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戯曲『アメリカに行く』(2/3)


戯曲『アメリカに行く』の2回目(全3回)の投稿です。



お時間あるときに、ぜひ気楽にお楽しみください!



【登場人物】


島田……会社員

小谷……会社員

石山……会社員

高野……殺した男

太田……アメリカに行く男




2(前半)


暗転後、転換明かりになり、その中で転換作業。

作業終了後、再び暗転。

明転。


舞台上には、椅子が二脚と、布団が二組。

椅子にはタオルがかかっている。


舞台は、旅館の客室。

その日の夜。


島田、石山、太田、高野は、布団の上や床に座っている。

小谷、枕を取ると、


小谷 石山。

石山 なに?


小谷、枕を思い切り石山に投げつける。


石山 うわっと! ちょっと!


と、それが合図になったように、皆、枕を掴んで、石山を集中攻撃する。


石山 ちょっとちょっと!


逃げる石山を相手に、しばし子供っぽい枕投げの遊びに興じる一同。


やがて、


小谷 はぁ〜、疲れた。

島田 楽しい、楽しいよぉ。


と、一同は床に倒れ込む。


一同 はぁ、はぁ、はぁ。

小谷 あれ? 石山、身の毛がよだつ悲鳴ってどんなんだっけ?

石山 あんっあんっあんっあんっあんっあんっ。

一同 あははははっ。

島田 楽しいなあ〜、おい!


と、ふいに石山は、近くにあった枕を掴んで、皆に向かって思い切り投げつける。

と、それが、高野の顔に直撃する。


高野 痛っ。

石山 あっ。

高野 痛っぇ〜。


高野、目を押さえて、うつむいている。


石山 あ、高野くん、ごめん。

高野 なんだよ、オメエ。殺すぞ!


一瞬、凍り付く一同。


一同 ……。


高野、目を押さえたまま、椅子に座る。


石山 ……。

高野 痛え、マジで。

島田 石山、謝れ。

石山 (高野に)すいません。

小谷 お前、ほんとそういうのダメだよ。

石山 はい。

太田 場をシラケさせるっちゅうかねえ。

石山 すいません。

島田 もっとちゃんと謝れって。

石山 (高野に)すいませんでした。

高野 ……。

石山 殺す気ですか?

高野 別にこんなことで殺しませんよ。

石山 嘘だ! 殺す気でしょ!

高野 おかしいでしょう、殺したりしたら。

石山 ああ! やばい! 殺されますよ、僕!

高野 なんなんすか! 殺されたいんですか?

石山 ええ! そんなこと一言も言ってないじゃないですか!

高野 そんなに騒ぐと、逆に殺されたいみたいっすよ。

石山 「逆に」?「逆に」って何?

高野 だから、

石山 ええ?

高野 ……もういいですよ。うるさいなあ。


と、高野、立ち上がる。


石山 ちょっと、なんですか?

高野 ……便所ですよ。

石山 ……。


高野、去る。

と、一同、布団の上に集って、


石山 ……セーフですか? 僕、大丈夫ですよね? 殺されないっすよね?

島田 お前、絶対殺されると思うわ。

石山 ちょっと!

小谷 石山、首切られちゃうのか。

石山 その前に助けてくださいよ!

小谷 なんで?

石山 「なんで」って。死んじゃうから!

太田 (思わず笑って)でも、石山が首切られたら面白くねえ?

石山 面白いとかじゃないでしょ! なんなんだ、あんた!

太田 面白いよ。だって、首切られるんだよ。石山が。あはははっ。

石山 どこが面白いんですか! 病院行きなさいよ。おかしいんだ、頭が!

太田 首切られちゃって。あはははっ。

島田 「あんっあんっあんっあんっ」って、ちゃんとお前、悲鳴だせよ。あはははっ。

石山 うるさいっ。笑うな、カブトムシ!

太田 死ね、石山!


と、島田の首にナイフをあてる真似をする。


島田 あんっあんっあんっあんっ。

石山 もう! 覚せい剤でもやってるんですか? キミたちは!


小谷が、石山にカニバサミをかける。


小谷 おりゃあ!

石山 こらこらこらこら!


島田と太田も、それに乗じて石山に悪戯をしかける。

一同、しばし騒々しく暴れ回るが……やがて、再び落ち着いて、


小谷 いやあ、楽しいなあ。

島田 楽しいねえ。まあ、楽しい。

太田 やっぱ旅館最高だよぉ。

石山 ……もっとみんな、大人になりましょうよ。

小谷 その件については、断固、お断りいたします。

石山 はぁ〜? ひどいな。


しばし間。


小谷 高野、トイレだっけ?

島田 じゃない?

石山 ウンコですかね? 長いっすよね?

小谷 ……カバン、見てみるか?

石山 え?


一同、椅子の脇に置かれた、高野のカバンを見る。


太田 女子高生の頭が。

小谷 石山、ちょっと見てみてよ。

石山 嫌ですよ。

小谷 頼むよ。

石山 無理無理無理。

島田 チラッと覗くだけでいいよ。

石山 無理ですよ。

小谷 ……よしっ!


と、小谷、立ち上がると、高野のカバンに近付いていく。


一同 (小谷の動向を見守って)……。


小谷、皆の様子を伺いつつ、サッと、カバンを手に取ると、


小谷 石山。


と、石山に向かってカバンを投げる。


石山 ちょっ!


石山、飛んで来たカバンをキャッチするが、


石山 嫌だ嫌だ。


と、カバンを手にしたまま、右往左往すると、近くにいた人にパスする。

次々と、嫌がる皆の間を、カバンが行き来して……やがて、何度かのパスを経て、再び石山の元に、カバンが戻って来る。

石山、仕方なく、元の場所に戻す。


石山 (戻って小谷に)もう! なに考えてるんですか!

小谷 チラッとでいいから見てくれよー。

石山 嫌ですよ!

小谷 チラッとでいいんだよ。頼むよ。

石山 死体が入ってるかもしれないんですよ?

小谷 だからチェックしてくれよ。チラッとでいいから。

島田 頼むよ。

太田 頼むよ。

島田 お願いしまーす!


と、三人は石山の前に土下座して懇願する。


三人 お願いしまっす!

石山 あなたたち、もう三十二でしょ!

島田 俺まだ三十一だよ。

太田 俺も三十一だよ。

石山 どっちでも一緒でしょ!

島田・太田 一緒じゃねえよ!

石山 揃って言うほどのことですか!

小谷 大人ぶんじゃねえよ。

石山 はあ?……ぶってないですよ。実際、大人なんだから。

小谷 石山、楽しもうよ。せっかくなんだから。

太田 そうだよ。楽しまなきゃダメなんだよ!

石山 どういうことですか、それは? 人殺しがいるんですよ! わかってるんですか?

島田 ノリ悪ぃなあ、おい!

石山 そういうレベルの話じゃないでしょ、これは!

島田 生きるか死ぬかの瀬戸際で笑う人間が、一番いい笑顔をするんだよ。

石山 なんだって?

島田 生きるか死ぬかの瀬戸際で笑う時に、人間、一番いい笑顔をするんだから!

太田 いいぞ、島ちゃん!

島田 (と言われて、格好つける)

石山 遊んでないでさあ、現実を見てくださいよ!

小谷 大人になんかなりたくねえよぉ。

石山 ……どうなっちゃってんですか、あなたは!

小谷 夜中でも勢いだけで牛丼とか食いに行きてえんだよ、俺。

石山 なんの話ですか! 行ってくださいよ、勝手に。

小谷 ちがっ、だから……バカだなあ、石山は!

石山 ……とにかく、楽しんでもいいですけど、緊張感を忘れないようにしましょうよ!

太田 なんだよお前、引率の先生みたいだな。

石山 大人だから!

小谷 俺はただ自由になりたいだけなんだよ!

島田 自由じゃなきゃ意味がねえんだよ!

石山 お前カブトムシじゃねえかよ!


そこへ、高野が戻って来る。


高野 テンション上がってますねえ。

石山 うるせえよ、バカ!


と、言って振り返ると、相手が高野だったので、


石山 ひぃっ……。


島田、小谷、太田は、高野を意識して静かになる。


高野 は?

石山 や、あの、ごめんなさい。

高野 (ふざけて)石山くーん、首ちょんぎるぞー。


と、高野は石山の首を掴む。


石山 (恐怖で)……。

高野 (ので、離して)ジョークですよ、ジョーク。

石山 ジョークになってないですよ。

高野 風呂、行きます?

島田 ……そうね。

高野 ここって露天なんですよね?

太田 そうそう。


高野、カバンから歯ブラシのセットを取り出し、椅子にかけてあったタオルを首にかける。


高野 ちょっと、歯磨いてきます。

島田 おお。


高野、再び去る。


石山 ……あなたたちのせいで、首ちょんぎられるところだったじゃないですか!

島田 うるせえよ。

石山 どうすんですか、本当に殺されたりしたら!

島田 そん時は、そん時だよ。

石山 (驚嘆して、小谷に)この人、なんにも考えてないですよ!

小谷 しょうがねえよ。島ちゃんだもん。

石山 ええ?

太田 お前、島ちゃんに期待するなよー。なんも考えてないんだから、この人は。

島田 ちょっとちょっと。それは言い過ぎじゃない?

小谷 昔っからそうじゃない。ちょっと面白けりゃ、なんだっていいんだから、この人は。

石山 最悪じゃないっすか。

小谷 そうだよ。秘宝館もそうだろ?「ちょっと面白そうじゃん」つって、理由も聞かずに来ちゃうんだから。

太田 大体、元DJなんだから。レコード回して、女も回して、気持ちいい方へ気持ちいい方へってフラフラしてんだもん。

小谷 なーんも考えてないんだよ。

太田 快楽快楽だよ。

小谷 顔がイヤラしいよ、そもそも。

太田 モノを考えてたら、こんなにニヤニヤ出来ませんよ。

小谷 大好きだしなぁ、女。

太田 性欲だけなんだよ、人並み以上なのは。ねえ?

島田 お前らさあ……俺、そこまで言われると、逆に気持ちいいですよ。

小谷 な?

島田 ほんと、俺のことよく見てるねえ。感心するよ。それに比べて、石山。お前、ダメだなあ。

石山 自分のこと棚に上げて……島ちゃんこそ、ちゃんとしてくださいよ。

島田 でも俺、高野のことで言えば、ひとつ考えたよ。

石山 なんですか?

島田 石山は、「殺される殺される」って言うけどさあ、これ、「殺される前に殺す」っていう手もあるんだよね。

石山 殺すってあんた。

島田 正当防衛って言うの? あるじゃん、そういうの。

小谷 なるほどね。

太田 それはねえ、俺も思った。

島田 でしょ?

石山 あなたたち、自分がなに言ってるか、わかってます?

島田 わかってるよ。

石山 わかってて、よく平気でそういうことが言えますね。

島田 例えばの話だよ。

石山 だとしても!「殺す」なんて、よく想像できますね? 友達ですよ!

太田 石山。キレイごと言うのは、やめようぜ。

石山 何がですか!

太田 お前だって、自分の命が大切なんだろ?

石山 ……そりゃそうですけど。

太田 だったら、良い人ぶんなっていうんだよ。

石山 別に、そんなつもりはないですよ。

太田 結局よー、本当の意味で、想像力が貧困なんだよ、お前。培うべき想像力を無駄に浪費してんだよ!

石山 なにがですか!

太田 浪費してんの! 想像力を! 略してソウロウだよ! お前はソウロウなんだよ! いろんな意味でさ。

石山 ……。

島田 セックスも想像力だぞ、石山! 布団の上じゃ、男はファンタジスタにならなきゃいけないわけよ。

石山 それ、面白いと思ってるんですか?

島田 石山。じゃあ、俺のとっておきの格言を教えてやるよ。

石山 格言?

島田 格言だよ、格言。大切に胸に刻めよ。いいか? いくぞ。「女は」!

石山 女は。

島田 そう。女は……「女は、みんな、突っ込まれたい!」。

石山 下ネタじゃないですか!

島田 違えよ、バカ! なんだよ下ネタって。もっと深いんだよ。格言なんだから!

石山 下ネタでしょ?

島田 バカ! 聞けよ。

石山 なんすか。

島田 人間には二種類のタイプがあるんだよ。

石山 古いなーそれ。

島田 うるせ! 聞け!

石山 はいはい。

島田 だから、人間には二種類のタイプがいるんだよ。

石山 はい。

島田 それが何かっつったら、「ボケ」と「ツッコミ」ですよ。

石山 「ボケ」と「ツッコミ」。

島田 で、女っていうのは、基本的にボケなわけ。

石山 ツッコミの女の人だっていますよ!

島田 いしやまぁ。お前さあ、ツッコんで来るような女でね、いい女だなって奴に出会ったことある? ないだろ? ツッコミたがるような女は、ろくな奴がいないんだから。いいんだよ、関わらなくて……いい女は、みんな根本的にボケなわけよ。ていうか、「今日の服可愛いね」とかさ、「髪型変えたんだ」とかさ、「料理うまくなったね」とかさ、基本これ全部、ボケる女へのツッコミですよ。もう言われたくてしょうがないんだから、女は。そういうこと。わかる? そういうことを言ってんのよ、俺は。

石山 はあ。

島田 わかるだろ? まあもちろんそれが、布団の上のね、セックス的な意味での、挿入的なものにも繋がるわけだけども。もっと本質的なところで、そしてまた日常的なところから、女は突っ込まれたい生き物なの! これが、俺が、三十一年間生きてきて、見つけたひとつの真理なわけよ。

石山 なるほど。

島田 尊敬したっしょ?

石山 やっぱりこの人、まともなことは何も考えてないですね。

島田 おい!

小谷 そうなんだよ。性欲だけなんだよ。

太田 呆れるだろ?

石山 あり得ないっすね。

島田 (石山を殴る)

石山 痛っ。もう!


と、高野が来る。


高野 ……どよーん。

一同 ……。


高野、落ち込んだ様子で、椅子に座る。


高野 ……。

島田 なに? また変じゃねえ?

石山 どうしたんですかね?


小谷、高野に近寄り、


小谷 どうした高野?

高野 いや、なんか……、

小谷 歯磨きしてたら、歯ぐきから血が出たんだろ? あるある。俺もあるよ。


島田、太田、石山、小谷を強引に連れ戻す。


小谷 なになに?

島田 そんなわけないじゃない。

小谷 え、そう?

太田 そうだよ、バカ! 俺が行ってくる。


太田、高野に近寄り、


太田 おいっ! 殺される前に、殺すって手もあんだぜ、こっちには。


島田、小谷、石山、太田を強引に連れ戻す。


島田 バカじゃねえの、お前っ。

太田 なにが?

島田 なに言ってんだよ。どうしたのか、理由を聞けばいいんだよ! バカ!

太田 ああ、ごめん。


島田、高野に近寄り、


島田 高野、腹でも壊したの?

高野 や、そういうんじゃないっすけど。

島田 アレかねえ? 人間の肉っていうのは、美味いのかねえ?


小谷、太田、石山、島田を強引に連れ戻す。


島田 なんだよぉ。

太田 何を聞いてんだよ!

島田 理由を探ってたんだよっ。

太田 だからってアレはないだろ!

島田 なんでだよ! 石山、俺、間違ってなかったよなあ?

石山 バカッ!


石山、高野に近寄り、


石山 「ありふれた歌詞が、時々痛いほど胸を刺すのはなんでだろうね」。

島田 はあ?

石山 「どうしよう、わたし、あの人大好き」。

小谷 石山、どうした?

石山 「そんなわけないけど、わたし自分だけはずっと十六歳だと思ってた」


島田、小谷、太田、石山を強引に連れ戻す。


太田 そんなわけないよ! よく考えろよ。当たり前じゃねえかよ。

島田 なんなんだよ、お前は。意味わかんねえなあ。

石山 好きな歌人がいるんですよ。短歌の。

島田 なにが!

石山 今の、女子高生が詠んだ短歌なんですよ。すごくないですか?

太田 だからどうしたんだよ?

石山 思い出しちゃったんですよ、今。

小谷 思い出しちゃったって、お前、発言が自由すぎるよ。

石山 今どき、十六歳の女子高生って、処女だと思います?

小谷 処女?

石山 どうですか?

島田 知らねえよ。

高野 ねえ。


それで、一同、高野を見る。


高野 僕が殺した女の子が、そこにいるんだけど。


高野が、部屋の隅を指す。

一同、そちらを見るが、もちろん、誰もいない。


一同 ……。

高野 こっち見てるんだよ。どうしたらいいかな?

小谷 お前やめろよー。怖いこと言うなよー。

太田 夏だからって、サービスしなくていいよ。

高野 いや、でも。ほんとに。


島田、小谷、太田、石山、部屋の隅に逃げる。


島田 お前やめろよ! 怖いんだよ!


高野、女子高生が立っている方を向いて、立ち上がる。


高野 ……あ、こっちに来る。

石山 ……え?


一同、驚いて、移動する。


一同 (高野を見ている)……。

高野 ……あ、消えた。

一同 ……。

高野 ……ダメですね。人殺したりしたら。平気だなって思ってても、俺やっぱ相当ストレスかかってますわ。

太田 当たり前だよ。

高野 ……処女っすかね? わかんないですね、十六くらいだと。どっちの可能性も。

石山 はい。

高野 ……俺、明日、警察行きます。だから、安心してください。


音楽が流れる。


一同 ……。


高野、椅子の上にまとめて置いてあった浴衣を取って、


高野 風呂、行きましょうよ。

島田 そうするか。

小谷 そうね。

太田 うん。

石山 はい。


高野から浴衣を受け取りながら、五人は、去る。


しばし間。


太田が来る。


太田 タオル、タオル、タオル。


と、椅子のタオルを取って、行こうとするが、ふと、立ち止まり、高野のカバンを見る。


太田 ……。


音楽が消える。


太田、入口の方を気にしつつ、ゆっくりカバンに近付いていく。


太田 (カバンを見て)……。


太田、カバンを開いて……恐る恐る、中を見る。


太田 (中身を覗く)……。


やがて、カバンの中に、女子高生の頭部が見当たらないことに気付くと、荒っぽくカバンの中を点検し、


太田 なんだよ〜。


と、カバンから、高野が食べていたのであろう、お菓子(イカ)の袋を出す。


太田 食ってたの、イカじゃん。


太田、お菓子の袋を手にして、座り込む。


太田 ふぅ〜。


と、そこへ、高野が戻って来る。


高野 太田くん。

太田 え?(と、振り返って高野を見る)

高野 なにやってんすか?

太田 や、あの、タオルを取りに……。

高野 それ、俺のカバンじゃないっすか。

太田 あ……うん、あの、これはあの、

高野 え?

太田 だから、その、

高野 ああ。腹減ってたんすか?

太田 は?

高野 言ってくださいよ。だったら。

太田 ん? あ、イモ? あ、そうなんだよ。なんかちょっと小腹が空いちゃってさ。

高野 あとでなんか食いに行きますか?

太田 そうね。うん。


高野、自分のカバンから財布を取り出す。


高野 売店にもなんかいろいろありましたよ。

太田 そうなんだ。


高野、入口へ向かい、


高野 行きましょうよ、風呂。みんな先行っちゃいましたよ?

太田 ……なあ、高野。

高野 はい。

太田 お前……女子高生の頭、どうしたの?

高野 え?

太田 頭。切り落とした頭、どうしたんだよ?

高野 「どうした」って、あれ、なんか気持ち悪かったから捨てましたよ。

太田 どこに?

高野 ウチのゴミ箱。

太田 部屋の?

高野 はい。まあ、そういう意味では、まだウチにあるんですけど。

太田 そうなんだ。

高野 そんなこと気にしてたんですか?

太田 「そんなこと」じゃないだろ。

高野 あんまり可愛い子じゃなかったですよ。

太田 見た目の問題じゃねえよ。

高野 そうですかねえ?

太田 そうだよ……ていうか、お前、殺したかったの?

高野 え?

太田 だから、お前、ずっとそういう、女の子を、殺したいとか思ってたの?

高野 え? 女の子を殺すのが僕の夢だったか?ってことですか?

太田 そう。

高野 どうだろうなあ? そうかもしんないっすけど。

太田 マジかよ。

高野 や、でもわかんないっすよ。ほんと、ギアを変えなきゃって思っただけですから、ただ……なんか、最近自分の流れがよくないなって思ってて。だから、ギアを変えて、世界の流れが変われば、俺の流れも変わるかなって。

太田 なんでそんな風に考えるんだよ。

高野 ん〜。一緒じゃないですか? 太田くんと。

太田 何が?

高野 え、だから、

太田 何が一緒なんだよ!

高野 アメリカに行くっていうのと。

太田 俺はアメリカ行くだけだよ!

高野 それ、夢だったって言うと微妙ですよね?

太田 は?

高野 自信を持って、アメリカに行くのが夢でしたってわけじゃないでしょ?

太田 そういうわけじゃないよ。

高野 つまりそれって、ギアを変えるってことじゃないですか?

太田 なんだよ、ギアって? 俺、そのギアの意味がわかんねえもん。

高野 だから、きっかけですよ。何かが変わる、きっかけ作りですよ。

太田 ……言いたかないけど、ギアとか夢とかじゃねえよ。俺がアメリカ行くのは。単なる思いつきだよ。単なる思いつきのアメリカ旅行だよ……だから、ギアとかじゃねえし、ていうか俺の夢は、面白い小説を書くことなんだから。

高野 ……こないだ僕、姉ちゃん家遊びに行ったんですけどね。

太田 なにが?

高野 いや、ウチの姉ちゃん、結婚してて、子供がいるんですけど、その子供と遊んでて、「大きくなったら、何になりたい?」って話になったんですよ。男の子なんですけど、その子、「大きくなったらマヨネーズになりたい」って言うんですよ……マヨネーズ大好きだから、なんにでもマヨネーズかけるんですよ、その子。だから僕も、「へえそうなんだ、なれるといいね」なんつって帰って来たんですけど。

太田 なれたらいいよねえ、マヨネーズ。

高野 でもね、思ったんですよ。

太田 なに?

高野 あの子が、将来本当にマヨネーズになったらどうしよう?って。

太田 「どうしよう?」ってなんだよ? なるわけねえじゃん。

高野 や、そうなんですけど、もし本当にマヨネーズになったら大変じゃないっすか。

太田 そりゃ大変だよ。

高野 マヨネーズですから。

太田 マヨネーズだよ。

高野 マヨネーズ。だからつまりね、夢って、叶えばいいってもんじゃないんだなって思ったんですよ……夢を持つのはいいことだけど、それが叶うかどうかは、善し悪しかもしれないぞって。

太田 まあ、マヨネーズはな。

高野 夢を持つのも、それを叶えるのも、すごくいいことだって思ってたんですよ、俺。ずっと。それが、マヨネーズごときに、根底を覆されたわけです……夢ってなんなんでしょう?

太田 夢は夢だよ。人間の心の、あこがれだよ。

高野 でも太田くんも、「面白い小説を書きたい」なんて夢を抱いちゃったばっかりに、会社もやめて、三十過ぎて無職で、まっとうな人生から足を踏み外しちゃってるわけじゃないですか?

太田 ……。

高野 怖いっすよね。夢って。

太田 ……そんなこと言うなよ。

高野 あ、すいません。

太田 俺はそれでも、夢は大切だと思う!

高野 ……太田くん、アメリカ、どれくらい行くんですか?

太田 アメリカ? 一週間。

高野 一週間? そんなもんなの?

太田 そんなもんだよ。

高野 え? アメリカ、どこ行くんですか?

太田 グアム。

高野 グアム? それ旅行じゃないっすか!

太田 そうだよ。

高野 ええ?

太田 だから、単なる思いつきの旅行だよ。

高野 ……やっぱりギア変えた方がいいんじゃないですか?

太田 バカ! お前それで何か変わったのかよ?

高野 そうですねえ。どうですかね?

太田 ……愛してるぞ、高野。

高野 なんすか、気持ち悪いなあ。

太田 俺だけじゃねえぞ。俺たちみんな、お前のことちゃんと愛してるよ。

高野 あ、そうですか。

太田 もっとなんかないのかよ。

高野 だって気持ち悪いから。

太田 お前、友達だからだろ! 時間が空いたり、会えない時間があったり、ケンカしたり、会社やめたり、人殺しになったり……いろいろあっても、でも、みんなお前のこと愛してるんだよ。

高野 みんな、ホモだったんですか?

太田 違うよバカ!

高野 ジョークですよ。

太田 俺たち、友達だろ?

高野 ……。

太田 俺たちは友達だから。

高野 はあ。


人を感動させるような、音楽が流れる。


太田 友達だろ?

高野 友達ですね。

太田 友達だよ。お前後輩だけどさ。友達じゃん。友達になったんだよ、俺たちは、かつて。

高野 「かつて」?

太田 かつてな。そうだろ? かつて俺たちは友達になった。だから、俺たちみんな、お前のこと、ちゃんと愛してるよ。今も。これからも。ずっと……だって、俺たち友達だからさ。時間が空いたり、会えない時間があったり、ケンカしたり、会社やめたり、人殺しになったり。いろいろあっても、みんな、お前のこと愛してるんだよ。

高野 太田くん。

太田 友達だろ? お前が人殺しでも。

高野 友達。

太田 そうだよ。

高野 ……親バカ並の愛情ですね。

太田 嫌なのかよ。

高野 まあ若干ウザいっすけど、嬉しいっすよ。

太田 高野。それって、かけがえのないものだと、俺は思うぜ。

高野 ……友達って、いいっすね。

太田 友達って、いいよな。


二人、握手する。


高野 ……みんな、待ってますよね。風呂。

太田 そうだな。

高野 行きましょうよ。

太田 うん。


太田と高野、去る。


小暗転。


音楽が消える。




(次回が最終回です。楽しみにお待ちください!)


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