見出し画像

「日本映画制作適正化機構」を知る【その4・映適ガイドラインを読む②】

2023年4月に、”映画制作現場の環境改善”に取り組むとして「日本映画制作適正化機構」略して「映適」の設立が発表されました。映画に関わるすべての人が安心して働ける未来を目指し、ガイドラインを策定し審査機能を有するといいますが、実際に映画の現場で働いている人たちには2023年秋現在、あまり浸透していない様子…。
私は、2021年末からこの「映適」の取り組みをウォッチしてきたものですから、ちょっと深掘りして、いいところや問題点をわかりやすくまとめてみたいと思います。
2024/04/05追記:映適HPにも「FAQよくある質問」がUPされました。補足としてぜひお読み下さい。 https://eiteki.org/contact_us/#faq


ガイドライン策定の経緯

さて、契約書もない、就業規則もない、なんの手当もない、ないないづくしの映画制作現場に初めて業界団体から示されたルール…!これを見ていくにあたって、成立までの流れと参照資料を紹介します。

映適ガイドラインはこちら
https://www.eiteki.org/wp/wp-content/uploads/pdf/eiteki_guideline.pdf

資料① 2019年-2020年度

6月から9月にかけて大規模アンケート調査がなされ、それに基づき2020年経済産業省による「映画制作の未来のための検討会」が行われました。資料内「映画制作現場ワーキンググループ」の提言内で、「制作現場のルールを策定するとともに、適正な映画制作現場の整備のための作品認定制度を創設する」とされ、「映像制作適正化機関(仮称)」が打ち出されます

また、「今後の予定」として「制作現場の適正化に向けた業界の自律的な仕組みの構築に向け、設立準備委員会の設置および委員会における映画業界全体の参画による検討を支援してまいります。」という文言があり、以降、これらは経済産業省委託事業(コンテンツ海外展開促進事業)の一環としてコンサルティング企業が経産省の事業を委託する形で進められていきます。

映画制作現場の適正化に関する調査報告書」(2021年4月)て、2020年に取り組まれたヒアリングやワーキンググループの報告から、適正化の骨子が報告されています。さらに2021年度中になされたアンケート調査やそれを受けた話し合いがなされます。これを資料①とします。

資料② 2021年度

「令和3年度映画制作現場の適正化に関する調査報告書(2022年6月)では、ガイドラインの内容が模索され、実際の現場でテストしてみる「実証作品」への準備としてヒアリングや調査がされています。こちらを参照資料②とします。

資料③ 2022年度

「映画産業における制作現場の適正化に向けた作品認定制度の実証に関する調査報告書」(と参考資料篇(2023年6月)。これはガイドライン策定にあたり、2022年度に行われた4つの「実証作品」の結果を元に、最終的なガイドラインや審査方法に至った過程が記載されたものです。実証作品に参加したスタッフのうち作品ごとに5-7名からヒアリングが行われ、全体から78名にアンケートがとられた結果や実務者会議の過程も載っています。これを参照資料③として、ガイドラインを見ていきましょう。

制作会社-フリーランス間の取引

契約書について

1)契約書・発注書の交付及び交付時期すべてのスタッフ(社員・俳優を除く)に対し、契約期間開始前に契約書又は発注書を交付する。
2)契約書・発注書の記載内容
契約書及び発注書には、少なくとも契約期間、業務内容、金額、支払日・支払方法、傷害保険の加入、契約期間が延長される場合の規定を明記する。日本映画制作適正化機構によっ て提供されるサービスを介して電子的に締結されることを推奨する。

ガイドラインより

なぜ俳優を除くのか。所属するマネジメント会社との契約が事前に交わされているなら良いのですが、フリーの俳優との間にも契約を交わすべき。口約束でギャラを減らされたり、交通費の手当有無が不明だったりと、不安な状況で仕事をせざるを得ない俳優部がたくさんいます。また、クレジットや作品ごとの権利関係の明示も必要なはずです。
これについての根拠は、参考資料からは見つけられませんでした…。

私は普段スタッフのマネージメント業務を担当していますが、映画だけでなくドラマもその他も契約書が!本当に!出ません!案件依頼時から「契約書下さい」としつこく伝えて、内容を双方確認修正して契約に至ったら、撮影が終わっていた…ということがザラです。発注書すら出ないこともある。
この映適の「契約期間開始前に契約書又は発注書を交付する。」というのは本当に重要です。が!

資料②より。実証4作品参加者中78人の回答

「イン1ヶ月前だがスタッフが全然集まってない」「インまで半月でやっと決定稿ができた」なんてことが「よくある」状況下で、果たして「契約期間開始前」つまり「準備拘束期間、合流の前」までに全レギュラースタッフと契約書が結べるような体制が用意できる作品が、この日本映画界で1年に何本存在するのかな?と思います。

資料③より。ポスプロの検証はされていない。

制度の実証は、「東宝・東映・松竹・KADOKAWA」の大手映画会社製作作品4作品で行われ、資料③に詳細が載っています。これらの作品の予算は、日本映画の中でも潤沢な方で、現場に降りてくる制作費が1億円を切るということはまずない、少なくとも2、3億以上はあるはずです。実際に撮影も2〜3ヶ月取られています。

そもそもが日本映画業界の中では「まだマシ」な作品で実証が行われた点には留意する必要があります。


労働時間について

ガイドラインで提示されている労働時間は下記です。

資料②より

労働時間について
1)すべてのスタッフの作業・撮影時間は 1 日あたり 13 時間(準備・撤収、休憩・食事を含む)以内とする。
なお、準備と撤収にかかる時間は、みなし 1 時間+1 時間=合計 2 時間とし、撮影時間は 「段取り開始(リハーサル)から最終カット OK(撮影終了)までの 11 時間以内」を遵守するものとする。
2)13 時間を超える場合のインターバルの確保
作業・撮影時間が 13 時間を超える場合には、10 時間以上のインターバルを設けること。
3)プリプロダクション及びポストプロダクションの扱い
プリプロダクション及びポストプロダクションにおいては、1 日あたり 13 時間(準備・ 撤収、休憩・食事を含む)以内とする。13 時間を超える場合のインターバルについては、 「2)13 時間を超える場合のインターバルの確保」に準じる。

休日
1)休日の定義
休日とは、撮休日と完全休養日を指す。
2)休日の設定
週に少なくとも1日は撮休日を確保する。それに加え、2 週間に 1 日の完全休養日を確保する。

休憩・食事
1日の作業・撮影時間が6時間以上にわたる場合は、30分以上の休憩・食事を1回以上確保する。

ガイドラインより。ノールールだったのでまともなように見えてしまうけど….

なぜ13時間か?

さてここから長くなりますよ…
どうして13時間が導き出されたのか、資料を見てもよくわかりません。なぜか資料①の2020年当初から「13時間」をベースに話が進んでいます。
(煩雑になるのでインターバルについては今回割愛します。)

資料①2020年ワーキンググループによる参考事例

米国と韓国の12時間の就業時間(割増料金の規定含む)を参考にしているのに、なぜか1時間増えた「13時間」で話がスタート。それから2年以上の間、「前後をみなすか、みなさないか」「どこから”就業時刻”にするか」「集合からの移動は含めるか」などが延々と議論されています。延々と。
(いや、集合から解散までが労働です。家に帰っての作業がある人もいます…)

その中で、一週間単位で労働時間を考えようという意見や、いや1ヶ月単位でとか、延長時の手当てなど色々と意見が出るのですが…..

資料②中、第 2 回認定制度検証委員会概要より

「製作費が高騰して出資者の理解が得られない」から「弾力性を持った」設定にということがかなり早い段階で意見されています。
「13時間労働にすると製作費が高騰する」とされているわけです。高騰…。

じゃあ今、何時間労働でコストダウンさせてるんですかって話ですよ。


消えた勤怠アプリ管理

実証作品では、勤怠管理システムで打刻しての労働時間の調査も行われました。

資料②資料篇より
資料③バラバラで読み取りにくい…これ、ロケ場所への移動を含めていない打刻ですからね。

しかし、実証作品での検証後、いつのまにか「勤怠管理アプリで労働時間を管理する」という方針が消滅します。勤怠管理アプリが導入されます!と確かコンサルティングに入っている三菱リサーチ&コンサルティングのHP記載もあったのでですが、それももう見つけられない。スクショしておくべきでした。

実証作品における意見と経過

その後、実証作品4作品の撮影でガイドラインが試行され、参加したスタッフのうち78名がアンケートに答えています。

資料③より。「変わらなかった・増えた」の方が多い…。

いくつかヒアリングされた意見をご紹介します。

撮影時間 11 時間を前提としたスケジュールを組んだうえで、収まらない場合は脚本を修正する等の対応がとられていた。規模感の大きな撮影ができなかったり、脚本を削ること等でやりたいことを諦めた面や取捨選択を迫られる難しさはあったものの、適正化ルール自体が要因となって作品自体に致命的な影響が出たとの声は聞かれなかった。

作品Aより。諦めてる。

シーンのオミットについては、なくなった場合のリスクや何で代用できるかを考えることが大事との意見があった一方で、質を管理している立場としては 「あのシーンはないのか」と思うところもあったとの声もあり、ルールを守ることと質を管理することのバランスには苦心したことがうかがえた。

作品Bより。え?この作品も…

もちろん、時間を意識することで効率的に仕事できたなど、好意的な意見もたくさんあるのですが、そもそも、ガイドラインに従ったスケジュールを立てた際に「はまらない」として撮影する分量を縮小しているわけです。俳優のスケジュールなどの要素もあったでしょうが、どの程度予算増加すればガイドラインで示している「適正な」ルールが守れるのかという検証が一切なされていない。現状の予算内でできる「適正な」現場にしてね、ということで、脚本を削るしかないとしたら、何のための検証だったんでしょう。

……腹が立ってきました。


撮休日と完全休養日

資料③の実証作品ヒアリングまとめより。仕方なくない。

実証作品では、当初決められた「週に1日は完全休養日を設ける」というルールで検証が行われました。しかし、準備など仕事を行い、結果休日となっていないことがあったという報告がほとんどです。何か仕事をする可能性が少しでもあるなら、それは「休日」ではないです。単なる予備日・準備日。
しかしそうした検証結果を得ても、この項目に何の変更もありませんでした。むしろ完全休養日は減少。

・週に少なくとも1日は撮休日を確保する。それに加え、2 週間に 1 日の完全休養日を確保する。

最終的なガイドラインより

というのは、「完全な休日は月2回でよいですよ」ということなんですね。
へえ〜。

一般的な感覚では、週7日のうち2日は「完全休養日」であるべきです。1ヶ月に8日。予算が"高騰する"からこのガイドラインでいいという出資者側は、月2回しか休めない労働環境で果たして「適正化」したと言えますかね?
ご自身はこの条件で働けますか?

正気かなと思います。


ガイドラインが過労死ライン

よく考えてください、13時間という設定自体が、長時間労働なんです。もちろん、毎日13時間労働で働けとは言ってません。
でも、最大1日13時間(うち食事休憩1時間)働いて、休みは月2回までの労働時間を許容しますよというルールになっています。
労働基準法上の法定労働時間と比べてみましょう。

過労死ラインは法定時間外残業月80〜100時間と言われています。

ガイドラインが許容している労働時間は、そもそも一般的に「過労死ライン」と言われている労働時間を大幅に越えているんです。

しかし、映画スタッフの大半は「製作サイドの指揮命令下にない」フリーランスですから、労働法で守られていません。なのでこれは違法行為ではなく、あくまでも本人が納得の上で、業務委託契約のもと働いているということです。

そう、「過労死ライン以上の時間働いて映画を作ってね」というガイドラインを受け入れて。

このルールを決めたのは誰か?

この実証作品検証の後、2022年の秋ごろに映適の組織が再編され、そこから一気に色々なことが決まっていきます。それまで映職連(フリーランス)側から代表理事を立てていたのが、映連(製作)側の東宝島谷会長が代表理事となり、事務局住所も映連と同じ住所になりました。

資料③より

その頃、映連、日映協と映職連が、いよいよ年度内に映適をまとめ上げなくてはということで、それぞれの立場から提案をしています。資料③P24-P33に全て載っていますが、一部を抜粋します。

映連(10/25)
(当初の事業計画案)
作業・撮影時間は、1 日あたり 13 時間(準備・撤収・休憩・ 食事含む)以内とする。開始時間は、作業・撮影現場の集合時間とし、撤収等の作業が終了した時点を終了時間とする。

→作業・撮影時間は、1 日あたり 13 時間(準備・撤収・休憩・食事含む)以内とする。なお準備にかかる時間は1時間+1時間=合計2時間とし、撮影時間は「撮影開始から最終カットOKまでの11時間以内」を遵守するものとする。
*現場の状況や部署によって準備と撤収の時間を細かく把握・管理するのが難しい事情があるため。

(当初の事業計画案)
1週間に少なくとも1日は完全休養日を確保する。
1週間に少なくとも1日の撮休日を確保する。それに加え、2 週間に 1 日の完全休養日を確保する。

集合時間からの開始が消滅。細かく把握・管理しない。休養日4日→2日に削減。

日映協提案(10/25)
時間等の提案はなし。
制作予算1億円以下の作品は申請除外対象にしてほしいこと、ペナルティの定めの提案のほか、「今までの考え方の予算表では対応できない。ガイドラインを基に、積み上げ方式の見積もりにし、完成保証は発注側としてほしい」など要望。

この後「経過措置として 1 億円(税抜)以下の作品についての申請は任意とする」となります(資料③P52)

映職連は11/22、上記提案を受け、
”「準備パートからしたら今回の制度は何もケアされていない」との声も上がっております。また「*現状の状況や部署によって、準備と撤収の時間を細かく把握・管理するのが難しい事情があるため。」とありますが、持続可能な制作環境を目指す上で勤怠管理の実施は必然であり、そもそもその把握がそれほど「難しい」こととは思えません。”として、

すべてのスタッフの作業・撮影時間は、1 日あたり 13 時間(準備・撤収・休憩・食事含む)以内とする。開始時間は出発地への集合時間とし、終了時間は出発地へ帰着した時間とする。
なお撮影時間は 1 日あたり 10 時間(休憩・食事含む)以内とする。この場合の撮影時間は、 リハーサルの開始から最終カットOKまでの時間とする。

という提案を。

そして「週に一度の完全休養日」を守って欲しいと要望。

スタッフの状況改善を願った文面です。資料③P30-33をぜひ読んでください。

こうした経緯ののち、定まったのが先のガイドラインです。
どう思われますか?

この「三者が同じテーブルにつく」というのは、実質労使交渉に近いところがあったと思います。事実、この提案部分だけ読んでも「プロダクション・フリーランスから映連への要望」というニュアンスは拭えませんし、資料を読むとわかりますが、撮影予算追加や時間超過に対する割増報酬、待遇改善、スタッフセンターのメリットの必要性、ポスプロの長時間労働問題など、ずっと意見が出ているんです。

しかし「製作費が高騰することは難しい・出資者の理解が得られない」として要望は聞き入れられずスルー、ほぼ映連の案を採用しています。


金は出さない強い意志

考えてみてください。
大手映画会社が労働環境改善のため・若手の定着のために適正な労働量・ハラスメント対策等をした場合の予算超過分を出資者側に説得し捻出、プロダクションフィーを固定して予算監督し、制作現場の長時間労働・ハラスメント等をチェックする人員を配置する。つまり金を出す。

これをやればいいだけのことを、その努力はせずに、現状の予算内で「適正に
作っています」というための審査機構を作ったんですね。3年以上かけて、経産省の事業予算(税金)を使って。労働者側の意見はかなりスルーして。

資料③にはこのような意見もあります。

P43・11/22、第 3 回検討結果概要より

大手作品(4社以外にもありますが)を除くと、1億円以上で作られている作品は数えるほどしかないと。予算1億円以下では、予算上ガイドラインをほとんど守れない。ベネフィットもペナルティもないなら、申請する意味はない(ベネフィットとペナルティの必要性についても幾度となく資料中で意見がされています…)。

だから日映協からは経過措置として1億円以下の作品は申請を猶予して欲しいと
要望し、受け入れられています。

そう、大手作品以外はほぼ申請しない。
そして大手の出向社員からなる審査事務局が「著しく」ガイドラインを逸脱していない限り「認定」する。これが「映適」です。

これで日本映画業界の労働環境が改善され、高いクオリティと若手の定着に繋がるのでしょうか。映連4社が自社の利益を確保したまま、コンプライアンスやってますよ、という格好にしか見えません。

プロダクションは結果的に予算が増えるわけではない(増える場合も“協議”)のに、申請したら事務経理手続きも増え、苦しくなる。加盟会社は協定を結んでいる以上、申請作品でなくてもある程度ガイドラインに近づける必要もあり、1億円以下で未申請でも負担が増える可能性が高いです(実例を知っています)。

フリーランスは予算内で収めるため、クリエイティブとコストのカットに対応する必要が出てくる。結果的に休みが増えるわけでも、報酬が増えるわけでもない。スタッフセンター加入のメリットはないばかりか、この「映適」運営費を支払い、労働者性を放棄し、著作権を全て譲渡する契約にも自動的に同意することになる。

ガイドライン中のスタッフ契約書より


ここからどうするか

ガイドラインより

 この内容は改定の申し出をすることができますから、映職連等を通じて今後の改善を訴えていくこともできます。ただ私が3年分の資料を見て感じたのは、根本的に映連が身銭を切らないという状況、プロダクションやフリーランスの意見が聞き入れられない状況が改善されない限り、この形骸化した、映連のポーズである「映適」の本質は変わらないのではないか、スタッフの労働環境は改善に向かわないのではないかということです。

ここから一体どうすればいいのか。
次回はそのことを考えて書いてみたいと思います。
長文にお付き合いいただきありがとうございました!

続きはこちら↓

バックナンバーはこちら↓







この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?