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【創作小説】コクるときは 刻々と近づく⑤

初回からは、こちら。各回の最後につづきの貼り付けがあります。⬇

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怜は、走っていた。
ひたすら、走っていた。
由奈のラブレターをフトコロにかかえたままで。

その姿は、さながら 古代ギリシャの(戦勝を伝える)*伝令のようーーー。

はやく、翔くんに由奈からのラブレターを渡さないと。
明日の日曜日は、学校がなくて 翔くんに届けることができないから。

由奈は、風邪を引いてしまった。昨日から学校に来ていない。

綺羅と相談の上、怜は由奈が書いたラブレターをかかえた。自慢の、陸上部で鍛えた脚力で走り続けていた。

クラス替えで、由奈と翔くんが離れ離れになるまで、あと1週間。

告白する機会は、あと1週間。

まだ 学校の 放送部に翔くんは、残っている。

もうすぐ、日が暮れる。

怜は、道に転がっていた石で大きく転んだ。

「うう……、由奈。あんたの為に、手紙は届けるよ」

怜は、汗にまみれた おかっぱ頭を風になびかせた。
ゼイゼイあえいで、再び立ち上がった。

夕方までに。
夕方までに。

……走れメロスのよう……。

(うーん……、こんな運動も来年度の陸上の大会に活かせそうだ)。

怜は、けっこう物事を計算する。なんでも、自分のカテにして考えてしまう。
だから、陸上で他に抜きん出て 選抜に選ばれているのかも。

由奈は、怜に走っていかせるなら、自分で行くよ、と言っていたが、
(そんなん、ムリムリ、風邪引いてるのに。ゆっくりして)
と、由奈の傍に綺羅を残しながら、怜は伝令に立候補した。

今頃は、台所を借りた綺羅が、由奈の為にシュークリームを焼いている。
綺羅は、この間 食べさせられなかったシュークリームを由奈に食べさせたいのだ。

由奈は、不思議な子だ。
親戚も、周りの子も、いい人たちが集まりすぎる。
不思議な縁を呼ぶ子だった。

由奈が連れてきた知り合いは、なぜか 皆 いい人で、温かかった。新しい友達だった怜や綺羅を、かつてからの友のように 簡単に受け入れてくれた。
陰口言わない、無責任な噂はしない、変なプライドで競争意識を持たない、いい人ばかりだった。

由奈自身が、
「自分は、昔 すごい悪い性格だったから、直そう、直そうとしてきた」
そして
「最初、友だち少なかったのに、そのうちいい人が、集まるようになってきた」
と、言った。
怜が、
(悪い性格だったの? )と、訊くと、
「うん、いじめっ子だったんだ」
と、話した。
(ええー!? うそー!! )
と、綺羅と怜は、応えた。そんなふうに見えないのだ。
由奈は、
「うん、幼稚園を登園拒否した子もいたよ? 」
と、とても申し訳なさそうに顔を伏せて言った。
怜は、信じなかった。
勘違いだ、
由奈の思い込みだ。
そう思って、綺羅と顔を見合わせた。

虫もつぶせない、いつも ぼーっとしてて、皆んなのためばかり考えている由奈が、人をいじめるなんてことは、できない。
いや、不可能。

……学校に走り込んだ。
そして、放送室の戸を叩いて……。

返事はない……。
誰もいない……。

腕時計をチェックすると、
午後6時55分。
放送部も帰る時間だった。

(校門閉まる! 早く帰ろう……)


……「走れメロス」作戦、失敗。



             つづく

*古代ギリシャの話で、昔、ペルシャの大軍に勝利したギリシャ軍の伝令が、休みなしで約40キロ離れた首都アテナまで伝令に走り、勝利を報告して息を引き取った。
第1回オリンピックマラソンは、このことを偲んで開催されたという。

©2023.10.11.山田えみこ

つづきは、こちら⬇


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