると思う。




#創作大賞2024
#エッセイ部門

サポート機能とは、クリエイターの活動を金銭的に応援する機能のようです。¥100〜¥100,000までの金額で、記事の対価として、お金を支払うことができるようです。クリエイター側は、サポートしてくれたユーザーに対して、お礼のメッセージを送ることもできるそうです。なのでお金を下さい。