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絵画の価値をはかるとき

趣味で油絵を描いていた方のお話を、ふと思い出しました。
共感できる部分が多かったので、語られたナラティブに感謝してご紹介したいと思います。

私自身は絵画販売について専門的な知識はなく恐縮ではありますが、アートのある暮らしの良さや価値のあり方について気づきがありました。

ご一読いただけると幸いに思います。

いきさつ

その方は趣味で、社会人生活のかたわら風景や静物などの油絵を描いていました。絵画の作風が好評で、個展を開催することに。
もし絵を気に入ってくれた方がいたら、個展会場で販売する予定です。

いくら位で絵画を売ればいいのでしょうか。
自分にとっては、子どもを育てるように大切に時間をかけて描いた作品です。お嫁に出すような気持ちですが、そもそも絵が売れるかどうかも分かりません。

美大で習ったわけではないから気が引けるし、はたして本当にお家に飾ってもらえるのかもわかりません。不安ばかりです。

そんなとき、油絵の先生がすべて値段を決めてくださいました。
「この絵は100万円で売りなさい。」
「この絵は30万円で。」

びっくりするような高い値段が絵につけられました。
油絵を描いたご本人もびっくりです。

開かれた個展

さて無事に個展が開催され、画廊にお客さまがやってきました。
とても好評で、足を運ぶ人がたえません。

ほっとしたのもつかの間、100万円の絵を買いたいという方が現れたのです。びっくりです。

描いたご本人は思いました。
「この絵が100万円もするなんて…、高すぎますよねえ。とんでもない!」
画家本人は絵が高価すぎると思いこみ、とても納得がいかないのです。

そこでお客さまのために値下げしようと思いつきました。
先生に内緒でこっそり数10万円値引きし、そのお客さまに譲ろうとしたのです。

そのとき、先生がおっしゃいました。
「絶対に値引きしてはいけません。それがお客さまのためだからです。」
「その絵は、本来玄関に飾られるべき絵なのですよ。」

価値を提示すること

「作品を大切にしてもらうためにも、値段はそのままお譲りなさい。」
先生がおっしゃった言葉です。

もし値引きをして100万円から80万円にした場合、お客さまは絵画の価値を80万円だと認識します。
当面は新しい絵を気に入って、玄関に飾ってくれるかもしれません。

ですがその後、違う画家の方から100万円の絵を購入したとします。
お客さまは新しい絵のほうに価値があると感じて、せっかくの作品を玄関から廊下に掛け直すことになるのです。

作品を大切に思うからこそ、正当な価値を提示してお相手に譲ることも同じくらい大切だと先生はおっしゃったのです。

100万円の代価で売られた絵は、お相手のお家で大切に鑑賞されることになります。精魂込めて描いた絵が、そのお家を訪れる客人の目をいつまでも楽しませることができるのです。

もし意に反してこの絵が棚の奥へと片付けられたら、この絵が鑑賞される機会も、お相手に寄りそえる機会も永遠に失われてしまいます。

なるほどと。
画家はようやく納得し、自信を持って作品と向き合えるようになりました。

以降は一切値引きせず、ご縁のあった方や絵を気に入ってくれた方に油絵をお譲りして個展は終わりました。

結局、ほとんどの作品が先生の言い値で売れました。
先生がお話した通り、多くの作品は新しい居場所で大切に飾られることになったのです。

まとめ

当初この話を聞いたとき、絵画の価値を自分たちで決める世界が不思議に感じられました。画廊で言い値の絵画を購入するなんて、敷居の高いお話だと思ったのです。

ですが、いま思い出してみるとたいへん含蓄に富んだ話だと思うのです。

精魂込めて制作された油絵を譲ってもらうこと。
大好きな作品をいつでも鑑賞できるよろこび。癒やしや感動や気づき。
画家が作品に託した思い。
制作にかかった手間と時間。
目には見えなくても、十分すぎる価値がそこにあるのです。

私たち自身を振り返ってみても同じです。
私たちは、自分の価値を低く見積もりすぎていないのだろうか、と。

この画家さんのように、自分の経験としての作品を最初から低く見積もり、謙遜して値引く必要はないのです。

まさしく、ブランディングにも通じるお話でした。
お客さまは、みな喜んで作品を家に持ち帰りになりました。
なつかしい故郷の原風景を、その作品の中に見出したのかもしれません。

画家が描いていたのは、抜けるような青空。
すがすがしい自然の姿。
四季の移ろい。
はなやかに咲く花。菜の花に桜、ひまわり。

画家が描き残した心の風景を、きっと譲ってもらった人も同じ思いで鑑賞しているのです。
その絵を見るひとときに。癒やし満ち足りた時間が流れるのでしたら、画家の願いが叶ったと思わずにいられません。

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