戯曲『アメリカに行く』(1/3)
これまでに僕が手がけてきた戯曲を公開します。
今回投稿するのは、『アメリカに行く』という作品です。
全3回に分けて投稿していきたいと思います。
「戯曲なんて読んだことないから、読んでみようかな」という方も、
「戯曲を書こうと思ってるから、参考にしたい」という方も、
ぜひ多くの方に楽しんでいただけたらうれしいです。
公演時の詳細情報については、前回の記事をご覧ください。
【登場人物】
島田……会社員
小谷……会社員
石山……会社員
高野……殺した男
太田……アメリカに行く男
1
舞台上には、椅子が五脚。
椅子の上に、新聞紙がひとつ。
舞台は、熱海秘宝館の展望台。
昼。
高台に位置するその展望台からは、青い海が見渡せる。
開演時間になると、小谷と島田が登場。
客入れの音楽がフェイドアウトしていき、客電がゆっくり消えていく。
島田 ……なんか、想像してた以上に濃いね。秘宝館。
小谷 や、俺も秘宝館初めてだったからさ、
島田 俺も初めてだった。
小谷 楽しみにしてたんだけど、濃すぎて、かえってなんかさあ、
島田 そう。空気が濁ってるっちゅうか、こう、
小谷 正直、ちょっとあてられた感じは否めませんよ。
島田 密度がね。
小谷 濃いんだよ、なんか。
島田 なんで来ちゃったかねえ。
小谷 来なくてもよかったな。マジで。
島田 ま、記念にはなったけどさ。
小谷 あ、「記念になった」って言っちゃう?
島田 え?
小谷 「記念になった」って言っちゃうか。
島田 なによ?
小谷 まあ、でも、お互い三十二ですからね。
島田 俺まだ三十一だよ。
小谷 そうだっけ?
島田 そうだよ。
小谷 どっちでもいいじゃない。
島田 どっちでもよくないよ。
小谷 なんにしても年取ったわけじゃない、俺らも。
島田 なんだそりゃ。
小谷 いやいや、実際年取ってるわけでさ。
島田 嫌な話。
小谷 ですけどね。
島田、舞台前方を眺めて、
島田 ……久しぶりだなぁ、海見るのも。
小谷 行かねえの? 海とか。
島田 行かないよー。そんな暇ないもん。行く?
小谷 俺も行かないけどね。
島田 ほら、行かないじゃん。
小谷 行かないけどさ。行ったっていいと思うわけよ。行けない行けないって言ったって、本気で行こうと思えば行けないことないと思うんだよ、俺は。
島田 なに言ってるか、よくわかんないんだけど。
小谷 や、忙しくたって行こうと思えば行けるじゃないって話よ。
島田 じゃ、行きゃいいじゃん。
小谷 そういう話じゃないの。
島田 違うの? 全然わかんねえ。
小谷 だからぁ、例えばさ、終電で家帰って来るでしょ? ね? 仕事で疲れてさ、でもちょっと小腹が空いたなぁと思って、あっコンビニだ。コンビニ寄ってくかぁ? って思うんだけど、すぐ、まいっか疲れたしな。って、思っちゃう俺? 俺、どうなんだっていう……だぁかぁら! バカだねえ、島ちゃんは。
島田 バカじゃねえよ。
小谷 島ちゃんの人格を疑うね、俺は。
島田 なんでだよ。
小谷 だから……大人になんかなりたくなかったろ? という話。
島田 ……あのさ、この会話やめない?
小谷 やめようやめよう。
と、二人、椅子に座る。
島田 ……でもよかったじゃん、今回。なかなか会えないからさあ、みんなにも。だって、アレ以来でしょ、ほら……え? いつ以来だっけ?
小谷 花火でしょ?
島田 ていうか、今回の、秘宝館行こうってさあ、石山と太田くんが企画したんでしょ? 意味がわかんないんだけど、俺。どういう流れで秘宝館?
小谷 あ、聞いてない?
島田 なに?
小谷 あ、そうなんだ。
島田 なになに?
小谷 や、俺も詳しくは聞いてないけど、なんか石山が、付き合ってる彼女がいて、
島田 あいつ彼女出来たんだ。
小谷 いろいろあるらしいよ、悩みが。
島田 へえ……で、秘宝館? 意味わかんないよね?
小谷 残念な奴なんだよ。
島田 ていうか、高野もなんか暗いし。
小谷 あいつ何? なんか落ち込んでんの?
島田 わかんないけど。
石山が来る。
石山 あ、ここにいたんだ。
小谷 来たよ。残念な奴が。
石山 え? なんですか?
小谷 出てるなあ、残念なオーラが。
石山 ええ?(なぜか嬉しそうに)そうですか?
小谷 褒めてねえよ。
石山 ……。
島田 石山、悩みがあるんだって?
石山 え?
島田 俺ら、こんな、熱海の秘宝館まで連れて来てさあ、なんなのよ?
石山 や、でも来てよかったですよね?
島田 は?
石山 来てよかったですよね?
島田 よくねーよ。
小谷 全然よくねーよ。
石山 え、ほんとですか? 面白かったでしょ? 秘宝館。
小谷 面白くねーって。
島田 来たくなかったもん。付き合いだよ。
小谷 完全に付き合いだよ。
石山 うそー。
小谷 うそじゃねえよ(と、石山を蹴る)
石山 (ので、逃げて)ちょっと! ちゃんと見ました? 展示。
小谷 見たよ。
石山 じゃあ面白かったでしょ?
小谷 だから面白くないって言ってんの。
石山 ええ? 面白いと思ったんですけどね。
島田 おいおいおい。
石山 はい。
島田 いいから、その話しは。俺らが、こんな熱海まで連れて来られた理由を話してよ。
石山 理由ですか?
島田 そうだよ。
石山 断ってもいいですか?
小谷 (石山を殴る)
石山 冗談ですよ! 冗談じゃないですか。
小谷 話しゃあいいんだよ、話しゃ。
島田 いしやま!
石山 はい。わかりましたよ。話せばいいんですか? じゃあ。
島田 「じゃあ」?
小谷 ムカつくなぁ。
石山 なんでですかぁ。
小谷 こいつ(と、殴ろうとするフリ)。
石山 ちょっとちょっと!
小谷 お前は。
石山 なんすか。え?
小谷 はぁ〜(と、ため息)。
島田 いいから話せよ。
石山 (適当に)はいはい。
島田 ムッカつくわぁ。
石山 ええ?
小谷 (石山を殴る)
石山 (ので)痛っ。
小谷 (真似して)「はいはい」ってなんだよ、お前。
石山 そんな言い方してないじゃないですか。
島田 したよ!
石山 してないでしょ?
島田 したっていうの。
石山 えー。ほんとですか?
小谷 「ほんとですか?」じゃねーよ。嘘つくなよ、お前。超適当な返事だったじゃねえかよ!
石山 (ふてくされた表情で)……。
小谷 なんだよ、その顔。
石山 え?
島田 ふてくされたよね? 今。
小谷 あからさまによー。
石山 ふてくされてない、ふてくされてないですよね?
小谷 だから嘘つくなっつうの。
石山 そんなこと言ったって。
島田 ほんと、どんどん嘘を上塗りしていくなぁ、お前は。
石山 や、この関係性が、僕にそう発言させてるんですよ。
島田 知らねえよ。
石山 僕が食パンなら、嘘という名のマーガリンを塗ってるのは、あなたたちじゃないですか。
島田 ……。
小谷 (石山を殴る)
石山 (ので)ごめんなさい、ごめんなさい。
小谷 ごめんなさいじゃねえよ。
石山 もう! じゃあ、僕が悪かったですよ。すいません。
島田 (その言い方に)だから!
石山 なんすかぁ! もう謝っても許して貰えないんじゃないですか!
小谷 お前がちゃんと言わないからだろうが!
石山 わかりました、わかりました……(あらたまって)すいませんでした。
と、石山は頭を下げる。
が、その後に顔を上げて、二人の様子を伺う姿が、また腹立たしいので、
小谷 (苦笑)
島田 (苦笑)もういいよ、教えてよ、話を。
石山 はい。
石山、椅子に座り、
石山 僕の彼女が、最近ヤラせてくれないんですよ。
島田 あー、なんでこいつこんなにムカつくんだろう。
石山 なんにもしてないじゃないですか。悩みを打ち明けてるんですよ。
小谷 (石山を睨む)
石山 (ので)ええ!
島田 なんなんだよ、「ヤラせてくれない」って?
石山 だから、彼女がですね、全然させてくれないんですよ、最近。
島田 それはなに? セックス的なものの話?
石山 そうなんですよ、セックス的なものが全然行われないんですよ。
小谷 「最近」っていうのはさぁ、それどれくらいの話なのよ?
石山 そうですね……一、二ヶ月くらいですかねえ。
小谷 一、二ヶ月、セックス的なものがないんだ。
石山 そうなんですよ。それで、たぶん、たぶんですよ? たぶんですけど、僕のスピード的なものが、早いんじゃないかって思って、
島田 スピードってなんだよ?
石山 スピード的なものがあるじゃないですか、セックス的なものにおいては。
島田 スピードっつったっていろいろあるじゃない。
石山 だから、ABCの、Cの部分ですよ。わかんない人だなぁ。
小谷 C的な作業にかける時間が短いってこと?
石山 そうなんですよ。
島田 そのC的な時間は、具体的にどれくらいなのよ?
石山 え? ていうか、島ちゃんは、逆にどれくらいですか?
島田 俺の話はしてねーんだよ。
石山 教えてくださいよ。
島田 おめーの話だろうが。
小谷 でもそういうのは、どっちかだけっていうか、お互いの問題なわけじゃない。
石山 そうですよ。
小谷 「そうですよ」じゃなくて。
石山 だから、たぶんですよ。たぶんですけど、僕のスピード以外に考えられないんですよ。
島田 なんでだよ?
石山 や、だって、それ以外はねえ? 問題ないじゃないですか。
島田 問題ない?
石山 わかるじゃないですか、そういうのは、対戦してれば。
小谷 「対戦」ってなんだよ。
石山 対戦しますでしょ?
小谷 (石山を殴る)
石山 もういいですから、それは。
島田 ていうか、C的なもの以外は、完璧なんだ?
石山 完璧って言うとアレですけど、まあ、そうですね。
小谷 言えたねえ。
石山 完璧なんですけど、ただ、スピード的なものがちょっと。
島田 それで、秘宝館?
石山 そうなんですよ。何かヒントを、授かれるのではないかと思いまして。
島田 それに付き合わされてんだ俺ら。
石山 ありがとうございます。
島田 お前、ほんと最悪だな。
小谷 どうでもいい。
石山 ……わかった! 二人とも、人の悩みをちゃんと聞けないから、女の子にモテないんですよ。あははははっ。
島田 笑ってるよ。
小谷 (石山を殴る)
石山 ……でも僕の理由だけじゃないですよ。
小谷 なにが?
石山 太田くんもいろいろあるんですよ。
島田 太田くんも早漏なのかよ?
石山 え? 太田くんも早漏なんですか?
島田 知らねえよ! お前が言ったんじゃねえかよ!
石山 違いますよ。だから、太田くんには太田くんの理由があるっていう話ですよ。
島田 なにそれ?
石山 え?
小谷 なに? 太田くんの理由って。
石山 太田くん、アメリカ行くらしいっすよ。
小谷 なんで?
石山 修行に。
島田 修行?
小谷 修行ってなんの?
石山 小説じゃないですか?
島田 なに、小説って?
石山 会社辞めて、小説家になるって言ってたじゃないですか。
島田 そうなの? 聞いてねーよ、それ。
小谷 俺も初めて聞いたよ。
石山 だから、太田くんの送別会っていう意味もあるんですよ。みんなと会える機会も全然ないし。
島田 言えよ、先に。アメリカ?
石山 はい。
小谷 なにやってんだかねえ、三十過ぎて。
石山 言わないでくださいよ、僕が話したの。太田くん、最後にみんなに言うって言ってましたから。
小谷 アメリカねえ。
島田 遠いな。
石山 アメリカですからね。
小谷 ニューヨーク?
石山 さあ? この海の向こうの方ですよね。
石山、立ち上がって、海を眺める。
小谷と島田も、石山の隣に立って、海を眺める。
一同 ……。
と、小谷と島田は、石山を殴る。
石山 痛っ。なんですか!
小谷と島田は、無視して、椅子に座る。
小谷、椅子の上にあった新聞を広げて……しばし間。
小谷 (新聞から顔を上げて)……これ見た? 殺人事件。
石山 なんすか?(と、新聞を覗き込む)
小谷 頭部切断の。
島田 図書館のでしょ? 見たよ、ニュース。
小谷 (新聞を読んで)「東京都内の区立図書館で、十六歳の女子高校生が、隣の座席にいた男にナイフで殺害され、頭部を切り落とされるという事件が発生した」
石山 怖い怖い!
小谷 (新聞を読んで)「被害者のすぐ前に座っていた来館者は、『突然、身の毛がよだつような悲鳴が聞こえた』と、事件が発生した時の状況を説明した」
石山 「身の毛がよだつ悲鳴」って!
小谷 (新聞を読んで)「ナイフを手にした男は、現在逃亡中。殺害時には、切断した女子高校生の頭部をかかげて、周囲の来館者に見せて回ったという」。
石山 ……怖くて行けないですよね? 図書館。
島田 逃亡中か。
小谷 結構いるよ、力。
石山 切断ですからね。
島田 骨あるしね。
小谷 図書館、血の海でしょ、これ。
島田 これもう、椿三十郎を超えたでしょ。
石山 ドバーって出たんでしょうね。
小谷 出ただろ。ドバーどころじゃないよ。
島田 ……知ってる? 三船敏郎ってアホだったんだって。
石山 ……。
島田 すげえアホだったらしいよ。
石山 ……。
石山、小谷から新聞を受け取って見る。
島田 ……。
小谷 ……三船美佳は可愛いよね。
島田 おっ、そうなんですよ。アレはいいですよ。
小谷 いいんだよ。
石山 趣味を疑っちゃうよねー。
島田 なにが!
石山 え? や、事件の話ですよ。
島田 お前、俺らの方を見てたじゃねーかよ!
石山 事件の話ですって。
小谷 ぜったい嘘。
石山 嘘じゃないですよ。
島田 お前、また誤魔化してる?
石山 誤魔化してないですよ!(と、新聞を手に取って)ほら、これ! この事件の話ですって! 頭部を切断するなんて、趣味が悪いじゃないですか。
島田 いしやま! ちゃんとしろよ!
石山 だから、この切断の。
小谷 嘘つき。
石山 なんすか、その小学生並みの攻撃は。
小谷 なにがマーガリンだ、このやろう!
石山 言ってないですよ、そんなこと。
小谷 お前、ほんと病気だな。
石山 病気って、ちょっと!
島田 大体さあ、趣味って言うかね? こういうの。
石山 言いますよ。言いますよね?
小谷 (石山を殴る)
石山 痛っ……。
島田 まったく。
石山、座って、
石山 ……どこにいるかわかんないですよね、変な奴。
小谷 お前みたいなな。
石山 なんで僕なんすか。
島田 石山、痴漢とかするでしょ?
石山 しないですよ!
小谷 すればいいじゃん。
石山 なんでですか! 違いますよ。ていうか、これいじめですよね?
島田 原因作ってんの、お前じゃねえかよ。
石山 ま、いいですけど。
小谷 お前、こんなムカつく奴だったっけ?
石山 ……でも、多いじゃないですか? 変な人。街歩いてても……常磐線とか、変な人しか乗ってないですよ。
島田 お前も常磐線乗ってんじゃねえかよ。
石山 僕も乗ってますけど。
小谷 常磐線ってアレでしょ? ブツブツ独り言言う人が乗る電車でしょ。
石山 そうですよ。昼間っからジャージ着てたり、怪しい人ばっかりなんですから。
小谷 それはただのヤンキーだろ。
石山 違いますよ。よくわかんない奴いるんですよ。ジャージとか着て。
そこへ、ジャージを着た二人の男、太田と高野が来る。
太田 え? 呼んだ?
石山 え?
小谷、島田、石山は、二人を見て、
石山 ……ジャージでしたっけ?
太田 そうだよ。今更?
石山 いや。
島田 石山。お前、太田くんのこと言ってたの?
石山 違いますよ!
太田 なに?
島田 ちょっと聞いてよ。
石山 違いますよ、違いますから!
太田 え?
小谷 太田くんが、いつか人を殺すんじゃないかって。
石山 こらこらこら。
小谷 (石山を殴る)
石山 痛っ。
太田 なんだよ、それ。
石山 だから、違いますって!
高野が、黙って椅子に座る。
石山 ……どうしたんですか? 高野くん?
高野 ……。
一同 (ので)……。
小谷、新聞を手に取って、広げる。
島田 どうしよっか? この後。
太田 飯にする? まだ早いか?
島田 そうねえ。
小谷 島ちゃん。
島田 ん?
小谷 「身の毛がよだつ悲鳴」ってどんなんよ?
島田 身の毛がよだつ悲鳴?
小谷 ちょっとやってみてよ。
島田 身の毛がよだつ悲鳴を?
小谷 うん。やってみてよ。
島田 ……。
島田、唐突に、「きゃぁあああああ!」と、身の毛がよだつ悲鳴を出す。
一同 ……。
小谷 ちょっと可愛いじゃねえかよ。
島田 そう?
太田 それは違うんじゃない? 身の毛がよだつ悲鳴でしょ?
島田 ええ? 違うかな? じゃあ、ちょっと太田くんやってみてよ。
太田 身の毛がよだつ悲鳴は、こうでしょ。
太田、「ふぁぁぁぁ〜」と、身の毛がよだつ悲鳴を出す。
島田 それは、違うでしょ?
太田 え? 違う?
小谷 なんかねえ。
太田 違う? こうだと思ってたんだけどなあ。
島田 違うでしょ。(石山に)なあ?
石山 ちゃんちゃらおかしいですね。
太田 ……お前、じゃあやってみろよ。
石山 全然いいっすよ。身の毛がよだつ悲鳴っていうのは、こうですよ。
石山、「あんっあんっあんっあんっあんっあんっあんっあんっあんっ」と、身の毛がよだつ悲鳴を出す。
石山 ……どうですか?
島田 セックスしてる女じゃねえかよ!
石山 身の毛がよだつって感じでしょ?
島田 バカじゃねえの。
石山 知らないんじゃないですか? 本当のセックスを。
島田 お前ほんとぶっとばすよ?
石山 (ふてくされた顔)……。
島田 ちっ。
石山、新聞を取って、座る。
島田 ……高野、今日元気ないじゃん。
高野 そうでもないっすけど。
島田 そんなことねーよ。超落ち込んでるじゃん。喋らねえし。
高野 そうですかね。
島田 ……。
石山 高野くん、これ知ってる? 事件。(と、新聞を読んで)「東京都内の区立図書館で、十六歳の女子高校生が、隣の座席にいた男にナイフで殺害され、頭部を切り落とされるという事件が発生した」
高野 ……。
石山 すごいっすよね? これ。
高野 知ってます知ってます。
石山 犯人、逃亡中だって。
高野 はい。ていうか、それ、俺なんですけどね。
石山 へえ。高野くんが犯人なんだ。って、つまんないジョーク!
高野 ……。
石山 ……え?
高野 それ、俺のことなんですよね。
一同 ……。
高野 警察、行こうかなぁって思ったんですけど、でもみんなにも会いたかったから。久しぶりだったし。(島田に)殺しちゃいました。
島田 え? お前、え?
高野 ごめんなさい。何か、言うタイミング逃しちゃって。
一同 ……。
高野 ごめんなさい。俺、逃亡中の犯人です。
一同 ……。
一同、壁際に集って、高野をチラチラと見ながら、コソコソと話し合う。
島田 犯人?
太田 犯人って言ったよ。
島田 首を切り落とした犯人ってこと?
太田 高野が。
小谷 てことじゃねえ?
島田 ええ?
石山 ジョークじゃないんですか?
小谷 だってジョークっぽくなかったぞ。
石山 え、だって……。
島田 石山、ちょっと確認してこいよ。
石山 はい?
島田 もう一回、聞いてこいよ。
石山 なんて聞くんですか?
小谷 なんでもいいよ。
島田 聞いてこいよ。
石山 嫌ですよ。
島田 「嫌」じゃなくて。
石山 ちょっと。
島田 ほら!
石山 ちょっと待ってくださいよ!
と、言う間に、石山は、島田たちに押し出され、高野の前に出て来る。
高野 ……。
石山 ……あの、ちょっとごめんなさい。
高野 なんすか?
石山 や、さっき、ちょっと聞き取りづらかったんだけど。
高野 はい。
石山 高野くんが、犯人なの?
高野 はい。
石山 図書館で女子高生を?
高野 殺しちゃいました。
石山 ナイフで?
高野 ええ。
石山 頭部を切断?
高野 しちゃいましたね。
石山 ……それは、ジョークじゃ、
高野 ないですね。
石山 ないんだよね。ジョークじゃないんです。
高野 ジョークじゃないですね。
石山 ジョークじゃない。そっか……へえ。殺しちゃったんすか?
高野 そうなんすよ……や、まいっちゃいましたよ。すんごい出るんだもん、血。知ってます? ほら、椿三十郎とか、あんなに出ねーよって思うじゃないですか、血。でもアレくらいやっぱ出るんですよね。ていうか、アレより出たんじゃないかなあ。すっごいっすよ。僕も真っ赤になっちゃいましたもん。
石山 ……。
石山、再び、壁際の皆のところに戻り、
石山 あいつが犯人です。
小谷 (石山を殴る)
石山 ええ!
太田 ……マジかよー。
島田 どうするよ?
小谷 ……逃げるか?
島田 え?
石山 そうですよ。僕たちも殺されるかもしれないですよ!
島田 それはないだろ。
石山 そんなのわかんないじゃないですか! 逃げましょう。ダッシュで逃げましょう。
島田 俺らは別に殺さねえって。
石山 何を呑気なこと言っちゃってんすか! 図書館で、隣に座ってただけで殺されたんですよ、女子高生は! なんなんだよオメエはよー。カブトムシみてーな顔しやがってよー。
島田 誰がカブトムシだよ!(と、石山を殴る)
石山 (ので)痛っ……褒め言葉じゃないですか。
島田 どこが褒め言葉なんだよ! バカ!
石山 バカじゃありません〜。
島田 ……石山。ちゃんとしてくれよ!
石山 ……。
太田 まあまあ、ここはちょっと落ち着いてさあ。
島田 ったくよー。殺すなよなぁ。
太田 ……。
太田、高野に近付いて、
太田 高野。
高野 はい。
太田 俺らのことも、殺すつもり?
高野 なんでですか! 殺さないですよ。
太田 じゃ、なんで図書館の女子高生殺したんだよ?
高野 え? あれは、だから、ギアを変えるっていうか、なんか、みんながびっくりするかなって。
太田 サプライズ?
高野 や、サプライズっていうか、別にみんなに対してっていうんじゃなくて、世界に対してっていうか。
島田 お前、サプライズで人殺しちゃうのかよ!
高野 そういうことじゃないですよ!
島田 じゃ、どういうことだよ?
高野 だから……でも、みんなのことは殺さないですよ。
島田 嘘つけ。
高野 信じてよー。
島田 そんなもん信じられるかよ。
高野 殺さない。絶対殺さない!
と、高野が立ち上がるので、一同、数歩下がって身構える。
高野 大丈夫ですよ。大船に乗ったつもりでいてもらえれば問題ないですから!
太田 お前、よくそういうことが言えるねえ。
高野 大丈夫ですって。
小谷 高野、それ、フリじゃねーだろうな?
高野 え?
小谷 殺さない殺さないって言っといて殺すみたいな。フリじゃねえよな?
高野 違いますよー。
島田 絶対だな? 絶対殺さないんだな?
高野 絶対ですよ! 絶対!
と、高野が近付いて来るので、一同、さらに数歩下がって身構える。
高野 なんすか、やめてくださいよ。
太田 お前、ここから入って来るな(と、高野の前に架空の線を引く)。
高野 ええ?
太田 とりあえず! ここから入って来るなよ!
高野 わかりましたよ。
太田 絶対、入ってくるなよ!
高野 わかりました……でも、殺さないですから、信じてくださいよ。
太田 信じるか信じないかは、こっちが決めるから!
高野 はい。
島田 うわあ!
太田 え?
高野 なんすか?
島田 ……ちょっとちょっと。すっげえことに気付いちゃったよ、俺! ちょっとちょっと。
と、島田は皆をこっそり集める。
高野 ……。
高野、椅子に座る。
島田 あいつ、首どうしたんだよ!
小谷 首?
島田 首だよ、首!
石山 うはあ! 首!
島田 そうだよ。女子高生の首! あいつどうした? 持ってる? 持ってない? 捨てた? いやいやいや、持って来てんじゃねえの!
小谷 おいおいおい。持って来てんのかよ!
島田 わかんないよわかんないよ。どうすんだよ、持って来てたら!
石山 カバンの中!
小谷 ええ?
石山 カバンの中に入ってるんじゃないですか?
小谷 マジかよ!
石山 もしかしたら!
太田 あるよ、それ。あるよ!
島田 どうするべ? 高えぞお、確率。持って来てんじゃねえの、マジでよお!
一同、高野を見る。
高野は、椅子に座って、カバンを膝の上に抱えている。
太田 あの中に、女子高生の頭が……。
小谷 どうすんだよ、そんなもん持ってて。
島田 知らないよ。
と、高野、カバンの中に手を入れて、中から出した何かを食べる。
島田 おいおいおいおい、なんか食べてるぞ、おい!
小谷 本格的な猟奇殺人だよ。
石山 常磐線どころじゃないですよ。
高野 (皆が見ているので)……あ、食べます?
島田 いいよいいよ、食べないよ!
高野 美味いっすよ。
高野、カバンに手を入れて、もうひとつ食べる。
一同 ……。
小谷 帰るか? 今日。
島田 そうねえ。
太田 いやいやいや、旅館もう予約しちゃったよ。
小谷 いいよ、そんなの。キャンセルしてよ。
太田 キャンセル料取られちゃうじゃん。
島田 いいじゃねえかよ! 金なんか。キャンセル料払うのと、殺されるのとどっちがいいんだよ。
太田 ええ? ん〜。
島田 そこ悩むとこ? ねえ!
太田 だって俺、旅館泊まりてえよ。
島田 はあ?
太田 俺すげえ楽しみにしてたんだもん。今日。久しぶりだったし、みんなに会うの。
島田 それは俺もそうだけど。
太田 旅館泊まりてえよ。みんなで温泉入りてえよ。絶対それ楽しいじゃん。
島田 ん〜。
小谷 でもなあ。
石山 じゃあ、太田くんが、高野くんと一緒に寝ればいいんじゃないですか?
太田 え?
石山 ふた部屋取ってあるんすよね? 僕ら三人で寝て、太田くんが高野くんと寝るならいいんじゃないですか?
小谷 ああ。それならまあ。
島田 ちょっとは安全か?
太田 待って待って。
石山 だって泊まりたいんですよね?
太田 や、そうなんだけど。
石山 だったら。
太田 あのさ、ごめん、旅館がね、
石山 太田くん。大人になれよ。
太田 (石山を殴る)
石山 だってそういうことでしょ?
太田 ……ごめん! 旅館、悪いけど、一部屋しか取ってないわ。
石山 え?
島田 一部屋?
小谷 マジで?
太田 ごめん。一部屋しか予約してないんだよね。
島田 ほんとに?
太田 でも、広い部屋だから。
島田 「でも」って言われてもさあ。
太田 その方が楽しいかなあって思うじゃん。
小谷 それは、そうだねえ。
太田 ……腹くくって、ここはさ。
島田 殺されろってか?
太田 や、殺さないって……たぶん。
島田 「たぶん」ってなんだよ! 頼りねえよ。
太田 だって。
と、高野が、立ち上がって、海を眺める。
一同、高野を見る。
高野 ……久しぶりだなあ。海見るのも。ねえ?
一同 ……。
高野 太田くん。
太田 はい。
高野 もうみんなには言ったんすか?
太田 え? なに?
高野 だから、太田くんのこと。
太田 え? ああ。まだ。
高野 そうなんすか? 言った方がいいっすよ。
太田 うん……。
島田 なに?
太田 ……や、俺ね、アメリカ行こうかなぁと思ってさ。ていうか、行くんだけどさ、アメリカ。
島田・小谷 ああ、それ。
二人の対応が新鮮じゃないので、石山が無言で促し、改めて三人で驚く。
三人 (わざとらしく)へえ、そうなんですかぁ。知らなかったなぁ。言ってくださいよ〜。
太田 や、だから、アメリカに行く前にみんなで一緒にどっか行きたかったんだよね……旅館も、よかったら、一緒に泊まって欲しいし。
島田 ……うん。
小谷 そうだよな。久しぶりだしな。
太田 だって、ほんと久しぶりじゃん。
島田 (高野に)高野、絶対俺らのこと殺さねえな?
高野 殺しませんって。
島田 ……じゃあ、いいよ。泊まろうよ。
小谷 そうね。
太田 うん。
高野 よかったね。太田くん。
一同 ……。
石山 あれ! そんな大切な日に、秘宝館に来ちゃってよかったですかね?
島田 よくねーよ。
小谷 全然よくねーって。
石山 そうなんですか? 言ってくださいよ。
小谷 言ってんじゃねえか、だから。
石山 へえ〜。そうなんですか。
小谷 (呆れて)はぁ〜ぁ。
石山 嘘ですよ〜。
島田 石山! だからさあ、ちゃんとしてくれって! 頼むよ! スピード的なものよりさあ、改善するところは、いっぱいあるぞぉ。
石山 ……。
太田 でも、まあ、記念にはなったよね、秘宝館。
高野、カバンからインスタントカメラを出す。
太田 ……俺、アメリカ行って、面白い小説書くからさ、みんな、楽しみにしててよ。
一同 ……。
石山 「アメリカ行くより、やるべきことがいっぱいあるんじゃないですか?」って言わなくていいんですか?
太田 ……。
島田 がっかりだよ。お前には。
と、高野は、インスタントカメラで、皆の写真を撮る。
フラッシュが光る。
島田 ……なに?
高野 いいじゃないですか。ほらほら、みんな笑ってくださいよ。
一同 ……。
高野 ……笑ってよー。もう、みんな会えなくなるんだから。最後なんだから!
しかし、誰も笑えない。
高野 いきますよ! ハイ、チーズ!
ふいに、暗転。
(次回に続きます! お楽しみに!)
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