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骨ひろい①

 私の住んでいる地域には「骨ひろい」と呼ばれる男がいる。本当の名前もどこにすんでいるのかも私は知らない。
 私が初めて「骨ひろい」を見かけたのはもう十年以上前になる。休日に近所を散歩していると小学生たちが「おい、骨ひろいだぜ」とくすくす笑っている。小学生の後ろから大きな袋を肩に担いだ老人がのそのそと歩いてきた。挨拶をしたが、男はこちらを見ることなくゆっくりと歩いて行った。
 それから私の意識に「骨ひろい」が上ってくることはなかった。たまに道で見かけることはあったが、ただそれだけだ。

 私は大学を出てから二十年間、システムエンジニアとして小さな会社に勤めている。自社で開発を行うわけではなく他社のプロジェクトに期間限定で参画し、やるべきことを終えると私はその場から立ち去る。期間はまちまちで半年しかいないこともあれば、五年もいるときもある。ただ確実なのはある時がくれば私はその場からいなくなるということだ。
 仕事を面白いと思ったことはないが、それなりに収入を得ることができた。結婚はしていないから、金に不自由することなかった。どちらにせよ特に金を使うこともない。生活に必要な出費以外ほとんどしない質なのだ。だから預金は増えていく。私はその増加を無感動に見つめている。その数字は私に喜びも安心も与えず、ただ私から無関係に存在していた。
 出社する前に必ず半時間の散歩をして、シャワーを浴びる。朝食を済ませてスーツに着替えて仕事に出かける。だいたい定時には仕事を終え、夕食後にワインを一杯だけ飲む。その後はシャワーを浴びて、映画を見る。それが週五回繰り返される。何年も同じことを無感動に繰り返しているといろんなことを忘れていく。昔の友達の名前や心を熱くした出来事、一人でいる寂しさという感覚も私は徐々に忘れている。

(つづく)

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