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奢り/奢られにまつわる、サラリーマンの悲哀

おしゃれなイタリアンと密かな致命傷

職場の男性の先輩に誘われて飲みに行った。お店の選定は私が買って出て、選んだのは銀座一丁目の「俺のイタリアン」。

前々から名前を聞いて気になってはいたが、行く機会がなかったので、これ幸いとばかりにセッディングした。行ってみると「俺のフレンチ」と「俺のイタリアン」が隣同士にあって、それぞれにジャズ・シンガーが演奏して歌う時間が設定されている。

よくよく観察してみると、歌い手と演奏家の人が、隣りあった2つの店舗、約30メートルぐらいの距離を分刻みのスケジュールで反復横跳びしていた。

中年の男2人ぐらいで行くにはちょっとオシャレすぎたかなぁと思っていたが、自由人に見えるジャズ・ミュージシャンも、我々サラリーマンと同じように雇い主の指示を受けてピョンピョン跳んでいるんだなと気づくと、何だか勇気づけられた。

2人の宴が始まると話は盛り上がり、ビール、ワイン、スパークリングワインと、ガンガン杯が空く。

エコアニ「先輩のご家庭はお小遣い制ですか?」

先輩「お小遣い制だね。月3万。使えるお金が限られてるから、節約のために細々とポイントを集めを頑張って、月1000円分ぐらいのポイントを貯めてるよ」

お会計は1人あたり7000円超。ここは俺が少し多めに出すよ、と先輩は言ってくれた。その後、帰り際に「また飲みに行こう。今度は〇〇のお店とか行こうよ」と笑顔で声をかけてくれた。

私も以前に行ったことがあるのだが、そこで挙げられた店は一人当たりのお会計相場が3000円ぐらいのお店だ。その時はじめて、私は自分のお店選びのせいで先輩のお小遣いに深刻なダメージを与えてしまったことに気づいた。

月3万円だとすると、7000円超のお会計は1週間分に相当する。その後、先輩の1週間のお昼が味噌汁だけになったとしたら、完全に私が戦犯である。

長い独身生活の中で、知らず知らずのうちに釣り上がった自分の金銭感覚に気付かされた瞬間だった。

そういえば、役職がかなり上の人でも、飲み会の傾斜によって単月だと収支が赤字になり、ボーナスでなんとか補填しているという話を聞いたことがある。

武士は食わねど高楊枝。立場とか年齢というのは、日本男児たちにやせ我慢を強いるのである。

都市伝説レベルなので、真偽の程は定かではないが、日本には結婚しないと人生経験が足りないとみなされて、出世ができなくなる会社があるらしい。それってつまり、お小遣い制で苦しんでいる男のことを慮って、プライドを傷つけない形で気を遣える人間ってことなのではないか。

先輩や上司としてのメンツにこだわるこの心理、女性の方々には理解しづらいかもしれない。しかし、背伸びをして格好をつけようとするのは男にとってガソリンのようなもので、これを失うと燃料がなくなった飛行機のように高度がドンドン下がり、やがては墜落を待つばかりになってしまう。

男の哀しき運命を噛み締めながら、私は飲みに行く時の好き勝手な店選びを戒めようと心に誓ったのだった。

OBが学生たちを恐れる理由とは

ひょんなことから大学OBとして将棋の大会に参加することになった。参加資格の制限が緩いためかとんでもなくハイレベルで、周りの参加者に聞いてみると、「勝てなさすぎて嫌になって来なくなる人が結構いる」らしい。

実際に対戦してみると、「将棋とはこんなに過酷な競技だっただろうか」と思うぐらいのキツい勝負だった。みんな、こちらが指されたら嫌だなぁと思う手をことごとくやってくる。

ヒイヒイ言いながらもその日はなんとか1勝を挙げたが、これは大変だ(トータルでは1勝1敗)。

ちなみにこの大会、現役大学生の子たちと一緒にチームを組んでの団体戦だったのだが、若者たちとの交流でエネルギーをもらいたいなぁ、なんて漠然と思っていた。

ところがである。OBメンバーが学生と最小限しか喋らない。たしかに、年齢でいうと一回り以上離れている。流石に世代が違いすぎて話しかけづらいというのはある。

その日のプログラムが終わった後、学生とOBがグダグダとたむろしていると、OBの1人が「お金あげるから学生のみんなは飲みに行っておいで」と声を上げた。2名が千円札を何枚か取り出して学生に渡す。私も後に続こうと5000円取り出すと「それは出し過ぎ!」と制止された。

確かに、初出場の私が多めに出すと古参メンバーの顔が立たない。学生たちにとりまとめたお札を渡した後、OBたちだけで連れ立って飲みに行くことに。

お店をどうするかノープランのままブラブラと歩くと、先程お金を出す提案をしたOBの人が「どこでもいいよ」と元気よく言う。

私がスマホで調べて1人5000円ぐらいのお店を提案すると、途端に目が泳ぎはじめた。

はっはーん、なるほど。経済的にあまり余裕がないから、予算オーバーなんだな。だから先ほど私が5000円出そうとした時に、「学生への奢りの相場が上がってしまう。マズイ!」と思って慌てて止めたのだ。学生たちにそこまで話しかけないのも、奢らなくてはいけない流れになるのを避けるためだ。

正直いって格好良くはない。しかし、上がらない給料と増税、さらには物価高の三重苦状態である現代の日本では、こういった光景が増えているはずだ。収入の減少は結婚だけではなく、世代間の交流にも深刻な影響を与えるのである。

こうして、男3人連れ立って居酒屋チェーン店に行くことに。2時間ぐらい飲んだが、お会計は1人当たり1800円。こないだいきなり呼び出されて友人と14000円の寿司を食べに行った時のことを思い出し、同じ日本にこれだけの格差があるという事実を胃袋を通じて実感した。

独身貴族たちと寿司を食べていた時「ボードゲーム仲間を増やしたいよね」という話題になり、「だったらボードゲームカフェに行って友達作ったらいいのでは?」と私が言ったら、「それはね、経済力が違う場合があるからダメなんだよね」という返しが来た。

稼ぎが違うということは、結構な確率で仕事に向き合う姿勢も異なっている。チェーン居酒屋で話していたOBたちは勤労意欲が0だと言う。一方で稼いでいる人間たちは、自分の業界の将来像とか、次のキャリアプランなどについて熱く語っていたりする。

恐ろしいのは、飲みに行ったOBと独身貴族たちがみんな2〜3歳ぐらいしか違わないほぼ同世代ということである。この差は月日が経つにつれてさらに大きくなるだろう。

今後の世代間交流は、定額で遊び放題なゲームのオンラインプレイが主流になりそうである。

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