2023年7月の記事一覧
空虚な僕に降り続くインディゴの雨
がらんどうだ
職場に近いホテルを転々として
やっと新しいマンションに越してきたのは
母を残してきた家の
桔梗の花が終わる頃
家から持ち出したものは
ほとんどなかった
手の中に残しておこうと
思えるものはあの家には
なにもなかった
おかあさんを支えてあげる時だろう
同じ仮面を
かぶったように
みな好奇を隠した
親切顔でいってくる
ぼくはうつむいてそっと微笑む
父との思い出に浸っていた
なでしこの指先、薔薇のくちびる、そして朝焼け
父の誕生日
母は毎年ケーキを焼く
イチゴのショートケーキ
季節のくだもののタルト
生クリームで飾ったチーズケーキ
甘い物が苦手だった父は
いつも苦笑しながら
自分で酒の支度をして
これもテーブルいっぱいに
広げられた父の好物を肴に
僕がケーキを頬張るのを見ていた
父の誕生日
僕は買っておいた
スマホを君に渡した
学校では持つことを
禁止されているんです
君との待ち合わせは
さびたブラ
朱色さす夕べ、花石榴の下で
あばら屋
そんな言葉が
頭に浮かぶ
やっているのか
しめているのか
分からない
店の色あせた看板が
ずっと並ぶ路地のその奥
流れのゆるい川辺に
朱色の石榴が咲いている
「ひとごろし」
蛍光カラーのペンキで
殴り書きされた
崩れそうな壁
色とりどりの
それを見て
ここは廃屋などでなく
君が住み家だとわかった
蝉の声が遠い
夕方になって
なお蒸し暑い
僕はネクタイのゆるめ
額を手の甲
灰色の空、灰色の壁、灰色の時間
「殺してやる」
法廷に男が現れたとき
母は血のにじむような
押し殺した声で言った
灰色のシャツを身につけた
細いと言うより貧弱な体躯
あの薄い手のひらが
酒瓶を握って
僕の父を殴り殺したのか
現実味を感じれないまま
奇妙な響きをもったひとたちの
声を聞きながら傍聴席を振り返る
やつれはてた中年の女
セーラー服姿の少女
どちらもいないことに
感じた焦燥の意味を
考える間もなく
あっけなく裁
影の黒、喪色とそして、君の赤い血
185センチあった
父のからだは
ちいさな壺のなか
白銀の布に包まれて
僕に抱かれ家に帰る
母は半狂乱で泣きつきした後
喪服のままずっと放心している
父の会社のひとたちや
会ったこともない親戚が
葬儀の全てを取り仕切ってくれた
淡い影のように
知らないひとたちがざわめく
僕もそっと影に潜む
誰にも話しかけられないように
なぐさめの言葉に
好奇心をのぞかせる
そんなひとの目を見ないよう
真白の部屋、真白の光、真白の出会い
父が死んだ
リノリウムの床に額をこすりつけるように
土下座して謝り続ける中年の女
号泣し、絶叫しながら
その女につかみかかろうとする母の
一夜で痩せたように感じる肩を
僕は必死で押さえる
父のからだは真っ白なシーツに
顔まで隠されて妙に清潔だ
仕事に誇りを持っていた父
酒好きで陽気だった父
飲むと説教くさくなった父
酒場で会った見知らぬ男に
父は絡んで口やかましく
「そんなんだから人生