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(20)〝デジ力〟の前に〝読書の筋力〟「よく読む子」に育つ5歳頃からの本好き大作戦 ~気づいた事編~

 つづきです。
 
 本当は今回から、私がそうであるHSP(HSC)と読書の関係について、自分の体験をまじえてお話したかったのですが、少し思い残したことがあったので、前回からのつづきの内容を書くことにします。
  
 さて、(18)で私がこの提案を書いていることの理由のひとつとして、「身近な人(友人や夫)が『本を読むと疲れる』と話す理由は、子ども時代に読書の筋力を鍛えていないから」…と気づいたからとお話しました。
 
 夫と読書について話したことは(16)あたりでも書いたのですが、娘2人が家でよく本を読むようになってからというもの、我が家でどういう現象(?)が起こったか、少しお話させてください。
 
 

〈知性は十分なのに「小説を読むと疲れる」とは?〉


 特に長女が小説を読むようになってから、夫がことあるごとに「そんな長い小説を読むなんて偉いね!」とか、「すごいね」と褒めるようになったのです。
 本心から感心しているのはよくわかりますが、私は軽く「楽しんでいるだけだから、褒めなくていいんだよ」と言っていました。
 
 「別にすごくないよ…パパも読んでごらん。おもしろいから」と娘本人にも言われて苦笑していたので、思わず「あなたも何か読んでみる?」と言うと
「いや楽しく読むのはたぶん無理。小説って登場人物が心情を吐露したり、本筋と関係あるのかな? と疑問に思う所が出てくるだろう? あれを読み続けるのが辛いんだ…一行でも読み落とすと、最後に理解ができなくなるんじゃないかと思って気が抜けないんだ」との答え。
 (この話、前にも一度書きましたね!)
 
 いかにも理系っぽい思考だな…とある意味感心したのですが、そのことで私は改めて疑問を感じたのです。夫は出版業界の人ではなく、仕事は理系、趣味は音楽・囲碁・将棋…と多彩な人ではあるのですが、仕事に関するもの以外、長めの文章を読んだり書いたりするのが苦手。
 
 でも、私は疑問でした。
 「この人は決して情緒に乏しいわけではなく、私なんかよりずっと頭がいいのに、そういう人が小説一冊読むのを『疲れる』というのはどういう現象なんだろう?」…と。
 
 夫だけじゃない、友人達も含めて、みんな豊かなの知性のある、尊敬できる人達ばかりです。それでも、「小説を読むと疲れる」と言います。
 
 当たり前ですが、バカにしている訳でも下に見ているわけでもありません。
 私は本好きな人間として、「本を読んで楽しんでみたい」という人達に、本の魅力を伝えたい! と真剣に考えていました。
 (フィクションが好みじゃないとか、特に読みたいと思っていない人はいいんです。夫も友人も、「読みたいのに疲れる…」と言うのでこの問題について真剣に考えています。念のため
 
 逆に、なぜ小学生でも読める子は読めるのか
 それは前述したように、やはり「文章で綴られる物語のパターン」に慣れているかどうか…これに尽きるかな、と思います。
 
 慣れ、慣れです。自転車なんです!
 
 

〈小説の構成・文脈のパターンに慣れることが肝!〉

 
 本1冊、短編には短編なり、長編には長編なり、人間ドラマには人間ドラマなり、ミステリーにはミステリーなりの一種の構成パターン、文脈の厚みや特徴…というものがあります
 
 例えば5ページほどのショートショートなら、余計な描写がなくあっという間に起承転結まで進みます。そのスピード感に付いていけない人は「もう終わり? どういう話だったの?」と戸惑うでしょうが、慣れている人はクスっと笑って余韻を味わうことができます。
 
 反対にハリー・ポッターのような大長編なら、慣れている人は「今回の巻だけの謎は解明されたけど、やっぱりあの謎は次巻以降に持ち越しか」…と「1冊読んだ満足感」と「次回への期待感」を両立させることができます。
 
 これは、どれだけ多くの読書パターンが体に染み込んでいるか、感性が柔らかいうちに「読書の筋力」を鍛えたかによってまったく違います。
 
 そしてそれは、大抵の子どもが身につけることができるチカラです。
 
 子ども時代の「慣れ」がいかに大切か…その話をすると夫は、小説をすらすら読む娘が決して「スーパーキッズ」なわけではないことを理解したようで、「俺は子どもの頃に読書の習慣がなかったから、訓練を積んでいないんだな」と言いました。
 
 あなたはあなたでいんじゃない…と思ったのですが、夫は逆に「そうだったんだ」と自分に関して新たな発見をして、ちょっとすっきりした様子。 
 「なぜ自分は書店や読書に苦手意識を感じるのか、わかっただけでも良かった 」とのこと。

 「学生時代に人から借りた小説を夢中で読んだことがあって、また同じ気持ちを味わいたいんだけど、書店に行って自分で選んだりしたことがあまりないから、『次の本』を自分で選ぶのが難しいんだ」…という事実も、自分なりに整理できたようでした。

 

〈子どもの頃からの本好きの集まり…出版業界〉

 
 私が15年間身を置いていた出版業界は、本好きの集まりでした。
 
 少しの例外はありますが、大半の人は「本好きが高じてこの業界に入った」と話しますし、当たり前ですが文章力、読解力に優れた人ばかり。
 編集者としてもライターとしても仕事人間としても、「かなわないな」…という人達がたくさんいました。
 
 そして、趣味・嗜好の違いはあれど、みんな子どもの頃からよく本を読んでいたと言います。
 「どんな本が好きだった?」と聞くと、仕事の手を止めて「あれ知ってる? この作家は?」と延々と本の話をしてしまうような人ばかりでした。
 
 たくさんの先輩、後輩、仲間の顔を思い返して改めて感じるのは、
「読解力・文章力に優れた人は、大半が子どもの頃からよく本を読んでいる」…ということ。

 「子どもの頃からよく読めば、100%読解力・文章力が身に付く」…とは言えませんが、「読解力・文章力に優れた人は、大半が子どもの頃からよく本を読んでいる」とは思います(繰り返しですみません)。
 
 今、日々子育てをしているなかで、「子どもの国語力、読解力、文章力を上げる講座」などの情報もよく目にします。
 それは全然、否定しません。
 必要なものでしょうし、ためになると思います。
 
 でも、でも…。
 子どもの頃から楽しく読書をしていれば、やっぱり国語力は自然と高まるものだと思います。

 それに、本はおもしろくて、ワクワクして、気分転換や癒しにもなります。
 一石何鳥にもなりますよ!
 
 

〈仕事に復帰しなかったからこそ、気づいたこと〉

 
 そして私は、夫との会話を通してまた別のことに気づきました。
 
 それは、「早期に仕事復帰して『本好き』の世界に戻っていたら、『本があまり好きじゃない人達の気持ち』がわからなかったかもしれない…ということ。
 
 鋭い人は、どんな立場にいてもいろいろなことに気づくのだと思います。
 でも私は、きっと気づかなかった。
 10年かけて、ゆっくりと気づきました。
 
 復帰すれば「本好き」の世界が早々に心を満たしてはくれたでしょうが、私はそれで満足し、ママ友さん達の「子どもに本好きになってほしいけど、どうしたらいいかわからない」という気持ちを知る機会もなければ、「本をあまり読まない夫」の性質とはどういうものだろう? と深く考えることもなかったと思います。
 
 ―考えることって、楽しいです。
 
 人間は、ものを考える生き物だと思っています
 だから私は、ものを考える人間が書いた、書いてくれた本が、物語や小説が大好きです
 
 つづきます。
 
 
 
 
 
 
 

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