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モンゴル滞在記(10)赤い土地バヤンザグ

赤い土地バヤンザク


オボー。こちらは砂漠ではなくハラホリンでみかけたもの。


モンゴルにはオボーと呼ばれる場所が点在しているる。
昔々、山や川にそれぞれ神さまが住んでいて、中でも一番偉い神さまは天に住んでいると考えられていたそうだ。人々は天の神さまに捧げ物をして、そうして、それがわかるように石を積んだ。それがオボーだと言われている。(単に場所の見当をつけるためのオボーもあるそう。)今でも道の途中、山の上、境など、さまざまな場所にオボーを見つけることができる。

赤い土地といわれるバヤンザグの中にも、オボーがあった。
アルツボグド山に沿っているこの場所は、「砂岩の丘」だそうだ。
そうガイドブックに書かれているのを読んでから訪れた。
そうして、いやと声にだした。
丘じゃない。これは絶対に「丘」じゃない。ここはキャニオンだ。渓谷だ。

大地は広い、まさにそう思わせてくれる場所だった。
「丘」の上から辺りを見渡す。
恐竜の卵が発見されたここは、化石の宝庫らしい。
もちろんそうだろう、ここには恐竜がいた。そう納得できる場所。岩が大きい。それをそびえ立たせる大地が大きい。それらを包む空が大きい。
1億年前もここに命があって、同じ大地をふみしめていた。
私たちの体には、たしかに命がつながっている。


バヤンザグ Bayanzag/Баянзаг

風が強かった。
扇子を持った手が飛ばされる。踊るたびに渾身の力を入れる。
命綱などない。もちろん、危険なところにはいかないけれど。
しかし足場に余裕があっても、風がふきつけるとそのまま崖から落ちそうになる、それくらいの風。恐竜用のそよ風。
ここで落ちたら死ぬだろうな。そう思っても、だからといって動きを止めたくはなかった。踏ん張るしかないのだ。
もう映像映えはどうでもよくなっていた。この場所で踊りたい。

大地よ、聞いてくれ。踊る呼吸を聞いてくれ。
私はここに生きている。
砂と風と混ざり合いながら、私はここにたしかに生きている。

空を仰いだ。青い。吸い込まれる。
一瞬、目が眩んだ。足がぶれた。最悪の場合に備え身体が硬くなる。呼吸を止める。
目はつぶるな。なにがあっても。

ややあって戻ってきた視界に、自分の黒いブーツが映った。ちょうど岩の間隔が細くなった30cmほどの場所だったが、真ん中で岩をふみつけていた。
生きていた。まだ、生きている。
息を吐いて、みんなのいる大地に戻った。心拍数はあがっていた。

このバヤンザクで最後の撮影が終わった。
やりきったと思った。カメラの容量も残り5分程度だったという。
誰もが疲れていた。誰もが限界だった。
この時点でもう限界だった。

だけど、ここから10時間かけてウランバートルに戻るのだ。
半ば放心状態の私は、車の中からぼおっと外をみていた。キラキラ光るなにかが見えた。
「砂漠にも湖があるんだね」
そうつぶやくと即座にこう返された。
「あれは蜃気楼だよ」
そうか、私たちはどうしようもなく砂漠にいるのだ。ゴビ砂漠に。

**「翼のない国」2番からのお届けです。意外に旅に合う曲だったので、ぜひみなさまの旅動画にも使ってみてくださいな**

スケジュールは押しに押していた。17時半に市内に到着するはずが、まだ先は長かった。青かった空が赤く染まり夕焼けがやってきて、それも消えていった。夜がきたのだ。
道路脇に車を停め、私たちは外へでた。

息を呑むほどの、星空。

初めて「ミルキーウェイ」という言葉を知ったのは、小学校高学年で読んだ少女小説だったと思う。甘酸っぱいの恋の話だった。言葉を知っても東京の夜空で見えることもなく、その現実は私をすこしだけ大人にした。

けれど、これはまさに満天の星空。ミルキーウェイもある。わずかな知識しか持っていない私だけれど、知っている星座はすべてはっきりとみえる。
これが、星空なのか。
文字通り無数の星がところせましと並んでいて、それらがぶつかって音を立てていそうだった。ガラスが触れ合うような、薄い金属が触れ合うような、それでいて想像もできないような、そんな音が。

天球の音楽。ムジカ・ムンダーナ。musica mundana
この世界には人間が作る聴こえる音楽(ムジカ・インストルメンタリースmusica instrumentalis)だけではなくて、天体が紡ぐ音楽があるのだと考えられていた。それが、ムジカ・ムンダーナ。
こんな星空をみていたら、そう思うに違いない。
あの美しい場所だけで聴こえる極めて美しい音楽があると。


繰り返し言おう。17時半に市内に戻るはずだった。到着したのは夜中1時半だった。明日は朝4時半に空港に向けて出発する。
これはもう完全に限界だ。全員が限界だ。
私はここに着いたばかりの気楽な自分を思い出した。こんな限界感を迎えることになるとは、まるで想像していなかった自分を。

でもまた来るよ、モンゴル。
大好きになったから。必ず、また。


**「翼のない国」**
日本語バージョンはこちら https://linkco.re/A4hZetvU

英語バージョンはこちら


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