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ボウズの日

冷たい雨の降る木曜日。
昨日は店の外からまったく人気[ひとけ]を感じない、
静かな静かな木曜日でした。

18時に開店しても、まだお客様は来ません。
ノートを開いて三月の営業についての作戦を練っていきます。
こんなビールを揃えて、フードメニューはこうしよう。
ビールがこうなら、クラフトジンやサワーはこうしよう。
だいたい六週間先までの作戦を立てていきます。

19時になりましたが、まだお客様は来ません。
ホントは経理業務をやりたいのですが、
レシートをバッと拡げなくちゃならないので、
お客様がいらっしゃる想定があるとなかなかできません。

経理業務ができないんなら、と
七年半使い込んで刻まれたカウンターの擦り傷に、
キズ修正ペンを塗り塗りしていきます。

20時になりましたが、まだお客様は来ません。
いよいよ、七年半で初めての“ボウズ”を意識しはじめます。

でも今日は、今やれることは全部は準備した
という気持ちがあったので、もう仕方がないという
諦めにも似た達観のような感覚すらあります。

21時… 嗚呼、ああああ…
今年はお花見ができるかなと考えてみたり、
息子が高齢のお母さんを驚かすだけの動画を見て笑ったり、
ここでラジバンダリって言ったらおじさんだなと思ったり。

駅から離れた住宅街の中にポツンとあるわけですから、
もう来ない時はホントに仕方がない。
今まで毎日どなたかいらしてくださっていたことが
奇跡だったのかもしれません。

あと30分で22時を迎えようという時に─────

ガチャっ

「い、いらっしゃいませ!」

「シウマイください」


ガチャっ

「い、い、いらっしゃいませ!」

「シウマイください」


ガチャっ

「いらっしゃいませ!!!」

「ええと、シウマイ」


ガチャっ

「いらっ… い、一年振りじゃないですか!」

「もう四軒目だよぉ〜」


やっぱり、やっぱり、やっぱり、今宵も酒場は楽しい─────
2024.3.1

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