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スソノハジメ/ ITサッカー小説家
2020年6月20日 20:12
梅村修平は、足裏の形通りに乗り、台から伸びるスティックを両手で握った。「View Body」と呼ばれるこの機械は、ビジョンセンサーで捉えた人体情報から、あらゆるデータを抽出できる測定器だ。 体温、心拍数、血圧などのバイタルデータ、体脂肪率、骨格筋率、基礎代謝、骨密度などの身体組織、身長や腹囲などの身体サイズ、基礎体力や関節の柔軟性など運動能力と体質に関するものなど、抽出データは多岐にわたる
2020年5月6日 23:31
「ボールは丸い」投稿ボタンを押す直前に、金丸は言った。中岡は、その言葉の意味を理解し、柔らかい笑顔で金丸の目を見て声を発した。「だからこそ、おもしろい」 金丸も笑顔で頷き、静かにボタンを押した。 「仮想空間にサッカーチームを作る」 わずか17文字の言葉がSNS上を駆け巡るのに、大して時間はかからなかった。中岡は改めて金丸の影響力の大きさに驚いた。「さすがは元日本代表だな。拡散のス
2020年5月6日 23:40
中岡武は、胸に手を当てて、深く深呼吸をした。心臓の鼓動が速くなっていくのを感じたからだ。誰もが知る有名選手の引退会見を、読書の合間にスマホで見終えた後のことだった。金丸の会見のテロップに記された「町田大学大学院へ進学」の文字が、目に残っている。中岡は当惑した。思ってもいない展開だ。代表戦がある度に、類まれなボール奪取能力に魅了された名選手が、自分と同じ大学院への進学を表明したのだ。だが、それ
2020年5月6日 23:42
大学のカフェテリアに着き、中岡はなるべく奥の方の席を選んだ。有名選手に配慮したつもりだったが、入店した時から周囲の生徒の視線は金丸に注がれた。中には握手を求めにくる者もいたが、笑顔で応じる金丸の人柄の良さが滲み出ていた。中岡は、場所を選ぶべきだったと少し後悔した。カウンターでコーヒーを受け取り、二人は対面の席に向かい合って座った。先ほどまでの緊張は解けてきたものの、話し始めのきっかけを探っ
2020年5月6日 23:47
飛行機と電車を乗り継いで、中岡はようやく目的地の改札機にICカードをタップした。改札を出ると、車椅子用のスロープを跨いで、一本道が見える。高い建物がなく、道の奥まで見通すことができる。真正面には、丸みを帯びた山が二つ重なりあっていた。中岡にとって初めての香川県は、真言寺駅から見える鮮やかな緑が心に刻まれた。 一本道に吸い寄せられるように、スロープを降りると、並木に沿って駐車してある白のワン
2020年5月7日 00:01
20畳以上はありそうなリビングの一角には、人工芝が敷き詰められていた。鮮やかな緑のうえには、ゆったりと座れる3人掛けのソファが置かれ、壁にかけられたテレビからは海外の試合映像が流れている。脇に目をやると、ビデオカメラやタブレット用の三脚が並んでいた。どうやら、選手向けの配信用の動画をここで撮影しているようだ。壁に沿ってパソコン用の机が2台並べられ、天井に埋め込まれたスピーカーからは車内と同じレ
2020年5月7日 00:03
練習場に到着した。萩中が通う、丸亀大学の人工芝サッカー場だ。FC MARUGAMEが業務提携をしており、大学の部活がない時間帯は、サッカー場を含む施設の使用を許可されている。サッカー場自体はキャンパス内になく、山の中腹あたりに位置しているが、真言寺駅からは車で5分ほどの立地で、近くにバス停もある。背の低い山々が周囲を囲んでおり、麓には民家やビルなどの建物が並ぶ。ピッチ脇には立派なクラブハウス
2020年5月7日 00:07
「仮想空間にサッカーチームを作る」という触れ込みに、すぐさま多くの人から反応があった。呟き専用SNSであるmurmurarの金丸のページは、「どういうこと?」や「おもしろそう!」といったコメントで溢れかえった。続けて、金丸と中岡は、2回に分けて、その意図を説明した。 「Cyber FCというユースチームを創設します。ただし、チームに実体はありません。全国各地にいる、所属チームのない男子高校
2020年5月7日 00:10
拓真は、ロードバイクのチェーンロックを外し、ゆっくりペダルに足を掛けた。最近、ロードバイクの盗難が増えてきているという話を聞く。盗まれたバイクは分解され、パーツをネットオークションで売られるそうだ。客や従業員が行き来するこの場所では、盗難の被害に遭う可能性は低いと思われるが、普段は小さいアラームロックも併用している。ユースに昇格できずに落ち込む息子を見かねて、両親が購入してくれたバイクだ。盗
2020年5月7日 00:13
話はいつの間にか母親がネットショップで見つけたペット用品の話に移っていた。超音波でダニやノミをよせつけないと、熱心に話している。拓真は適当に相槌を打ちながら、ハンバーグを口に頬張った。 「そろそろ授業の準備しなきゃ」拓真は綺麗に食べ切ったお皿を重ねながら言った。 「置いといていいよ。今日は遅かったしね」いつもは自分で食べた分は自分で洗うのだが、今日は母親が洗ってくれるらしい。 「ありが