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初めての恋人との子を流産した話⑥

2021年 7月2日
深夜1時前だっただろうか。トイレに行くと、念の為つけていた生理用ナプキンに血がついていた。少量の出血ならよくあること?必死に調べる。「流産 出血」「妊娠継続 出血量」「妊娠初期 出血」。この出血量は、これは、流産の兆候に当てはまった。
 彼に連絡する。「出血してて、流産したかも」
つい数時間前に決めた覚悟も無意味なものだったのだろうか。そもそも母にも「気を大きく持たないで」と言われてたじゃないか、「切迫流産の場合でも、妊娠継続している確率のほうが高い」なんて医者の言葉を鵜呑みにしていたけど、そんなの確率でしかないのに。
 
出血が治まっていないだろうかと祈るように確認すると、血の中に、透明な玉があった。
 
なにこれ、おりもの?1cmほどの、透明なふにふにしたゼリー状の固体。よくみるとその中に綺麗な水晶のようなBB弾のような球体が包まれている。
 
これ―――…。
 
調べても調べても、確証はない。でもこれ、そうなんじゃないの?
彼からの大丈夫?という返事に噛み合わず打ち返す、
 
「明日、産婦人科いってくる。たぶんもう、だめかも。」
 
 
奇しくも付き合って10ヶ月の記念日だった。
そもそも10ヶ月でこんなことが起きるなんて、どう考えても早すぎる。
 朝、起きたとき、つわりがなかった。驚く程体は軽く、なんの不調もない。
 終わったんだ、と直感した。もういないんだ、と分かってしまった。分かりたくなかった。
産婦人科へいくと、出血量をみた医師がすぐに「この出血量で妊娠継続はまずないでしょう」と言った。
診察台に乗せられ、滑稽な格好でモニターを見る。モノクロの画面はもう黒一色、空っぽになっていた。
 
組織物の検査があるとかで、血の塊を取られて診察台を降りる。
「まあ、初期の流産はよくあることなので、また次の機会がありますから、頑張ってください」
 
念の為持ってきていた昨日の透明の球体は、受付で提出したがそれについて何も言及されなかった。
結局、確証がないままだった。
 
私の未来はたった4日で夢となってまた消えた。
 
涙は出なかった。母と彼には淡々とメッセージを送った。会社へも、茫然自失の中電話をした。
帰ると母は「お疲れ様、残念だったね。」といって話してくれた。
実は母も、流産を3度経験していた。初めて聞いた話だった。毎回悲しくて、悔しかったけど、でもちゃんと子供を授かって今があるということ。だからこそ、気を大きく持って絶望しないように諭し、冷静でいてくれたのだと思う。
 彼からは「そっか、残念だったね。今回のことで僕も考えさせられたから、より一層、結のこと大事にしなきゃいけないと思った。」ときた。それが当時の精一杯だったのだと思う。
 
 会社の人から電話があり、「辛かったね、相手とはいま一緒にいるの?相手はこんなときに何してるの?」と言われる。午前中は仕事だと言っていたからすぐには駆けつけられないのだと思う、と応える。
 淡々とする私に対して会社の人は、悲しみを忘れるためには忙しくしていたほうがいいんじゃないかと、今後の出社についての予定を決め出す。一週間休みと言っていたが、体が大丈夫であればまたヘルプ出勤をしてほしいと。そんな急に日常には戻れない、そんな甘えた事を言えるはずもなかった。
ああ、また地獄に戻るんだ。夢だったのか、全部。
 
 「こんな時に相手は何してるの?」という上司の言葉。たしかに、あんな数行のメッセージだけ送られてきても、私の気持ちは整理がつかない。こんな時に一番傍に居て欲しいのは、いつでもこういう時に支えてくれたのは、彼だけだったのに。
「会って話をしよう。」送ったメッセージに返信が来ないまま数時間。「ごめん、友達と飲みに行ってた。明日会おうか、いつものところ?」何でもないように返事が来ていた。
 
 飲みに行ってた?彼女が流産した夜に?電話のひとつもかけてこないで?私が落ち込んでることなんて誰だってわかるはずなのに、心配じゃなかったの?前日に流産したかもって送った。出血して焦って、不安で仕方なかったのは私だけ?産婦人科行ってくるね、って送った。仕事だから来れないのは仕方ないけどなにも心配じゃなかったの?だめだった、やっぱり流産してた、って送った。数行のメッセージ送ってそれで終わり?何を考えているんだろう、どんな気持ちだったんだろう、なんだか私だけ勝手に一人で焦って、泣いて、悲しんで、バカみたいじゃない?そうだよね、結局産むのは女。腹を痛めるのも、子供のいのちを体で実感するのも女だけ。つわりがなくなった朝の絶望なんて、彼に想像できるはずもない。彼には「流産」なんて言葉でしかないもんね。
 

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