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#2-3 守破離

 練習場に到着した。萩中が通う、丸亀大学の人工芝サッカー場だ。

FC MARUGAMEが業務提携をしており、大学の部活がない時間帯は、サッカー場を含む施設の使用を許可されている。サッカー場自体はキャンパス内になく、山の中腹あたりに位置しているが、真言寺駅からは車で5分ほどの立地で、近くにバス停もある。背の低い山々が周囲を囲んでおり、麓には民家やビルなどの建物が並ぶ。ピッチ脇には立派なクラブハウスが建てられていて、シャワールームやミーティングルームも完備されている。学生にとってこの上ない環境だ。完成当初は、大学の人工芝サッカー場としては、四国初だったようだ。

 車から降りた中岡は、あたりを見わたし、深く深呼吸をした。なるほど空気が澄んでいて爽やかだ。点灯したばかりの6基の証明の明かりに溶け込むように、練習前の選手たちが自由にボールを蹴っている。パス交換をする選手、ゴールに向かって黙々とボールを蹴る選手、楽しそうにボール回しをしている選手もいる。中岡はこの風景がたまらなく好きだ。開放された空間の中で、自由に楽しさを発見できる。そんな選手たちの表情を見られるからかもしれない。
 数名の選手たちが、適度に距離を取りながら、物珍しい様子で挨拶をしてくる。まるで転校生になった気分だ。握手に来る選手、金丸に「新しいコーチですか?」と訊く選手、少し遠めで「新しいコーチだよ、きっと」とひそひそ話をする選手、それぞれに違った反応を見せることが、中岡には楽しかった。無理もない、思春期の中学生というのはこんな感じだ。もっとも、自分が中学生の時は、人と目を合わせるのすら嫌だったけれども。
 金丸に呼ばれ、中岡はクラブハウスに案内された。小さいが、スタッフルームもあり、練習前に金丸はスタッフとコーヒーを飲むらしい。専らその時は「カフェ・コン・レチェ(カフェ・オレ)を飲んでる」みたいだ。スタッフルームの窓からは練習場が見える。「二階建てだったら最高だったけど、これ以上贅沢は言えないな」と金丸は言った。練習はいつもタブレットを三脚に固定し、7mほどの高さのやぐらの上にセットして、全体を撮影している。新しい練習や、指導者のディスカッションに使う映像は、ドローンを使い、コーチが交代で撮影する。FC MARUGAMEのスタッフは皆ドローン空撮の資格を持っている。ドローンはバッテリーの持続時間が短いことが課題だったが、今では3時間ほどの撮影は難なく行えるらしい。

 説明を受けていると、何人かのスタッフがかわるがわるスタッフルームに入ってきた。みんな愛想がよく、活気がある。スタッフは全部で5名いる。U-15とU-14は合同で動くことが多く、監督とアシスタントコーチの2名、U-13はコーチが1名、理学療法士の資格を持つフィジカルコーチが1名と、GKコーチが1名だ。試合によって、どうしてもスタッフの人数が足りない時は、金丸がアシスタントコーチとして現場に赴くが、基本的にはクラブ代表とアカデミーダイレクターの兼業に専念している。特筆すべきは、U-15の監督のポジションに萩中を据えていることだろう。金丸の方針で、若手を監督に据え、全体像を掴む経験をさせられるよう配慮している。U-14担当兼U-15アシスタントコーチにベテランを付け、若手にありがちな、勝利のためにだけ躍起になるようなコーチングをコントロールする役割を与えている。クラブ全体の成長を考えながら、同時に指導者の育成も見据えているのだ。U-13やU-14を通じ、経験ある指導者が丁寧に選手を育成し、U-15になると若い指導者の感性と選手たちの感性が共鳴しあい、新しい発見にも繋がるのだという。

 「守破離って言葉聞いたことあるだろう?格闘技でよく聞く言葉の。あのイメージに近いかな。13歳で型を守り、14歳でもがく。15歳になるころには、学んだことを活かして自らが判断してプレーをする。もちろん、そんな簡単にはいかないけれども、育成においてはその流れを大事にしている」と金丸は話す。「指導者だって同じさ。守破離だよ。ただし、指導者は、全体像を掴まずに偏った指導をすると、抜け落ちることが多くなる。だから全体像を掴みやすいポジションを経験させるんだ。周囲には、『経験不足だ』って言う人もいるけど、経験しない限りはいつまでも経験不足のままだからな。チャレンジだよ」
 「指導者にとっても選手にとっても挑戦しやすい環境だな。ここまでの流れを作りだすまで、かなり大変だっただろう?」中岡が金丸に訊ねた。
 「ここまで浸透するまでが少しな。ただ、俺は恵まれてるよ。ベテランの指導者たちも、一番上のカテゴリーを見たい気持ちがあるはずなのに、俺の考えを心底理解してくれている。指導の面においてもだよ。大学院の時によく話した、制約主導のアプローチについて、よく勉強してくれているし、何より、選手が変わってきたんだ」
 「どんな風に?」
 「自分で決められるようになってきた。それは何気ない行動や発言からも覗える。プレー内外でも、選手主導のディスカッションが増えた」
 「それはすごいことだな。金丸が目指しているものに少しずつ近づいていっているな」
 「ああ。その通りだ。『規制された即興』を獲得できなければ、世界と伍して戦える選手は育たないと思ってる。それは選手にならなくても同じだ。指導者でも、教師でも、会社員でも、すべてに言える」
 「だからこそ、ユースの計画に着手するのか?」
 「その通りだ。そのためにお前にここに来てもらったんだ。俺たちの夢を具現化する、Cyber FCの計画をな」


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【著者プロフィール】

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映画監督を志す小説家。日本が初出場を果たした1998年のフランスワールドカップをきっかけにサッカー強豪国の仲間入りを果たすためのアイデアを考え続けている。サッカーとテクノロジーが融合した物語、 11G【イレブンジー】は著者の処女作である。

Twiiter: https://twitter.com/eleven_g_11


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