「ノウハウ継承」の障壁をいかに突破するか
「属人化している組織はダメだ」というのが組織論の常識になって久しい。あいにく私のやっているシステム企画の仕事は属人化のオンパレードな分野で、「この人が抜けたら分かる人が誰もいない」ような事象がそこらじゅうで起きている。
これはシステムが「目に見えない建造物である」側面が大きく作用していると思う。
「現状の作りはどうなっているのか」と「落とし穴がどこに潜んでいるのか」を知るのに苦労するのである。膨大なドキュメントを漁って読み込んだり、有識者と一緒にいくつものプロジェクトを経験しないと身につかないのだ。
かくいう私自身も「自分しか知らない仕事」を後輩くんに絶賛継承中である。そこで、現在進行形でスキル承継に取り組んでいる中で私が気づいたことについて紹介してみたい。
ノウハウ承継は師匠のクローンを作ることがゴールではない
師匠の頭の中にあるものをそっくりそのまま弟子の脳みそに移植するのは、時間をかけて時代遅れの人間を作るだけだ。これは目標にはなりえない。
師匠から弟子にコピペすべき情報は、基本的に「基礎知識」と「このノウハウでできないこと」の2つだけだと私は思っている。
基礎知識はないと現状の理解がままならない。ノウハウの限界については「できないことを何とかしようとして苦しむ」事態を回避できるので、効率が良い。
また、限界値の話は「どうやったらこのノウハウの限界を超えることができるのか?」という、未来に向けた思考の足がかりになる。
「なぜこのノウハウだとできないのか」の原因・解決策まで特定して引き継げれば理想だが、人手不足の現代社会で教え手にそこまで求めるのは酷だろう。
さて、伝えるべき情報は絞り込めた。次は情報を伝える際に出てくる課題を考えてみよう。
ノウハウ継承で意識すべき「人間のバイアス」
ついこの間までノウハウを継承する側だったので実感したのだが、人から10の内容を聞いて10をそのまま自分の脳みそにしまい込める人間はこの世にいない。
人間は誰しもが「事実○割、私見△割」といった具合に、受け取った情報の一部に自分の主観を混ぜ込んで格納している。私見は独自の付加価値を産む源泉になることもあれば、事実誤認となって情報の流れをかき乱す要因にもなる。
当然、事実誤認は少ない方が最短距離でゴールに辿り着けるので、ビジネス的には望ましい。
ビジネススキルの向上とは、「私見が付加価値に繋がる割合の上昇(=事実誤認する割合の減少)」のことである。
優秀さの物差しはあくまで「事実誤認の少なさ」と「付加価値に繋がる私見が示せるか」であって、受け取った情報にどれぐらい私見を混ぜているかは優秀さの尺度ではないことに注意してほしい。
私見の割合が高い人は、それらをきちんと付加価値に繋げられるのであれば「アイディアマン」と呼ばれる。
事実をそのまま受け取る割合が突出している人は、「正確無比に仕事をこなす優秀な担当者」になるのである。
つまり、ノウハウ伝承では後継者候補の人間の特性を見極めて、それに合わせた情報の伝え方を工夫する必要があるということだ。
では、上記の2種類の人間への伝え方をそれぞれ考えてみよう。
事実5割、私見5割
事実誤認の割合によって当たり外れが大きいのがこのタイプである。私見5割の部分が事実誤認だらけだと職場は大混乱だ。
事実誤認による混乱を避けるため、教える人間と教わる人間のそれぞれでできる工夫を挙げてみよう。
特に教わる人間の2つ目が重要で、この習慣が身に付かないといつまで経っても自立できない。場合によっては教える人間からも働きかけすべき事項である。
事実9割、私見1割
自分の私見をあまり交えず、忠実に指示通りの仕事をこなすイメージの人間である。
伝える情報に曖昧な部分が残っていると動けなくなるため、言葉遣いに神経を巡らす必要がある。
そこさえ押さえれば事実誤認のリスクが少ないので、スルスルと伝達が進む。その代わり「事実5割、私見5割」の人よりも発展性は少ない。
偉い人が前述の2種類のうちどちらの後継者候補として割り当てるかで、その仕事をどう回してゆきたいか(ルーチンワークにするか、将来の発展形を狙うか)の思惑が推し図れるのである。
仕事を任せるため、相手の属性を考えながらコミュニケーションを取ることを意識し出すと、長年一緒に働いている職場メンバーであっても「あれ、この言葉選び大丈夫だっけ?」と緊張感が出てくる。
それは、ノウハウ継承に向けてあなたが歩みを進め始めた合図なのだ。
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