見出し画像

空虚な僕に降り続くインディゴの雨

がらんどうだ

職場に近いホテルを転々として
やっと新しいマンションに越してきたのは

母を残してきた家の
桔梗の花が終わる頃

家から持ち出したものは
ほとんどなかった

手の中に残しておこうと
思えるものはあの家には
なにもなかった

おかあさんを支えてあげる時だろう

同じ仮面を
かぶったように
みな好奇を隠した
親切顔でいってくる

ぼくはうつむいてそっと微笑む

父との思い出に浸っていたいようなんです

僕はいつか
相手の言葉の返事に
相手に罪悪感を
植え付けるような
話し方を覚えた

好きでもない酒をあおる

酔いも訪れない

母からの泣き声の留守電
すがる言葉の羅列

父が死んだ夜

僕の母も死んだのだ

母は父の面影が
残るこの顔が
声が からだが
欲しいだけなのだ

君にも会えない

僕は今醜い顔をしている

不定期に君から届くメッセージ

何気ない日常

咲いた花の写真

僕を気遣うことば

君の声が聞きたくて
何度も通話しようとして

そうして君を
呼び出して

君が泣こうが
君が叫ぼうが
君が傷つこうが

かまわないと言う
僕の中のけものを
君にだけは
悟られたくない

君のおとうさんは
僕の父を殺した

君を
傷つけても
責めるひとは
いないかも
しれない
現実

ベッドだけ置いた
部屋で飲む酒にも飽きた頃

雨がインディゴに夜を染めるのを
なにもかもを放り出して見ていた時

君から着信があった

鼓動が高まる

戸惑いが手を止めるより早く
僕は電話を取ってしまった

ごめんなさい

囁くような君の声

もう、弁護士さんから
連絡はいきましたか?

一語一語
確かめるように
君の言葉を追う

いや、来ていない

君に動揺を隠して
わざと素っ気なく言う僕に

おとうさんが
自殺をしたそうなんです

君からの電話の前
ひっきりなしで
かかってきていた
母からの着信の
意味を知った

嗚咽を我慢しているのか
君はあえぐように言った

おとうさんは自殺しました
あなたはゆるしてくれるんですか

カーテンもつけてない
窓の外の群青を見つめる

君のおかあさんは

僕は上着を取りながら
短く聞いた

おかあさんは
おとうさんの
友達と

決壊が切れたように
泣きじゃくる
君の声だけが
僕を動かす

迎えに行くから

僕は言った

君を
迎えに行くから

電話越しに
うなずく
気配を
感じて

君と僕は
夜の静寂に
迷い込んだ

この記事が参加している募集

#私の作品紹介

96,147件

#忘れられない恋物語

9,130件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?