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読書記録:七つの魔剣が支配するVI (電撃文庫) 著 宇野朴人

【空を駆けた一条の流れ星と、その軌跡が最後に辿り着いた場所】


【あらすじ】

エンリコの失踪がキンバリーにもたらした影響。

二年連続の異常事態に教師陣も犯人捜しへと動き始め、遂には、学校長自らの尋問が、疑わしい生徒へと及ぶ事になる。

不穏に揺れる情勢下で近付く、 策謀と欲望が渦巻く  統括選挙の時期。
後継者を決めあぐねるゴッドフレイ陣営の前に、因縁の対抗勢力が立ち塞がる。

そんな中、人生を懸けて箒競技のタイム更新に挑むアシュベリーは、大きな壁に悩んでいた。
彼女の助けになろうとするナナオだったが、二人の華々しくも、純朴な活躍は権謀術数が渦巻く選挙に呑まれていく。

一方でオリバーたちの前には、転校生の少年、ユーリィ·レイクが現れる。
軽薄さとは裏腹に、高い戦闘能力を持ち、楽しげに校内を嗅ぎ回る彼の目的の真意とは。

あらすじ要約


教師の度重なる失踪に、学校側は犯人捜しを始める情勢下、統括選挙の時期が迫り、箒競技に人生を懸けるアシュベリーが大きな壁を超越する物語。


獲得した物と喪失した物。
この魔法学院では、その相反する命題に常に生徒は晒される。
エンリコを殺害した代償として、オリバーは満身創痍だった。
狂老との戦いで使った、魂魄融合の影響で肉体が崩壊しつつある狂乱状態であった。
無理が祟った反動として、彼を形成していた余裕と自信は今は面影もない。

いつになく、弱音をこぼして、弱さをさらけ出す。
そんなオリバーを、必死で治癒に専念して、看護するグウィンとシャノン。
そんな二人の懸命な治療を、ただ眺めて待つしかないテレサ。
無力さを痛感しながらも、真摯に心配するテレサとの心の交流によって。
茫然自失だったオリバーは、この痛みに意味を見出す。

この痛みも苦しみも母が残してくれた力だから。
いわば、これは愛する母を感じられる残り香だから。
たとえ、それが己が身を蝕もうと、この繋がりと絆を手放したくないと切に願う。

一方で、己の箒競技のタイムに伸び悩むアシュベリー。
世界最速記録挑戦という壁はあまりにも険しく、大きかった。
箒競技の為に、生まれたといっても過言ではないアシュベリー。 

生まれた時から、定められた目的の為に人生を捧げる事が宿命であった。
その十字架を背負って、生きる事の重み。
愛する人に顔を会わせる事ですら、自らの弱さだとさえ考えてしまう、狂気的なまでのストイックさ。
血の滲むような努力を積み重ねて、一心不乱に箒に乗って駆け抜けてきたが。
いつしか、その努力を純粋に楽しめなくなっていた。

光陰矢の如し。
自分が目標を叶える為に、残された時間はあまりにも短いから。
自らが追い求める目標を叶える為には、日々常人が送っている当たり前の日常を犠牲にする必要があると考えた。
学生らしい恋や青春、全てをなげうって、箒競技に自分の時間を捧げてきた。

そうやって、全てを切り捨ててきた筈なのに。
自分の何が間違っていたのだろうか?
その生き甲斐だった箒競技に、翳りが生じる中で。
タイムを一秒でも縮めようと、文字通り、生命を削って走り出す彼女の苦悩が溢れ出す。
どれだけ時間をかけようと数秒で結果が出てしまうシビアな競技。
今の自分には向かう場所がないのが怖かった。
その苦悩にずっと、寄り添い続けた自分にとっての唯一のキャッチャーである相棒のモーガン。

己の限界を越えて飛べるのも、受け止めてくれる仲間が居たからであったが。
二人は共に運命共同体として、空を駆け抜けてきたが、運命は残酷にも、二人に試練を与える。
それは決別という名の試練。
統括選挙を影で操る黒幕が仕掛けた醜悪な罠。
その魔に呑まれてしまったモーガンに、培った最速の一撃で、共に浄化する道を選んだアシュベリー。
一人になんてさせない、これからはずっと一緒だから。

その覚悟を抱いて、求める物の為に、自らを省みる事なく。
燃やし続けた果てに得た、煌めくような成果。
その最速の一撃が、世界最速記録を更新した。
終わりを受け入れた事で最後の壁は、打ち砕かれた。
空を刹那に駆けた、最速の流星。
自らの可能性の限界を越えて、残された命を燃やし尽くして。
そして、流星は炎の中へと、辿り着いた。

最愛のキャッチャーの胸に飛び込んだアシュベリー。
孤独な少女は、最愛の人の腕の中で、微睡むように眠りにつく。
それは、容赦ない過酷な闇の中で、一条の光が差し込み、照らし出すような優しい居場所。

その努力は、最期にはちゃんと報われて、思うように結果が出なくて、苦しかった箒競技を楽しめる結果となった。
自らを縛っていた心の枷は解き放たれた。
華は儚く散って、真っ白に燃え尽きたが、その塵はどこまでも大きく自由な空へと舞っていく。

その成果を抱き締めて、走り抜けた二人は、残された者に惜しまれつつ、人生の幕を閉じる。
愛する者と、共に連れ添える旅立ち。
幸せで満ち足りた幕引きを、哀しくとも皆は、黙祷して受け入れる。

魔法使いにとって死ぬ事その物が、悲劇なのではない。
この2人の最期の抱擁の在り方から、魔法使いにとって、死と悲劇はイコールでないという事を改めて思い知る。
死とは人生の総決算であり、そのフィナーレへの祝福でもある。
人生をやり切れたなら、寂寥さを伴いながらも、どこか晴れ晴れとした清々しい気持ちを抱くだろう。

一つの戦いが終焉して、また新たなる戦いへ。
この魔導を探究する学院では、生命の価値はあまりにもちっぽけで、あっさりと散り消える。
その生命を使って、何を成したかだけが常に重視される。
別れは過去になり、新たな出会いが待つ未来へとオリバー達を誘う。

果たして、オリバーとナナオは先輩達の顛末のように現世に、心残しをなくして旅立てるのか?
デメトリオの分魂である謎の転校生、ユーリィはどんな思惑を抱えて、オリバー達に近付くのか?
そして、オリバーは己の身体への不調を乗り越えて、宿願である残りの教師達に復讐を果たせるのか?

自らが産まれ持った宿命を仲間と清算する中で、その復讐に救いと意味を見出だせるのだろうか? 





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