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勇敢な猿|SFショートショート

薄暗い地下通路。
聞こえるのは俺たちが歩く足音だけだ。

「マッキー、大丈夫だ。もうここまで来れば」

「ありがとうユキハル。僕なんかの為にこんな事になっちゃって...」

「いいんだよ。何もかも、あいつらのせい。
 俺たちをここまで騙しやがって...」

俺はとある研究所の研究員。
下っ端も下っ端だ。
しかしこの国の未来を左右する研究に携われて、ここまで誇りを持って研究をしてきた。

そしてこいつの名前はマッキー。
猿だ。
その猿がなんでこんな風に喋れているかって言うと...

「来たよ、ユキハル」

「もう!? ほんとしつこい奴らだな...。走るぞ!」


俺たちは更に先に進んだ所にある、部屋の中に入った。

「ここは...!」

「覚えているか、マッキー。
 ここはお前が新しく生まれ変わった場所。
 『先端遺伝子工学研究室』だ」

俺は検査台の横に立つ。

「マッキー、お前が知っての通り、この研究所はここでただの猿だったお前に人間の遺伝子を組み込み、人間のような知能、いや、人間以上の知能を持たせた」

ペットが入るようなカゴの前まで歩く。

「そしてその後、まだ子どもだったお前の教育係に下っ端だった俺が任命された。
 人の親にすらなった事が無かった俺だったけど、他の研究もしながら一生懸命お前を育てたよ」

マッキーの方を見る。
今のマッキーの風貌は一般的な猿からはほど遠く、人間の青年が少し毛深くなったような姿をしている。

「マッキー、俺は君を我が子のように大切に思っている。
 今更何も知らなかったなんて言えない。
 本当に申し訳なかった。
 この通りだ」

マッキーに深々と頭を下げた。

「ユキハルには感謝しているよ。
 以前の僕だったら、この世界の事を何にも知らなかった。
 世界がこんなにも広かったなんて思いもしなかった。
 だから、知れば知るほどワクワクして、学ぶのが楽しくてしょうがなかった。
 でも...」

マッキーは俯く。

「でも...できれば、外の世界をもっと見てみたかったな」

俺は咄嗟に顔を上げ、マッキーが悲しそうな顔になっているのを見る。

と、その時、遠くの方で物音がした。

「そろそろ時間切れになりそうだ」


マッキーの本当の研究目的は、俺が教育係になっていた時知らされていたものと違っていた。

マッキーのように人間並みの知能を持ち、人間のような姿をしていたとしても"猿"である限り『法的な人権』はないらしい。
本当の研究目的はその法の抜け穴を利用するものだった。
マッキーのような猿を量産し、それを『軍事目的で使う』という。

「どんな事に使われるのか、考えるのも悍ましい...」

思い出して思わず声が出てしまった。

「僕と同じ猿たちがこれ以上犠牲にならないように、僕一人の犠牲だけで済ます」

今のマッキーは俺なんかよりも天才だ。
俺がこっそり探してきた研究データを一日で見て、すぐにこの状況を打破する方法を見付けた。

それは、マッキー自身を『普通の猿に戻す』というもの。


「この薬品だ」

マッキーは棚から見つけた薬品を持ってきた。

「この薬品を僕に打ってくれ。
 そうすれば、僕は普通の猿に戻り、今まで蓄積されたデータも全て意味を成さなくなる」

「まだよく分かっていないんだけどさ、マッキーを作ったように、人間たちはまた知能が高い猿を作り出す事はできないの?」

「僕自身の身を持って実感していた事なんだけど、僕が作られたのも、かなりの偶然の産物みたいだったんだ。
 そしてそれはユキハルが持ってきてくれたデータを見て確信になった。
 だから、今後僕のデータが取れなくなれば二度と人間は僕みたいな存在を作り出す事はできない」

マッキーは一呼吸置いて
「但し、人間がこれ以上愚かにならない限り」
と付け加えた。

「分かったよ。
 人間がもう二度と同じ過ちを繰り返さないよう、俺が絶対にそんなことはさせない。
 この研究所を追放されたって、他の所に居ても阻止する」

「うん。頼むよユキハル」

本当は分かっていたと思う。
マッキーは頭が良いから。
人間はどんなに愚かな事を繰り返しても、学べない生物だって事に。


「よし、じゃあいくぞマッキー」

「うん」

俺はマッキーの腕に注射をして、薬品を注入する。

薬品を注入しながら言った。
「マッキー、お前は俺にそっくりだよな。
 子は親に似るって本当だよな」

「似るわけないでしょ。人間と猿なんだから」

「まぁ、そう言われるとそうかもな。
 でも、お前は俺の息子だ。
 誰が何と言おうと」

「...」

注入が終わった。

「チェックメイト。これで俺達の勝ちだ」


「よかった。
 ...早速効いてきたよ。
 やっぱり計算通り。
 この後目が覚めたら、僕は普通の猿に戻っているはず。
 だんだん意識が朦朧としてきた」

ふらつくマッキーを検査台の上に寝かせる。

「こんな時、子守歌でも歌えばいいのかな?」
ニヤつきながら俺は言う。

「なぁ、ユキハル。
 人間は僕らみたいに知能が低い動物たちの事をどう思っているのかな。
 見下して、下等な生物として見ているのかな」

「そうかもな。
 現に、俺はいろいろな動物を使って実験をしてきた。
 綺麗事は言えない」

「じゃあ、僕が元に戻ったら、ユキハルは僕の事なんか忘れちゃうね...」

「そんなわけないだろ!
 人と動物だって、心が通じ合える瞬間がある。
 そこに言葉なんかいらない。
 この後のゴタゴタが終わったら、人里離れた森の方で一緒に暮らそうか。
 最も、お前はその時喋れないだろうから、嫌だったら態度で示してくれよな」

「うん、考えておく...。
 ...そろそろみたいだ」

マッキーの意識はほとんど無くなってきた。


「人間を許してくれよな。
 こんな目に合わせておいて、と思うかもしれないけど」

「...僕からすれば、人間も猿も他の動物も、同じ地球上の生き物であって、そこに境界線を引く事すら意味が無いよ。
 ...大切なのは、ただ相手を "好き" と思うかどうかだけだ」

「なるほど。勝手に境界線を引いているのは人間だけってことか」

「...うん。
 じゃあね、またあとで...」

「うん、またあとで。
 ありがとうな。
 俺のたった一人の息子よ」


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