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衝動買いのマーケティング

こんにちは、広瀬です。今回はマーケティングにおける「衝動買い」についてお話します。

少し古い記事になりますが、2005年5月のHarvard Business Reviewに掲載された「Capturing Customers' Spare Change(顧客のおつりを獲得する)」という記事をご存知でしょうか? 簡単に言うと、ファストフード店が、おつりを渡す前に、顧客の過去の購入履歴から好みそうな商品を割引価格で提案し、合計金額が5ドルや10ドルといった「きりの良い金額」になるように販売するというものです。顧客がこの提案を受け入れれば、それは「衝動買い」として成立します。

2005年当時は、スマートフォン決済のようなキャッシュレス決済はまだ一般的ではなく、クレジットカード決済が主流でした。しかし、この記事で紹介されている「おつり効果」を利用した販売戦略の基本コンセプトは、現代のキャッシュレス時代にも十分応用できる可能性を秘めていると考えられます。

そこで今回は、この記事の内容を詳しく解説し、現代のキャッシュレス社会において、この「おつり効果」をどのように活用できるのか、さらに効果的な衝動買いを促すための新たなマーケティング戦略について考えてみたいと思います。


顧客のおつりを獲得する(全文和訳)

レジでの衝動買いを促すことは、これまで科学というよりはむしろ芸術でしたが、今、ファストフード業界は心理学とコンピューター技術を組み合わせ、衝動買いを増加させています。この新たな販売戦略は、「おつり効果」と呼ばれる心理現象を利用しており、これは、人々が硬貨で喜んで購入するが、紙幣では購入しないような商品があるというものです。

例えば、カリフォルニア大学バークレー校のPriya Raghubir氏とメリーランド大学のJoydeep Srivastava氏による研究では、71%の人が4枚の25セント硬貨をキャンディに使う一方で、1ドル紙幣で同じ金額を使うのは29%だけであることが分かりました。

この「おつり効果」を活かし、バーガーキング、KFC、タコベル、ウェンディーズなどのファストフード店は、顧客が受け取るおつり(端数)に基づいてリアルタイムで販売提案を行うソフトウェアを導入しています。具体的には、顧客が4.29ドルのセットを注文した場合、レジで動作するソフトウェアが、5ドルの「きりの良い金額」にすると発生するおつり(71セント)に基づいて、即座に別の食品の割引オファーを生成します。例えば、通常フライドポテトが1ドルの場合、システムは注文にフライドポテトを追加して5ドルに切り上げ、フライドポテトを71セントで販売することを提案するかもしれません。もし顧客がそれに応じれば、レストランは追加販売を行い、顧客は割引を受けることができます。

このシステムが生成するオファーはランダムではなく、過去のオファーとその受諾率の継続的に更新されるデータベースから開発されています。例えば、ハンバーガーを購入した顧客が、ミルクシェイクよりもフライドポテトをおつりで購入する可能性が高いことがシステムが発見した場合、将来のハンバーガー購入者にはフライドポテトが提案されます。

この技術を使用している店舗では、売上高が3~5%、税引前利益が30%増加しています。すべての追加提案のうち約35%が受け入れられており、ほとんどの場合、顧客は追加された商品を単品で購入した場合よりも35~45%安く購入しています。

このシステムはファストフード環境では機能しますが、それ以外の場所ではまだあまり試されていません。2つの州宝くじ局による実験は、購入プロセスが複雑であったことも一因で、うまくいきませんでした。しかし、これまでのところ、この技術が便利で、メインの購入に直接関連するオファーを行い、割引価格で食品を提供する場合、顧客はそれを受け入れ、さらには感謝することさえあるという証拠があります。これが他の小売環境や異なる種類の製品でも同様に効果的であるかどうかは、まだ分かっていません。

支払い方法の変化

ここから先は、Harvard Business Reviewの記事を下に、私の考察を展開していきます。

2005年と2024年の日本国内における商品の購入方法と支払い方法の変化は、大きく以下の3点と考えます。

  1. キャッシュレス決済の普及
    2005年当時は現金決済が主流でしたが、2024年現在ではクレジットカード、電子マネー、QRコード決済などのキャッシュレス決済が急速に普及しています。特にスマートフォンを用いたQRコード決済は、手軽さやポイント還元などのメリットから、若年層を中心に利用が広がっています。

  2. ECサイトの利用増加
    2005年頃からECサイトの利用は増加傾向にありましたが、2024年現在ではさらに加速しています。新型コロナウイルス感染症の影響もあり、自宅で手軽に商品を購入できるECサイトの需要はますます高まっています。また、ECサイト独自のポイント制度やセールなども、消費者の購買意欲を刺激しています。

  3. サブスクリプションサービスの登場
    2024年現在、定額制で商品やサービスを利用できるサブスクリプションサービスが様々な分野で登場しています。動画配信サービスや音楽配信サービスだけでなく、食品や日用品、洋服などのサブスクリプションサービスも存在し、消費者の選択肢を広げています。

これらの変化は、消費者の購買行動にも大きな影響を与えています。キャッシュレス決済の普及により、現金を持ち歩く必要がなくなり、少額決済も手軽に行えるようになりました。また、ECサイトやサブスクリプションサービスの利用増加は、消費者の購買体験を大きく変え、より便利でパーソナライズされたサービスを求める傾向を強めています。

これらの変化を踏まえると、2005年当時の「おつり効果」を利用した販売戦略は、現代においてそのままの形では通用しない可能性があります。しかし、キャッシュレス決済におけるポイント還元や、ECサイトでのパーソナライズされたレコメンド機能など、「おつり効果」の心理を応用した新たなマーケティング戦略は、依然として有効であると考えられます。

おつり効果の進化と深化

おつり効果の進化

2005年に提唱された「おつり効果」は、顧客が端数のお金(おつり)を、本来購入するつもりのなかった商品に使いがちであるという心理現象を利用した販売戦略でした。当時は、ファストフード店などで、レジシステムがおつりの金額に応じて追加商品の割引オファーを提示するといった形で活用されていました。

しかし、キャッシュレス化が進む現代においては、現金のおつりを受け取る機会が減少し、「おつり効果」をそのまま適用することが難しくなっています。そこで、現代の消費行動に合わせた形で「おつり効果」が進化を遂げています。

  1. ポイント還元による「おつり効果」の再現
    現金のおつりではなく、ポイント還元という形で「おつり」の概念を再現しています。これは、顧客にとって「得をした」という感覚を維持しつつ、店舗側にとっては顧客の再来店を促す効果があります。

  2. データ分析とパーソナライゼーション
    AIや機械学習を活用し、顧客の購買履歴や行動データを分析することで、よりパーソナライズされたオファーを提示できるようになりました。これにより、顧客の興味関心に合わせた商品やサービスを提案し、「おつり効果」を最大化することができます。

  3. 顧客体験の向上
    キャッシュレス決済の普及により、レジでの待ち時間が短縮され、スムーズな購買体験を提供できるようになりました。また、オンラインストアとの連携や、アプリを通じたクーポン配信など、オムニチャネル戦略を展開することで、顧客との接点を増やし、「おつり効果」を発揮する機会を増やしています。

おつり効果の深化

「おつり効果」は、今後さらに以下の3つの方向へ深化していくと考えられます。

  1. パーソナライゼーションの高度化
    AIや機械学習のさらなる発展により、顧客の購買履歴や行動データだけでなく、SNSでの発言や行動、位置情報なども分析し、より精度の高いパーソナライズされた提案が可能になります。これにより、顧客一人ひとりのニーズや好みに合わせたきめ細やかなサービスを提供し、顧客満足度を高めることができます。

  2. リアルタイム性の向上
    顧客の行動や状況に応じて、リアルタイムで最適なオファーを提示できるようになります。例えば、店舗内で特定の商品を手に取った顧客に、その商品と相性の良い商品のクーポンをスマートフォンに配信するなど、顧客の購買意欲を刺激するタイミングを逃しません。

  3. ゲーミフィケーションの導入
    ポイント獲得や割引クーポン取得にゲーム性を取り入れることで、顧客のエンゲージメントを高め、「おつり効果」をより強力にすることができます。例えば、特定の条件を満たすとバッジがもらえたり、ポイントを貯めてランクアップできるシステムを導入することで、顧客の購買意欲を継続的に刺激することができます。

まとめ

「おつり効果」は、キャッシュレス化が進む現代においても、その基本的な心理は変わっていません。しかし、テクノロジーの進化に合わせて、その適用方法は大きく変化しています。

今後、「おつり効果」は、パーソナライゼーションの高度化、リアルタイム性の向上、ゲーミフィケーションの導入といった方向へ深化していくと考えられます。これらの進化を通じて、「おつり効果」は単なる割引戦略から、顧客との長期的な関係構築を促進するCRM(顧客関係管理)戦略へと進化し、企業の成長に大きく貢献していくでしょう。

特に、顧客一人ひとりのニーズや好みに合わせたきめ細やかなサービスを提供することで、顧客満足度を高め、LTV(顧客生涯価値)の向上に貢献することが期待されます。LTVとは、顧客が生涯を通じて企業にもたらす価値のことであり、企業にとって重要な経営指標の一つです。LTVを高めることは、長期的な収益の安定化に繋がり、企業の持続的な成長を支える基盤となります。


「おつり効果」は、かつて現金支払いが主流だった時代に生まれた「衝動買い」を促進するマーケティング戦略でしたが、その根底にある心理は時代を超えて普遍的なものです。キャッシュレス化が進み、購買行動が多様化する現代においても、「おつり効果」のコンセプトは進化を遂げ、デジタル技術と融合することで、さらに洗練された「衝動買い」促進マーケティング戦略へと深化していくでしょう。

今回の記事が、皆様のマーケティング戦略立案の一助となれば幸いです。最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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