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読書記録:公務員、中田忍の悪徳 (4) 著 立川 浦々

【忍び寄るは容赦なき現実、打ち寄せる波紋が齎す物】


【あらすじ】

謎のメッセージと共に齎された“異世界エルフ”アリエルの身分を公的に証明する書類の数々。

多くの問題を解決し、忍の目指す異世界エルフの社会的自立を大きく支援する筈のそれは、同時に『公的機関のデータベースを自在に操り、インターネット通信を常時監視しているかの如き、超越的な謎の監視者』の存在を暗示する物だった。

アリエルを救う為には、超越的な謎の監視者の力を借りなければならない現状。
その現状の前で、行動を移す仲間達。
家族を守るべく戦線を離脱する徹平、遠ざけられた由奈、空回りする環、じっと見守る義光。

社会的弱者であるアリエルを公助すべき現代社会もまた、中田忍を苦しめる。

いち現代人として、いち地方公務員として、目を逸らせない、社会の闇がアリエルの自立を目指す忍の前に横たわる。

そんな葛藤を抱えたまま、ある真夜中。

完全体異世界エルフの装いとなり、己の前に立つアリエルを前に、忍はぽつりと呟く。

「さよならのためか」
「ハイ」

敵は、逃れられない現実。

夕闇迫る江の島シーキャンドルの頂上で忍を襲う、前代未聞の「悪徳」とは。

打ち寄せる新たな波紋は、忍から何を奪い、何を与えるのか?

あらすじ要約

アリエルの社会的自立を目指す為に忍が奔走する中、現代社会の容赦ない洗礼を受け、個人での解決で無く仲間を頼る物語。


アリエルを社会的に自立させる為に不可欠な公的証明。
それを公務員でありながら、偽造する事になる忍の葛藤と苦悩。
国の厳密な法網を掻い潜って、作成したそれは紛れもなき忍の罪の証であり、疑いようもない悪徳である。
大切な者を守るには手を汚す必要がある。
しかし、未知の敵の脅威だの謎の監視者の恐怖など忍にとっては今に始まった話で無い。
そうやって、開き直って自分に言い聞かせてみるが。

だが、他に頼る宛もない美少女を匿い続ける事は、遵法精神や責任感がある社会人には荷が重いのも現実である。
弱者を死なないように保護する福祉制度「生活保護」担当の公務員である忍だからこそ。
アリエルの意志や尊厳と、綺麗事ではない社会の醜い部分を何とか擦り合わせようと努力するが。

今の現代日本では、よそ者が生きる環境設備がまだまだ不十分である。
ましてや、異世界からきたエルフには、戸籍もなければ、価値観も違う。
よそ者を排斥しようとする日本人の国民性が顕著に現れる。
周りと協調する事が美徳とされ、異分子は村八分にされる。
普通からズレた者は常に監視対象であり、そんな異端を受け入れる余裕が、残念ながら今の国にはない。

忍はそんか狭量な社会の闇に抗うべく、アリエルを生き永らえさせる作戦を全部、自分でやろうとした。
しかし、一人で全てを抱え込むには今のアリエルには問題がありすぎた。
そんな、周囲を頼れず、限界値を迎えていた忍の家に届いたアリエル名義のパスポート。
それに、「君の望むまま」にという謎のメッセージ。

しかも、それだけでは終わらない。
徹平の家にはマイナンバーカード、由奈の家には国民健康保険被保険者証。
義光の家には実印と思しき印鑑と印鑑登録証、そして環の家には帰化省の身分証明書。
まるで忍の仲間達の内情を、全て知っていると言わんばかりに、それぞれの家にアリエルの身分を保証する物が届く。
つまるところ、それらを改竄してしまえるような謎の監視者が自分達の傍にいる事が明確になったのだ。

住民票が指し示すのは、既にアリエルが「河合アリエル」として、忍の同居人となっているという公的扱い。
だがそれが示すのは根本的な恐怖。
何とも薄気味悪く、自分達の預かり知らぬところで動いている謎の存在。
「公的機関のデータベースを自由に改竄し、インターネット通信を常時監視している」
そんな力を持つ者は、どんな意図があってこんな事をするのか?

そんな薄気味悪い事実を突きつけられて。
守るべき者を持つ徹平は離脱して、更には由奈は遠ざけられて、義光も自然と距離をとってしまい。
チーム中田忍は解散の憂き目に直面する。

離散すり仲間達の中で、環の提案により異世界エルフの生態を解き明かす事から始めてみる。
義光の口八丁の力を借りて、閲覧した郷土資料館の残された秘密の資料。
耳神様を表したと思しき謎の絵画に描かれていた狂暴な力を、期せずしてアリエルは発現させかける。

そんな凶暴な力を垣間見て、環が提言した出自の可能性が現実味を帯びる。
アリエルは保護すべき対象ではなく、駆除すべき人類の脅威であるという事実。
そんな事実を否応なく、これ以上ないまでに正しく認識させられる。
だが、アリエルとの生活を手放したくないと。
気持ちが悪いが、素性の分からない謎の存在に齎された公的証明の力を借りて。
何とか、アリエルとこれまで通りの生活を守ろうとする。

謎の存在によって、あんなに難関だったアリエルの戸籍取得が叶う事となった。
そして、否応なしに気付く事となる。
一人相撲では理解出来る事も出来ないという事。
自分のちっぽけなプライドが視野を狭めていた事。
周囲を頼る事は恥ずべき事ではない。
むしろ、全部自分でやろうとして、結局潰れてしまう方が恥ずかしい。
出来ない事は素直に出来ないと認めた方が潔い。

仲間達は、常に日々の激務に追われる忍やアリエルへの対応で徐々に摩耗する彼の心労を心配していた。
考えるべきタスクが増えて、取るべき手間が増える。
忍の日常に関するキャパシティーを、瞬く間に削っていく。
徐々に日常の歯車が狂い始めて、小さなミスが増えていく。

最初から今まで、ありとあらゆる最悪なケースを想定して、未知のエルフと生活していれば。
いずれ、破綻する事など目に見えている。
一から百まで細かく考え続けても、現実はそのように動かないのが常である。
それが分かっていても、凡人だからこそ頑張りすぎてしまうのが、忍という人間である。

そんな忍を仲間達を代表して、一ノ瀬由奈が手を差し伸べるのではなく、尻を蹴っ飛ばすかのような荒療治によって。
仲間達と忍の間にあった、遠慮という名の気遣いが取っ払われる。
友人でもなく、ただの後輩でもなく、恋人でもない。
ただ、誰よりも忍の事を気にかけている。
由奈の真っ直ぐな言葉によって、隙のない機械のような思考から。
人間らしい弱音を吐き出す事が出来た忍。
合理的思考ばかりに囚われていて、大切な事を忘れていた事に気付けた。

たった一人、こんな自分の悪徳に寄り添ってくれる存在に。
さらには仲間の環の提案によって、アリエルの隠された本質が見え始める。
身分を正式に得たアリエルと共に外出する中で。
その習性を少しずつ理解して。
遂には、簡単な日本語を習得した彼女と意思の疎通を図る事が出来るようになった。

雨降って地固まるように、もう一度まとまるチーム。
不器用に始まるアリエルの学習の次のステップ。
それは今の現代社会に、馴染んで溶け込んで行く為のステップ。
いずれ、自分達がいなくなっても、彼女が生きていけるように。
ただ、言い知れない憂慮もある。

彼女を安心して送り出せる社会は本当にあるのか。
それだけがボトルネックであり。
瓶の底を見つめる立場の忍達は、これからどう動いていくべきなのか。
そして、波紋を齎した謎の存在は本当に危険はないのか。

仲間達の知恵を素直に借りる事を覚えた忍は、この憂慮をどのように切り抜けるのだろうか?











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