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オペラ「椿姫」の乾杯の歌:Libiamo ne'lieti calici (Brindisi)/Giuseppe Verdi

朝ドラのヒロインが歌っていた
イタリアンオペラの名曲「乾杯の歌」

ちょっと前に朝ドラの「エール」を見ていたら、ヒロインが懐かしい曲を歌っていたので、ご紹介してみたいと思います。

動画はロンドンの南にあるGlyndebourneっていう場所のオペラハウスで上演された「椿姫」なのだそうです。主人公のヴィオレッタ役はロシア人歌手のVenera Gimadievaさんで、恋のお相手アルフレード役はアメリカ人歌手のMichael Fabianoさん。でも歌っているのはもちろんイタリア語です。

そもそも「椿姫」ってなんだっけ?
小説版であらすじをチェック

忘れもしない高校2年生の初夏。
ひとりぼっちで読んでいた「椿姫」の表紙を見て、人懐っこいMちゃんが「それカワイイね、おもしろいの?」って声をかけてくれていなかったら、私の青春はどれほど孤独なものになっていたであろうか……。
おしゃれな表紙を付けてくださったデザイナーさん、ありがとう。

フランス人作家アレクサンドル・デュマ・フィス(有名なお父さんとごっちゃにしないように小デュマっていう呼び方もする)が、自分がお付き合いしていた女性をモデルにして書いた恋愛小説が「椿姫」です。

主人公マルグリットはパリの社交界に燦然と輝くゴージャスな高級娼婦なんですが、そういう生活って人間を疲弊させますよね。
ぎらぎらした世界に疲れ切ったところに、あるパーティでお知り合いになるのが、真っすぐなアルマン青年。ふたりは恋に落ちて、田舎に引っ込んで穏やかな暮らしを楽しみます。
ですが起承転結の転、事態は悪い方へ。
えぇとこの坊ちゃんなアルマンの父親が、息子が高級娼婦と同棲しているという話を聞きつけて、前途洋々たる息子のために身を引いてくれと談判をもちかけ、マルグリッドを説得してしまいます。
マルグリッドは娼婦稼業に戻り、アルマンは傷心旅行へ。
ただでさえ心身を切り売りする生活に疲れ果てていたところに、愛する人を手放したことで打撃を受けたマルグリッドの身体を、持病の結核が蝕んでいきます。
思い切ろうとしても、思い切れないのが恋心。たとえ身の滅んだあとであろうとも、いつかは自分の愛を想い人に知ってもらいたいと、マルグリッドはことの顛末を手記に残し――。

この小デュマの小説を下敷きに、内容に改変を加えながらオペラ作品化したのが、イタリアの誇る大作曲家ジュゼッペ・ヴェルディの「椿姫/ラ・トラヴィアータ」です。

人生の喜びと儚さを高らかに歌う
ヴィオレッタの「乾杯の歌」

ヴェルディの「椿姫」では、主人公の名前はマルグリッド(マーガレット)からヴィオレッタ(スミレ)へ、恋人の名前はアルマンからアルフレードに変更されています。

そしてタイトルも「La Dame aux camélias/椿の貴婦人」から「La traviata/道を誤った(堕落した)女」へと変更。
やっべぇタイトルですよね。
でも、ヴィオレッタが悪く描かれているかというと、そうでもありません。

私はこのアンナ・ネトレプコさん(ロシア人)のやつが一番好きなので、ぜひSpotifyで存分にお聞きいただきたいんですが、このめっちゃ強そうな誇り高い感じ、すごくいいと思いませんか?
まさに輝く夜を統べる女王の賛歌。

日本語だと「乾杯の歌」っていうタイトルになることが多いみたいなんですが、イタリア語版だと「Brindisi/乾杯」のほかに、冒頭の一節をとって「Libiamo ne' lieti calici/喜びの盃を飲み干そう」と呼ぶこともあります。

そのフレーズの続きも見てみましょう。

Libiam ne' lieti calici che la bellezza infiora,
E la fuggevol ora s'inebri a voluttà.

美が花で飾り立てる喜びの盃を飲み干しましょう、そして儚い時間が快楽に酔いしれる。

日本人になじみのある「命短し恋せよ乙女」のフレーズを、人生を楽しみたいと願うすべての人間に拡大して歌うと、だいたい「乾杯の歌」なんじゃないですかね。

いわゆる「浮かれ女」の零落って、小野小町が乞食に成り下がる「卒塔婆小町」だとか、紫式部が「源氏物語」で愛欲と虚構を描いた罪で地獄に落ちる伝承だとかで、日本でもおなじみの展開だと思うんですが、あの華やかな「乾杯の歌」のパーティから病床へと転落していくヴィオレッタは、弱ろうとも傷つこうとも、ちっとも惨めには見えなくって大好きです。

上記のワンフレーズに登場した voluttà/快楽 っていう単語なんですが、いかにも娼婦っぽい肉体的な喜びを表すこともあれば、音楽や絵画を通して味わうような精神的な喜びを表すこともあるそうなんですよね。
この曲の時点でのヴィオレッタは、酒精と哄笑と肉欲の喜びに満ちた夜を支配する娼婦ですけど、やがて物語のなかでアルフレードからの愛と、アルフレードを想う気持ちを表現する手段を手に入れ、快楽の両面を味わいつくして、つかの間の人生を駆け抜けて行くんだなぁって思うと、すごく一貫性のあるパワフルなキャラクター性が、愛しても愛したりない気がします。

正直なところ、オペラのイタリア語には非対応型の人間なので、付け焼刃でいろいろ語るのもお恥ずかしいのですが、とにかく「乾杯の歌」の華やかさは聴けば伝わるものですし、上にあるリンクのどっちか1つでも押してくださる方がひとりでもいらっしゃれば、推薦文を書いてみた甲斐もあったかなぁって思います。

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