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読書記録:わたしの幸せな結婚 四 (富士見L文庫) 著 顎木あくみ

【差し迫る嫉妬で身を焦がすは、心の奥に秘めた爪痕】


【あらすじ】

狙われている事が判明し、対異特務小隊の屯所で警護される事になった美世。

警護に付けられた女性隊員は清霞の元婚約者候補で、実力も認められている女性軍人、陣之内薫子 から引け目と嫉妬を感じてしまう。

また女であり、異能者の中でも特異な薄刃の縁者ということで隊員達からも心ない視線に晒される。

一方、清霞も美世が人と接することが増えたことで自分以外を気にかけることを嫉妬したり誤解したりする。

慈しみが、独占欲や嫉妬心に変わってしまう、言葉足らずな二人が、もどかしくも少しずつ距離を縮めていく。

あらすじ要約

清霞の両親に会いに行った帰り、美世達が遭遇した敵方の首魁·甘水から守る為に屯所内に逃避した末に婚約者候補の薫子に愛憎を抱く物語。


心から恋慕する人にも過去は当然ある。
その人にも語られていないだけで積み重ねられてきた歴史があり。
一言では言い表せられない、苦楽を背景とした物語がある。
ただ、自分の知らない事情を背負って歩いて行く想い人を見てしまうと、一抹の寂しさが胸中で渦巻き始める。
何故、その心の爪痕を、自分に話してくれないのか?
そんなに自分は頼りなく見えるのか?
自分以外には、ちゃんとその傷跡を打ち明けられているのか?
美世は理解し合ったと、自分では思い込んでいた清霞の知らない事情を垣間見た時。
寂しさと悔しさが同時にこみ上げてきた。

己の知らない顔で別の人と仲睦まじく過ごしているのを見ると、心の奥がジリジリと炙られる感覚を抱く。
清霞の両親が住む別邸からの帰り、待ち伏せしていた敵方の甘水に「我が娘、迎えに行く」と告げられた美世。
美世は清霞の職場である屯所内で日中を過ごす事になる。
そこで、護衛として紹介された女性軍人、薫子は清霞の元婚約者でもあった。
薫子に持つ美世の感情は嫉妬もあるが、仲良くなりたいという純朴さもあった。
だが、それを阻む甘水と薄刃家の関係性、狙われし美世に秘められた力。
不穏な影が渦巻く中で、本気で愛するからこそ、妬ましくなったり、憎たらしくなる。
人間にとって至極当然な感情に翻弄されていく。

元婚約者候補の薫子は、男尊女卑の世界で自分を対等に扱ってくれる清霞に仄かな恋慕を抱き。
まだ、自分の感情が恋愛だと気づいていない美世が悶々とする。
これが恋愛と気付いて美世を、出来るだけ自分の傍に閉じ込めて置きたいと清霞は願う。

一方で、軍人の薫子は男社会で揉まれながら、一般隊員に侮られていた。
隊員達の女性に対する態度は冷酷であり、言葉の節々に、侮蔑を感じる。
特に隊員の一人である百足山の態度はあまりにも露悪的である。
その理由は、異能者の中でも特異な薄刃家の縁者である事が関係していた。
そんな薫子の待遇を知って、理不尽な扱いを甘受するのではなく、立ち向かってやろうと決意した美世。
一言では言い表せられない複雑な心情を抱えていた美世だったが、薫子と共に過ごす日々の中で。
少しずつ互いに対する理解が深まっていき、初めて友達になる事が出来た。
普段はウジウジして頼りない自分だったが、友達の為なら、美世も堂々と発言が出来る。

甘水から美世を護衛するべく旧都から来た薫子の為に、心を鬼にして隊員達に噛みつく。
初めての友達になる人が、そんな扱いにされる事はどうしても、許せない。
だから、薫子が清霞の婚約者候補だったと知った後でも、他の隊員に対して、激高して声を荒げた。
彼らはそれぞれに、人と接し方が極端で不器用であった。
自分にとって、味方か敵かで判断するしかなかった。

そして、自分の気持ちの置きどころが分からなくて、不器用に嫉妬するしかなかった。
清霞は「五道に対する美世の気持ち」に嫉妬して。美世は「薫子と清霞の昔の恋仲疑惑」に嫉妬して。
薫子は「清霞の許嫁になれた美世の存在」に嫉妬する。

そんな中で、甘水直が屯所を襲撃してきて、美世や対異特務隊隊員の身が、危険に晒される。
更に、別の場所では帝が行方不明となってしまう事件が発生する。
そもそも、甘水直という人物は、薄刃の親戚、母である澄美の従兄弟である。
薄刃新を目の敵にして、異能心教祖師で、人の五感を操る残忍酷薄な底の知れない男であった。

澄美との将来が約束されていたが、家を再建する為に澄美と離ればなれになった。
そして、澄美は斎森家に嫁いで、美世を産む。
美世を我が娘と言って、連れ戻しにくるのはそういった背景があった。
国の乗っ取りを考える甘水は美世の夢見の力と彼女の存在が、喉から手が出るほどに欲しい。
甘水は美世を奪う為に帝を誘拐して、清霞を美世から遠ざけたのちに。
薫子をスパイにして、屯所に張られた結界を内側から崩す計画を遂行した。
薫子は、実家の道場の弱みを甘水に握られて、従うしかなかった。
それに加えて、清霞と恋仲である美世に対する、僅かな意地悪もあった。

そんな悪意を抱く薫子の為に、怒る事が出来たり、自分の嫉妬の気持ちに折り合いをつける事が出来た美世は確実に成長出来ていた。
人から愛されて、必要とされる事で、人は強くなれる。
薫子の裏切りを知って、酷く動揺した美世だったが。
大切な者の為に非情な選択を選ばざるを得ない境遇には、身に覚えがあった。

きっと、美世と薫子は似た者同士だったのだろう。
お互いが、妬ましくて、もどかしい存在であった。
そんな醜い感情さえも、あるがままに認めて、受け入れる事で。
美世が差し伸べた手を、傷ついた薫子が掴んだ。
世知辛い真実を知ったとしても、二人の内に流れる 友誼は変わる事はなかった。
だからこそ、その不安定に揺れた悪心を寛大な心で許してあげた。

そうやって、自分の手にした強さで甘水の陰謀に抗って、苦境に陥った薫子を助ける事が出来た。
あんなに反発しあっていた百足山も、男尊女卑の考えを改めてくれた。
清霞と無事に大晦日に年を越す事が叶って、心の距離がさらに縮まった。

しかし、事態は暗雲が低迷し始める。
まだ、奸計を内に秘めた甘水の不穏な動きによって。
今上帝の失踪の計画や、寝返りを持ちかけられた新。
その暗い欲望が仲間達の心情にまで、ひっそりと忍び込んでいる現実。
静かに清霞と微笑む美世はまだ、その現実を知らない。
何も大きな幸せを望んでいる訳ではない筈なのに。
ただ願うのは、愛しの人と心穏やかに結ばれたいだけ。

ひたすら運命に翻弄されて、裏切り続けられる美世を初めて肯定してくれる存在の為に。
その願いを叶える為には、過酷な運命の荒波に抗うしかない。
そんな願いを妨害する大きな災厄は、どのようにして振り払われるのか。

愛するからこそ、憎むという矛盾した感情と向き合いながら、美世は幸せを掴み取れるのだろうか?




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