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誰にでもできるデザイン

デザインを構成する2つのプロセス
「デザイン」というと造形的な美意識をコントロールしつつ、印刷や製造など実務上の専門知識を携えた職能であると捉えられがちですが、その活動の最も重要な部分に関しては、技術的な専門性がなくても達成できるものだと考えています。それにはデザイン活動が2つのプロセスによってできていることが関係しています。ひとつは「ユーザーを理解」するプロセス。デザインされた製品を使う人たちへの深い理解です。そして、その理解に基づいた「作る」プロセス。専門的な知識や美意識はこの段階で必要になってきます。しかし、それらはいずれもデザインされたものを扱ったり、見たりする人たちのありようを理解しきれているからこそ成立するもの。デザイン活動のもっとも根幹の部分をなしているのは「ユーザー理解」だと考えています。

「ユーザーを理解」し、「作る」こと。

世の中にはさまざまなデザインへの捉え方がありますが、先述した通り、私にとってデザイン活動は①「ユーザーを理解」し、②「作る」ことだと考えています。
例えば、小児むけのコップのデザインを作るプロセスを考えてみましょう。
どんなに美しく素敵なデザインであっても、陶器でできた取手の大きなコップだと子供はそれを持つことができませんし、落とした時に割れると危険です。自分の子供に扱うことが難しいと感じたら親御さんは購入を見送るでしょう。デザインという言葉を表面的に捉えると、一方通行な製品が出来上がってしまうわけです。そこで、そういったことが起きないように、実際にコップの形状や材質を決める前に対象となる子供の活動をよく観察し、知る必要があります。手の大きさ、一度に持つことができる物の重さ、持ったものをどのように扱うのか、好む色、中に入れるもの……など大人と子供で異なる点が実に多くあることに気が付きます。
それらを理解できた上で、コップの形状や色を設計していくというプロセスに入っていきます。極論ですが、ユーザーのありようを詳細に理解できれば、それを用意する(制作する)ことは各分野のプロフェッショナルに任せれば良いということでもあります。

デザイナーだけがデザインしているのではない
ユーザーを理解する重要性はこれまで述べてきた通りです。そこに特別な専門知識は必要ありません。ですので、この相手を詳細に観察し、理解するという営みはデザイナーだけが行っているのかというと、決してそうではありません。裏を返せば、デザイナーであっても、対象となる人を理解せずに作ってしまう、ということはあるのです。例えば、優秀なマーケターや経営者の方などは、自分たちの顧客について、まるでその人に憑依しているかのようにリアリティのある感覚で理解されていると感じます。具体的に形にしていくのは、「専門知識のあるデザイナーたち」ですが、その上流の視点がなければ、世の中にサービスやプロダクトが受け入れられることはないでしょう。

上記で述べたような洞察のプロフェッショナルになるには、相当な修練が必要ですが、重要なことは、相手の視点から考えようとする姿勢を持っていること。
自分たちが誰かに何かを提供しようとする時、相手のことをよく観察し、理解しようと努めているか、利他的な思いで相手の視座に寄り添おうとするのであれば、たとえ専門性を発揮し「作る」ことがなくても、どんなひとであっても、デザイナーとしてすでにスタートラインに立っていると言えるのではないでしょうか。

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