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卒業生と振り返るイー・エージェンシーの歴史 Vol.4 宮永 邦彦さん

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イー・エージェンシーは、1999年の創業からこれまで、多くの仲間に支えられてきました。仲間と一緒にいくつもの成功や失敗、その喜びや苦労を積み重ねて、今日まで成長してくることができました。そこで、過去に在籍していた人たちに当時を振り返ってもらい、そうした歴史の先に、今のイー・エージェンシーがあることを再認識しつつ、今後の活動に繋げていきたいと思っています。

第4回目は、イー・エージェンシーにプログラマーとして入社、その後独立・起業後、札幌に拠点を移し、活動されている宮永 邦彦さんにお話しいただきました

元々はFacebookのライブ配信で、元在籍者をゲストに迎えて一緒にお酒を飲みながらざっくばらんにお話をする「少し早めのお疲れさん会」という企画ですので、皆さんもぜひリラックスしてご覧いただけると嬉しいです。また、動画の会話だけでは意図が分かりにくい部分もありますので、記事(テキスト)もぜひお読みください。

※動画中、映像や音声が乱れる部分があります。また、動画の記事化にあたり、表現や内容をより伝わりやすく編集しています。

宮永 邦彦さん(アイデアマンズ株式会社 代表取締役)の略歴

2000年 イー・エージェンシー入社
2005年 イー・エージェンシー退社
同年    アイデアマンズ株式会社設立


入社のきっかけ

五十嵐:「少し早めのお疲れさん会」第4回目のゲストは、アイデアマンズ株式会社の宮永さんにお越しいただきました。まずは宮永さんがイー・エージェンシーに入社したきっかけを教えてください。

宮永:ドラゴンフィールド(イー・エージェンシーのグループ会社)に転職した苫小牧高専時代の友人・三田村君に誘われたのが、入社のきっかけです。「東京でプログラマーとしてやってみるか」という感じでした。

甲斐:宮永君が入社した2000年頃は、世の中的にはITバブルが盛り上がっている状況で、イー・エージェンシーは1999年に東京に拠点を移して、グループ会社もいくつかあって、というイケイケの時期だったね。

五十嵐:そんなイケイケな時期に、宮永さんはイー・エージェンシーにやって来たわけですけど、入社当時はどんな仕事を担当されてたんですか?

宮永:入社して、「MineToMine」(マイントゥマイン)という企業向けのメール配信システムを作りました。僕が作りたいように作らせてもらったシステムだったんですけど、しょっちゅうトラブルが起きて、毎週のように甲斐さんとお詫びに行っていたのを覚えています(笑)

五十嵐:業務中に居眠りしていたという情報も寄せられていますけど、本当ですか?

宮永:本当です(笑)。結構居眠りしてました。ただ、眠いまま仕事するよりは一回寝た方が効率良いのは間違いありません。僕なりの働き方改革だったのです。

五十嵐:他に、楽しかったことや、辛かったことなど思い出に残っているエピソードはありますか?

甲斐:辛かったのはボクシング(※)の練習だよね(笑)
(※宮永さんは、イー・エージェンシー在籍していた2004年、ボクシングのプロライセンスを取得。2005年に後楽園ホールでプロデビュー戦を飾りました)

宮永:たしかにそれは辛かったですね(笑)。他に辛かったことは…、うーん、楽しかった方が断然多かったです。

五十嵐:甲斐さんは当時の宮永さんの印象はどうでした?

甲斐:宮永君は好きなことしかしない(笑)。直接仕事で絡んでいたら、腹が立ったかもしれないけど、遠目で見てただけなんで、こんな変わった人もいるんだなって。

でも、宮永君が作ったシステムが、うちの主力サービスになるし、うちの業務の基幹システムも作ってくれた。これが無いと会社の業務が回らないというくらい大事なシステムだったんだけど、好きなことしかしない男に会社の命運を握られていたという(笑)


管理職兼プログラマーの想い出

五十嵐:宮永さんは、管理職でもあったので、業務中の「ON」とそれ以外の時の「OFF」の振り幅が広い人だなぁ、と僕は当時思ってました。

甲斐:宮永君は管理職だったのか。管理されるべき側の人間が、管理しちゃってたんだね(笑)

宮永:役割が与えられることで、自覚が芽生えることってことがあるじゃないですか。すごく勉強になりました。

甲斐:管理職をやりながらも色々好きなことやってたよね。さぁ、自白してください

宮永:プライベートで「WebScan」というソフトウェアを開発して販売していました。Webページのスクリーンショットを撮れるソフトで、それを会社の資産にするわけでもなく、売り上げは自分の懐に入ってくるわけですけど、もちろんプライベートの時間に開発するなど、業務とは区別してましたよ(笑)

退職、そして起業

五十嵐:2005年に退職されましたが、退職を決めた理由って何だったんですか?

宮永:いつか独立して会社を作ろうって思いがあったんですけど、2005年にボクシングの試合をしてひと段落ついたので、次の目標を何しようかな、と思ったタイミングで退職してアイデアマンズを立ち上げました。

五十嵐:ボクシングがひと段落したから、という理由なんですね(笑)
それで、独立された訳ですけど、不安も大きかったと思いますが、その当時の自分に声をかけるとしたら、何と声をかけますか?

宮永:「躊躇せずに行け!」ですね。良いタイミングだったかなと思いますし。

五十嵐:最初はどうやって仕事を獲得していったんですか?

宮永:受託開発ではなく、自社開発したソフトを売りたい、という夢がありました。最初は全然営業もしてなくて、開発したソフトを知り合いづてで色々な会社に説明しに行くんですけど、全然売れなくて。「WebScan」の売り上げも会社に入れていたんですけど、それでも厳しかったです。

五十嵐:「WebScan」以外には、どんなソフトウェアを販売していたんですか?

宮永:携帯電話でRSS(ニュースやブログなど各種のウェブサイトの更新情報データ)が見れるアプリを作りました。今でいうスマートニュースみたいなものでしたけど、全然お金にならなくて。ちょっと時代の先を行き過ぎました。

五十嵐:ちなみに、この対談を始める前に、ちょいちょい「やっと時代が俺に追いついた」って発言を何度かされてました。

宮永:好きな時に働き、副業をし、仕事の後はボクシングに行って、最後に独立して…って、政府が働き方改革といって推奨していることを、20年前にそれを実践していました。

甲斐:ただ気ままに生きていただけだけどね(笑)


事業が軌道に乗ったきっかけ

五十嵐:「ソフトウェアを販売しても、なかなか売れなかった」という話だったんですけど、事業の転機になったきっかけはあったんですか? 

宮永:当時Movable Typeでサイトを作ることが流行り始めていた時に、Movable Typeで携帯サイトを作れる「ケータイキット」というプラグインを出したら、ビックリするぐらい売れて、それで会社の業績がグンと上向きました。繋ぎになればいいな、くらいに考えていて、そんなに売れるとは思っていなかったんですけどね。

今でも「マーケットなんて知るか!俺が時代を先取るんだ!」って感じで、作りたいものを作って売れたらいいなぁ、くらいのぬるい感覚で会社をやってます。

その後、メンバーも増えたこともあって、2012、13年くらいまでは、受託案件としてWebサイトを作ったり、別のプラグインを開発していました。

札幌に拠点を移し、開発に勤しむ日々

五十嵐:札幌に戻ったのはいつですか?
 
宮永;2016年です。ちょうど子どもが小学校に上がる前で、転校させるのはかわいそうなので、そのタイミングで引っ越すことにしました。当時からオフィスの場所に関係ない仕事をやっていたので、移転はしやすかったですね。リモートワークの先取りです。

五十嵐:最近取り組んでいる仕事を教えてください。

宮永:2015年ぐらいからWebサイトの画像を軽量化するサービスを始めていて、そのユーザーが少しづつ増えてきて、やっとメインの事業になってきたかなって感じですね。

具体的なサービス内容を説明すると、Webサイトの画像データは重いんですけど、見た目をあまり変えずに、軽量化することは可能なんです。ただ、画像によってその適切な品質の値が違うので、今までは人間が目で判断して個々の画像を調整していました。これをAIで自動的に調整できるサービスです。

そして最近、特許を取得しました。Webページの表示スピードは速ければ速いほど良いわけなんですけど、どこをどういう風に直せば速くなるかを事前に予想するのは難しいので、仮説検証を繰り返す必要があります。その仮説検証を高速に回して、最適解を導き出す仕組みで特許が取れました。

今は、特許を取ったその技術を使って、誰でもWebサイトの速度改善の為の仮説検証を回せるプロダクトを開発しています。

プログラマーを目指す人へ贈る言葉

甲斐:最近プログラマーを目指している人が多いんだよね。人気職種にもなってきてるし。

宮永:手堅い職業ですからね。

甲斐:宮永君は、独立系プログラマーとして、プログラマーを目指す人になんて声をかける?

宮永:「めっちゃ楽しいよ!」ですね。実際、子どもに自分の仕事を説明するときは、「毎日、Nintendo Switchでゲームして、お金が入ってくるような仕事だよ」って言ってます。僕の感覚では、プログラミングとゲームは一緒なんで。子どもはピンとは来てないと思いますけど(笑)

将来の夢

五十嵐:将来どんなことをやっていきたいですか?

宮永:自分は発明家になりたいんだなぁ、ってつくづく思ってて、自分が好きなように研究・開発できる経済的基盤を作った後に、リタイアしてひっそりと発明に集中したいです。

あとは、ビジネス的な課題を抱えている人達に、自分の技術や経験が役に立てば嬉しいですね。

五十嵐:イー・エージェンシーの元社員や、今の社員にメッセージをお願いします。

宮永:在籍時はすごくお世話になりました。そして好き勝手やってすいませんでした。

五十嵐:そこは謝罪なんですね(笑)

甲斐:振り返ってみれば、宮永君は生き方の最先端を行ってたんだよね。あの当時は、しょうがないなぁって思ってんですけど(笑)。これからも時代の先を行く男になって欲しいと思います。



▼今回Facebookライブで対談を始めてみた実感を、甲斐がコラムにしていますので、ぜひご覧ください。

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