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パリのバスで会話したおじさんの家に呼ばれてアンアン言わされてしまった話

注:性的・ショッキングなシーンはありませんので安心してお読みください。

私がフランスに留学していたのはもうかれこれ10年前のことだが、海外ヘ旅行に行ったり留学した学生さんたちが怖い目にあったり、殺害されてしまったなどという話を聞くたびに今でも思い出すエピソードがある。それがタイトルの話である。
ああ、あれは笑い話で済んだけど、相手が悪かったら今生きていなかったかもな。と今になって恐ろしくなるのである。
なのでこの話は、面白いかもしれないけど、良い子は絶対マネしちゃダメよ、という戒めを込めて書く。
またパリとその周辺の地理に詳しい方には、よりリアルさが伝わるだろう。

留学して数ヶ月経った頃、私は出先から帰宅するバスに乗っていた。
なんの用事でバスで帰ることになったのか忘れてしまったが、あまりそのバスには乗ったことがなく、目的地が近づくと、次の停留所で降りるんだっけ?と車内の路線図と走っている場所を何度も確認していた。
すると近くに座っていたおじさんがどこで降りるの?と聞いてくれて、「え、Exelmans・・・」と自信なさげに答えると、「ああ、じゃあ次だね」と私が間違ってないことを裏付けてくれてホッとした。ほどなくバスは降りる停留所に着き、私はおじさんにお礼を言ってバスを降りた。

数日後、私はまた違う路線のバスに乗っていた。
今度はパリ南東の13区にある中華スーパーへ向かうためだった。
先日乗ったバスとは全く違う方向だった。
しばらく普通に乗っていたのだがなんとなく視線を感じてあたりをみまわすと、一人のおじさんがこちらを見ている。
ん?この間会ったおじさんと似てなくもないけど・・・外国人のおじさんみんな同じに見える、てのは言い過ぎかもだけど5パターンくらいしかないからなぁ・・・などと考えていたら、そのおじさんが話しかけてきた。
「この間もバスで会ったマドモワゼルかい?!」
やっぱり同一人物だった!びっくりしながらも「う、うぃ〜!!」と全然板についてないフランス語で返事をする。
おじさんも全然違う方向のバスで数日の間に二度も遭遇したことにとても驚いていた。「お〜なんというミラクル!よかったら友達になろう!これ僕のメールアドレス!お、降りなきゃじゃあね!」的な感じでメアドを書いた紙を私にくれて、おじさんは降りて行った。

フランス人は老いも若きもナンパの達人である。
露骨にグイグイ迫ってくる野郎もいるが、最初ナンパと気付かせない手練もいる(「今何時?」と時間を聞いてくるのはバレバレの手口だけど)。
若造は警戒しても、こちらが全くその対象としてみていないおじいちゃんも向こうは対等と思っているのでうっかり油断するとまとわりつかれる(私はモテなかったので、あくまで一般論)。
はてさて、あのおじさんはナンパなのだろうか。
ナンパにしては実に爽やかであるし、自分の連絡先だけ教えて去るのでは発展しない可能性大なのに・・・?それともしつこくしないのが成功の秘訣ということまで計算してる達人なのだろうか・・・
などといろいろ考えてしまったが、当時住居面で悩みを抱えていて落ち込みがちだった私は、少しでも引っ越し情報の足しになるならと思い、おじさんとメル友になることにした。下手くそなフランス語で自己紹介やら、引っ越ししたいことなど書いて送った記憶がある。

その後、何度かメールをやりとりしていたら、おじさんから「今度僕の家に晩御飯食べにこない?」とお誘いが。普段ならものすごく警戒するところだが、事情があってその時住んでいた家にあまりいたくなかった私は二つ返事でオッケーしてしまった。
でも返事をしてすぐに後悔した。これはあかんやつや。

怖気づいた私は頼り甲斐のある留学仲間の友人に相談した。
「何やってんのよ!そんなの危ないに決まってるじゃない!!!」
私の話を聞くなり彼女は絶叫した。当たり前である。
「そ、そうだよね、おじさんがそんなつもりじゃなくても、なんとかして断らなきゃね・・・申し訳ないけど・・・」
「私もついていくから!おじさんにそう送って!!」

え、ええええええ〜〜〜〜〜

かくして私は友人を巻き添えにして、おじさんのお宅にお邪魔することになったのである。
おじさんの家はパリ近郊のIssyという町の丘の上にあるそうで、徒歩では大変なのでパリのはずれのPorte de Saint-Cloud駅まで車で迎えに来てくれるという。
夕暮れせまるパリのはずれで、私と友人はドキドキしながらおじさんの迎えを待っていた。ほどなくしておじさんが車で到着。もう後には引けない。私たちは決死の覚悟で車に乗り込んだ。
車はパリを出て郊外の道路を走り始めた。そして噂に聞いていたIssyの丘を上り始めた。
あ、アカン・・・これは何かあっても自力では逃げられなさそうだ・・・

隣では友人がケータイを握り締めたまま固い表情をしていた。

しかしおじさんは上機嫌に車を走らせ、程なくして見晴らしの良いおじさんの家に到着し、私達を家の中に招き入れてくれた。そしてあらかじめ用意されていた手料理が振る舞われた。ワインもすすめられたがよく知らない人の家で酔っ払うのは流石に怖くて、申し訳ないが口をちょびっとつけてやめておいた。

だがどうもおじさんは本当にただ親切心で私達を招待してくれたようだった。私の何倍もフランス語が流暢な友人はおじさんと楽しそうに会話していた。どうも恐れた事態にはならなそうでよかった…と少し安心。

ところがである。

お腹もいっぱいになったところで、じゃそろそろお暇します、と腰を上げたその時。

「待ちなさい!まだ君たちを帰すわけにはいかない!」

…やはり、世の中そんなに甘くはなかった…!!

キャアアアアアアア〜〜〜!!!!!


「…アン!」

「まだダメだ!もう一度!」

「アッ…アン!」

「ノン!まだまだ!」

「アンッ!!」

「ノンノン!もう一度!!」

「アーン!!!」

「ノンノンノーン!!!」

…そう、無事に帰れるかと思いきや、私達はおじさんに引き止められ、アンアン言わされてしまったのだ。

何をされたかって?
それは世にも恐ろしい・・・・

…フランス語の鼻母音の練習だった。

鼻母音の説明は面倒なのでプロのサイトに丸投げしておく。

https://www.alf-francais.jp/news/2018/000142.html

私のフランス語のあまりのできなさに辟易したおじさんが、ちょっとトレーニングしようと言い出して、この鼻母音の発音練習をゴリ押ししてきたのだった。しかし耳もオツムもあまり出来のよくない私がそう簡単に正しい発音を取得できるわけがない。さっさとおじさんから『合格』をもらって解放された友人は苦笑しながら私を見守っていた。

何がどうなって『帰っていいよ』となったのか、どうやって帰ってきたのかすら今となっては記憶にない。小さい子向けのフランス語の教科書を何冊か渡されたのは覚えている。とりあえず、おじさんが凶悪殺人犯で車で森に連れ去られた挙句暴行されてバラバラにされて遺棄される、なんてことはなかったのでこうして今も生きている。
でも、最初に書いたように、相手が違ったら、一歩間違えたらどうなっていたかわからない。

ちなみに、おじさんの必死のトレーニングは功を奏さず、私は結局今でも鼻母音の正しい発音はできないままだ。




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