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「日本映画制作適正化機構」を知る【その3・映適ガイドラインを読む①】

2023年4月に、”映画制作現場の環境改善”に取り組むとして「日本映画制作適正化機構」略して「映適」の設立が発表されました。映画に関わるすべての人が安心して働ける未来を目指し、ガイドラインを策定し審査機能を有するといいますが、実際に映画の現場で働いている人たちには2023年秋現在、あまり浸透していない様子…。
私は、2021年末からこの「映適」の取り組みをウォッチしてきたものですから、ちょっと深掘りして、いいところや問題点をわかりやすくまとめてみたいと思います。
2024/04/05追記:映適HPにも「FAQよくある質問」がUPされました。補足としてぜひお読み下さい。 https://eiteki.org/contact_us/#faq


誰のためのガイドラインか

その1その2と映適がどんなものかについてまとめてきました。読まれた方はどう感じられたでしょうか?
商業ベースの実写映画作品で、適正な労働環境で作られた作品に【お墨付き】を与える「映適」。このお墨を付ける機構の本体が「映連」であるということを考えると、お墨をつけるのは誰のためなのかな、ということが自ずと…。

さて、このお墨をつけるための「映適ガイドライン」を見ていきましょう。

そもそもノールール

撮影所システム時代には、監督やスタッフも基本的に社員でしたから、残業代もありましたし、雇用の条件をめぐっての労働争議(組合活動)などもあったのですが、システムの終了とともに、雇用の条件というのは明文化されなくなり、この40年くらい「なんとなく」「習慣」でやってきたのがこの映画業界です。

小規模作品から大作映画まで、またテレビやCM作品も含め、フリーランススタッフは横断的に働くことも多く、その労働条件は毎回違いますし、ルールはまちまち。

そんな中、この「映適ガイドライン」は初めて業界団体が公式に提示したガイドラインなのです。ただし、法的な拘束力があるわけではないですから、あくまでもこのガイドラインを遵守するかは任意。

ひとまず、HPに掲載されているガイドラインを、頭から追っていきます。私が引っかかるな、と思うところだけ、かいつまんで紹介していきますが、またしてもちょっと長くなりそうです。ご容赦ください。

ガイドラインはこちら↓
映画制作の持続的な発展に向けた取引ガイドライン(映適取引ガイドライン)

「映画制作現場の適正化」とは

これが適正化だ!

映画製作者(製作委員会)と制作会社、フリーランスが対等な関係を構築し、公正かつ透明な取引の実現が図られること。”

とありますが、対等な関係が構築され得ないのは自明のことかと思うのです。トヨタと、デンソーと、町工場は対等ではないですよね。トヨタが発注やめたら、デンソーも町工場も仕事なくなりますからね。

さて、そう、とにかくこれまで「契約書」がありませんでした。
個別のフリーランスと発注元であるプロダクション間では、ほとんどなし。私が助監督をしていた10年以上前は、請求書すら出さずに、ラインプロデューサーと話して口座情報だけメモに書いて渡したら月末に源泉引かれて入っているという具合でした。一体どんな会計処理してたんかな…。

「この頃は請求書出さなきゃいけなくなった」と最近こぼす人もいました。
それ普通。

これについては、2023年4月28日の参院本会議で可決、成立したフリーランス新法と無縁ではないでしょう。間もなく施行されるこの法律では、フリーランスへの契約条件の明示義務があるからです。

こうした関係性ですよという図(一番左の言葉も気になる)


ここが気になる

認定作品に参加・スタッフセンター加入すると自動的にこの文言に同意することになります。

ガイドラインの前提部分で、映画スタッフはあくまでも業務委託、指揮命令化になく自らの判断で業務を遂行するということが強調されています。なぜわざわざこのようなことを書き入れたのか、少し見ていきます。

この文言は映画スタッフの「労働者性」について言及したものです。この「労働者性」とは一体なんでしょうか?

厚生労働省「フリーランスとして安心して働ける環境を 整備するためのガイドライン」より
法的な判断基準がある

「労働者性」があると一般の会社員のように「労働基準法」による保護をしなくてはいけないわけですね。

映画スタッフの働き方に「労働者性」が認められるかどうかは、本来この文言に関わらず、実態に即して判断されますが、この「指揮命令下にあるのではない」という文言に一度は(自動的に)同意している以上、例えば労災事故について裁判で労働者性を争いたい、などというときにハードルになるのではないかな、と考えます。

労働組合結成の条件にもなる判断要素。ありそうですけどね、組合法上の労働者性。

これは私の推測ですが、スタッフセンター加入のスタッフが増えた先に、例えばセンターが労働組合のような機能を帯びてきて、大手映画会社に対して、賃上げや待遇改善を求めてストをしたい、団体交渉をしたいから組合化しようという時にも、本ガイドラインに一度同意していることがハードルになってしまうのではないかと危惧しています。

「申請作品のスタッフはあくまでも業務委託のフリーランス、労基法で守らないよ」とわざわざ書いているわけですね。そして、スタッフセンター加入はこのガイドライン遵守が条件ですから、申請作品に関わっていなくても、センター会員はこの文に同意したことになります。組合化への牽制にもなっている。

うーん。

第2章 適正取引に向けたルール

まず、映画製作者(製作委員会)-制作会社間の取引について、契約すべき内容が書かれ、その後に現場のルールが書かれています。

これまで、製作委員会側(資金を出す・スタジオ)と制作会社(実際に作る・プロダクション)間の契約について曖昧だった部分が明快になっている印象を受けます。特に、

この部分。いわゆる「プロダクションフィー」(プロダクションの取り分)の、明確化がされています。この点は、ガイドラインで最も評価できる点ではないでしょうか。

これまで、製作委員会から2億円を制作会社に渡し「この2億円でこの映画を作ってね」という時に、映画制作にかかった費用を差し引いた残りが制作会社の取り分になるということがありました。そうすると、制作費を抑えて映画を作るほどに、制作会社の利益が増える、ということになります。

実際に、いかに制作予算を切り詰めて制作会社の取り分を多くするかが、プロデューサーの手腕である、という風潮があると思います。結果、現場スタッフに適切な報酬が与えられなかったり、弁当がカチンコチンだったり、徹夜で撮影したり、ボランティアエキストラというものが生まれたりしたわけです。

制作会社の取り分があらかじめ決められていると、こうした事態に陥ることを防げるのではないかと思います。ただ、これを持ってしても「全部で2億円で予算組んでね、取り分も含めて」と製作委員会側が丸投げしていたら、あまりこれまでと大差ないかもしれませんが…。

また、コロナ禍では作品の中断や中止、延期などが度々ありましたがそれについても制作会社に責任のない原因で起こった事態への対応について、契約書でも細かく書かれています。また、映適申請のためにルールを守った結果予算超過する時も、“協議の上”超過した予算を製作委員会が負担するということが示されています。

続いてこのあと、制作会社-フリーランス間の取引について書かれています。皆が気になる労働時間など。
これはまたまた長くなる!ので、少々お待ちください。


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