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影の黒、喪色とそして、君の赤い血

185センチあった
父のからだは
ちいさな壺のなか
白銀の布に包まれて
僕に抱かれ家に帰る

母は半狂乱で泣きつきした後
喪服のままずっと放心している

父の会社のひとたちや
会ったこともない親戚が
葬儀の全てを取り仕切ってくれた

淡い影のように
知らないひとたちがざわめく

僕もそっと影に潜む

誰にも話しかけられないように

なぐさめの言葉に
好奇心をのぞかせる
そんなひとの目を見ないよう
父を悼むふりをして
まぶたを閉ざして時間を数える

受付にほうから大声が聞こえる
母は何も聞こえないように
かわいたまなざしで
父の遺影を見上げている

声に誘われて立ち上がると
粗末な黒い服を着た
母のように 母よりも
やつれて青い顔をした
中年を女が立っている

どの面下げてここに来た!

怒号がひびく
あちこちから

女ははじめて会った時のように
床に伏して謝り続ける

謝ってすむと思っているのか

お前のだんなが殺したんだ

女を取り囲み
叫ぶひとたちの間を
薄い羽の蝶のように
ひっそりセーラー服姿の
少女がすり抜けていった

ガラスのような黒い瞳が
なんな感情もないまま
僕たちを見渡した

申し訳ございません

あの日のように頭をさげて
土下座したままあえぐように
謝り続ける女を抱いた

おかあさん

そのとき奥から獣のような
うなり声をあげて
母が飛び出してきた

喪服の裾は乱れ
しろい脛があらわになって
僕は思わず目をそらした

母の手にあった
弔問客用の
ビールの大瓶

父の好きな銘柄だった

そんなことを
考えるまもなく

母が、頭を下げたままの
女に瓶を振り上げる

あっとどこからか声がする

飛び散った瓶のかけら

飛び散った、鮮血

女をかばった少女の額に
むごい傷が出来ていた

少女はふらつき後ろに倒れる

母も女も 壊れた人形のように
血をしたたらず少女をぼんやり見ていた

思わず手を差し伸べた僕の
手を毅然と振り払い
少女は僕の目を見つめてきた

無表情なガラスの目に吹く
怒りは誰に向けられたものか

君と僕は
静寂の中
見つめ合った

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