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東京に住む龍 第四話 龍の片想い⑤

 もう脱力の日々で有るかと思ったら、大学の課題を真面目にやろういう気が盛り上がってきた。遠慮なく指導教員の自宅レッスンに通い、自宅では篳篥とピアノ練習を熱心にした。

それでもこの若さで、他の男との恋愛を夢見ることが出来なくなった事、自立して生きていく事、仕事をばりばりする事、全部が終わってしまったのだ。それは同年代の他の女性にはあって、理不尽にも辰麿に奪われてしまった。

橋を渡るとき、何本もの線路が通る陸橋の上、或るいはちょっとした高さのある所に来ると、ここから飛び降りれば楽になるかなと思っている自分がいた。辰麿に復讐はしたいが、痛い思いはしたくない。でも段々追い詰められている気がしている。

二月のはじめ期末試験の真っ最中に、結納が交わされた。今時見ないような水引き細工の大きな結納セットが、商店街の武蔵野呉服店から届けられた。実技の試験で頭が一杯な所で、段取りは祖母と辰麿でして貰った。もう投げ遣りだった。

当日の朝、美容師が家に来た時は何なのか分からなかった。言われるままに大急ぎで朝食を食べて、自室で美容師に髪をセットされた。ショートでただでさえ短いのに、あんこを入れ、盛髪にして髪飾りを付ける。鏡の中で淑女にされていく、美容師の手腕を不思議そうに見ていた。いい加減忘れていたが、高校生の時に祖母に買っても貰ってそのままになっていたはずの赤地に縁起物が刺繍された、振袖が仕立てられていて、着付けされた。

時間になると紋付き袴の辰麿と、はじめて逢う、北関東の神社の神主の叔父夫婦と、東京の有名神社の宮司が雇われ仲人として、来客した。どんな儀式だったかは覚えてない。

その日から辰麿はキスし放題である。人目に付かないところに、連れ込んでは小手毬の唇を吸う。大して不愉快にならないのは、幼馴染だからか、辰麿の言う所の龍の本能のなせる爲なのか。

術で言葉を封じられている事もあり、あれほど味方だった。七緒ですら、「らぶらぶでいいよね」と言って来る始末。辰麿の嫁になるかと人生諦めそうになってしまいそうだった。

どうも衝動的に自殺しそうになる。私の気持ちを分かって欲しいだけなのにと小手毬は思った。

所要があって一人で行ったビルの屋上が庭園になっていた。何気にエレベータで屋上に上り、庭園に出た、冬の庭園は常緑樹の緑があるとは故、目ぼしい花も咲いてなく寂しかった。思ったほど人気もない寂しい所だった。

葉が刈り取られて殆ど棒みたいな薔薇の花壇の後ろに常緑樹がこんもり茂っていた。その後ろにも通路があるようだったので行ってみた。さして高くない鉄柵の向こうが空中だった。

暫くそこでどうしたものかと感慨にふけった。自殺するほどのことではないが、辰麿と意に反して結婚させられることは、どうしても許せない。心が晴れぬまま、一通り庭園を回って一階に降りた。

一階はコンビニとスタバックスコーヒーに雑貨店が数店ある、オフィスビルのショッピングゾーンだった。女性向けの服と雑貨の店を試しに覗く。ピンク色やら花柄の好みの商品もあった。新しいのを買わなくてはいけないパジャマもあったが、品定めする気にならず。重い足を引きずってビルを出た。

辺りはだいぶ暗くなっていた。駅よりの正面口から出たはずだった。辺りは暗く大きなビルしかなった。

目の前の横断歩道を渡りながら、別の出口から出たのだと気が付いた時、車のクラクションが大きな音で鳴った。車が急停車する、信号機は赤で、横断歩道の中で立ち止まっていたのだ。

背の高い男に抱きかかえられた気がした。元居たビルの公園のような植え込みの奥に連れて行かれたのだった。

「あっ、ありがとうございます」

「お嬢さん、気を付けてくださいよ」

男は長身で黒い着物に羽織を着ていた。羽織紐は緑の勾玉を幾つも連ねた風変わりな着こなしだ。細面の顔に切れ長の目、端正な顔立ちの男だった。着物を着ているのと端正すぎる顔で、時代劇俳優に思えるくらいの美男だったが、小手毬はその男の額から一本の角が生えていたのを見て、冷っと思った。

「もしかして、辰麿の監視をしている鬼…ですか」

恐る恐る尋ねた。男にはスーツ姿の若い男が付いていて、角は無いが同じような冷っとしたものを感じた。彼らは親子だ。

「野守と申します。あの馬鹿龍の保護と、現世の日本国政府への圧力を掛けることを仕事にしています。地獄の長の仕事が主ですが。あなたも御存じの、閻魔大王は私の部下です」

小手毬はその美しい鬼から目が離れなくなった。

「あのう死のうと思った訳ではないのですが、色々考えてしまっていて、気が付いたら車道の真ん中にいました。馬鹿ですね」

溜息をつくと鬼は小手毬に説明した。

「可哀そうに青龍に術をかけられていますな、お嬢さん。

それとお嬢さんは、もう人間の範疇から、脱しています」

小手毬は泣きそうになった。

「青龍の手から食べ物を貰ったり、唾液を摂取させられていますね」

辰麿と再会して以来、随分食べ物を一緒に食べたりしているし、結納して正式に婚約してからは、何かと口を吸われている。これは不可効力なのだ。 

「水神辰麿は青龍と云う、世界に五匹しかいない龍の一匹です。私のような鬼よりも、キリストや仏陀よりも、長命で格の高い、神の一種・神獣です。     

世界で一番我儘で困った龍です。

あなたは青龍に捧げられた生贄なのです。この世界を護るため、この地球が捧げた生贄でもあるのです。

貴方があのまま、車に轢かれ死んでも、地獄の三途の川で辰麿が待っているでしょう。そのまま地獄の五つ星ホテルに連れ込まれて、性行為に及ばれてしまいます。死んでもあの世で辰麿が待っているのです。

此のまま現世で生きて、結婚することをお勧めします。その方が痛くないでしょう」

「あー。確かにその方が痛くなさそうです」

ちょと小手毬は笑って見せたが、ブラックだと思った。

「生贄の女性は、あの世で優遇されています。パートナーと別れることは出来ませんが、自由気ままに贅沢な生活を楽しんでいます。

少し説明しますと、あなたが死ぬか、辰麿の一番上の子供を出産することで、我々の仲間として、不老不死の生命を得ます。あなたは特別な存在なのです」

ビルの壁際で闇に隠れているとはいえ、会社帰りのサラリーマンが植え込みの向こうの歩道を普通に歩いている。さっき渡ろうとした道路は多く車が行き交っていた。現世の人間の営みの直ぐ傍に鬼がいるのだ。小手毬はそれに驚くでもなく、普通に受けている。これ自体辰麿の術なのだろうな。

鬼の親子と別れた後で元来たビルの中に戻り駅側の大きな入り口に向かった。人間の世界は明るく煌めいている、その対比が小手毬を安心させた。

 

御神体なのに神主養成所に通っています。



前話 四話 龍の生贄④
https://note.com/edomurasaki/n/nfc88defd4ec6

つづき 五話 ようこそ不老不死の世界へ①

https://note.com/edomurasaki/n/n151e96b0386b

東京に住む龍・マガジン まとめ読み出来ます。

https://note.com/edomurasaki/m/m093f79cabba5

一話 僕結婚します

https://note.mu/edomurasaki/n/n3156eec3308e


鎌倉巡り 着物と歴史を少し
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四話 ④ あとがき



古式豊かに振袖着て結納、一億歳の龍なんで正式に結納を取り交わしました。神獣は儀式にこだわる。青龍=辰麿君は、人間になっているときは神主だから、神前結婚式もします。この小説では今のところ出る予定がないのですが、鳳凰や麒麟とも友達だったりして、オタクなのにリアル充実していて、お友達は多いタイプです。

青龍の保護者で研究をしている、鬼神野守と小手毬が出合いました。

この小説について

「青龍は現生日本に住んでいた。現世日本政府は龍のお世話係で、あの世の支配下にあった。人類は龍君のお嫁さんを可愛くするためだけに進化した。
 青龍は思った
『1億歳の誕生日に結婚しよう。そう20歳のあの子一緒になるんだ。』
 そんなはた迷惑な龍の物語である。」

 異世界に移転する小説ばかりなんだろう。みんな現世に疲れてる?でも反対に、異界の者が現世にいるのはどうだろうと思ったのが発想の源です。思いついて数秒で物語のあらすじと、主なキャラクターが思い浮かびました。でも書くのは大変です。

 そうだ私の好きなもの満載の小説にすればいいんだ。平安装束、着物、古建築、在来工法の日本家屋、理系男子…… そう「龍君の東京リア充生活」は現代を舞台とした小説で、一番平安装束率の高い小説を目指しています。

 小手毬さんと龍君と呼ばれる青龍=水神辰麿君は、現世も天国も地獄も宇宙空間にも、自由に行けちゃうので、大変です。

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