共感の時代の新たなブランディングへ、ヤンマーの挑戦。ーインクルーシブに未来を創るー長屋明浩氏 講演
「常にブランディングの科書を書き換えてきたい」
2022年にヤンマーホールディングス移籍後、瞬く間に北米最大級のアニメイベント「Anime Expo」でオリジナル商業アニメの制作発表を行い、秋には国民的キャラクターヤン坊マー坊のキャラクターリニューアルで話題を起こすなど、斬新なプロジェクトをたちあげていく、長屋明浩氏。
これらを貫くのが「Inclusiveブランディング」という共感・共創時代の新たな企業のあり方。
ブランディングを通じて伝えたいこととは?実現したいこととは?
デザインに関わるすべての人を“Inclusive”するような、刺激的なお話をしていただきました。
※本記事は、2024年5月に開催された「DXDキャンプ」修了生イベントでの講演内容をまとめたものです。
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社内外をボーダレスに捉える「インクルーシブ ブランディング」
皆さん、こんにちは。「TAKIBIKAI(DXDキャンプの同窓イベント)」に招待いただきありがとうございます。
今日は、「インクルーシブに未来を創る」というタイトルのもと、私がヤンマーで取り組んでいることについてお伝えしていきたいと思います。
「インクルーシブ ブランディング」。おそらく初めて聞く言葉でしょう。「Inclusive」とは英語で「包括する、包み込む」という意味ですが、「社内も社外も、企業も、一般生活者も、ワンステークホルダーとして捉え、巻き込みながらブランド価値を創出していく」という手法です。共感と共創の時代にふさわしいアプローチだと考えています。
これまでのブランディングセオリーでは、一方通行の流れのなかで活動を行ってきました(上図下)。しかし現在は、商品開発などにおいてもこのような方法はとられなくなりつつあります。これからはブランディングも社内で考えたアイデアを社外に出し、内外の共感を得ながら進めていく、共創を促進する自立型のアプローチへと移行していくことが必要です。
この考え方は、ブランドの教科書にはまだ記されていません。常に新しいことにチャレンジし、常にブランドの教科書を新しく書き換えていこうと、まさにいま創りあげている最中だからです。
ヤンマーは「A SUSTAINABLE FUTURE」というパーパスを掲げています。私たちが目指すのは、環境やエネルギーを含めて持続可能な社会を創ることですが、一番大切なのは「人」です。なかでも従業員はとても大切な存在です。従業員を大切にしない企業は必ず滅びます。このことをしっかりと経営に根付かせるために「HANASAKA」という概念をまとめました。
「HANASAKA」は、「花は咲くのではなく、咲かせるものである」という創業者の思いを再解釈した概念で、「人を、未来を咲かせよう」と、感謝の心を大切に自分が受けた恩恵を次世代に伝え育成していくという考えです。
この「HANASAKA」が私のヤンマーでの最初の仕事となり、東京駅のすぐ近くに完成した当社の新しいビルをデザインしたり、全国の拠点で「HANASAKA」を浸透させるワークショップを実施。現在はグローバルでも絶賛実施中です。
創る過程にまきこみ、心をつかむ。ヤン坊・マー坊のキャラクターリニューアル
「インクルーシブブランディング」の具体的な取り組みの一つが、2023年の秋に実施したヤン坊・マー坊のキャラクターリニューアルです。
ヤンマーといえばヤン・坊マー坊という、かつては誰もが知っているキャラクターでしたが、彼らが登場する天気予報番組の終了から10年が経ち、だんだんとキャラクターもヤンマーという社名も、人目につかない存在になっていました。若者たちに聞いても誰も知らないのが、僕はショックで。知っているという人がいても、某美顔器メーカーさんと間違われたりと、寂しい想いをしていました。
ヤンマーは、農業機械やエネルギーシステムを提供している会社です。B to Bの会社がブランディングを行う必要があるのか、とよく質問されますが、答えは「YES」。取引の対象としてそもそも名前さえ想起されないのは問題ですし、学生たちが存在を知らなければ選んでももらえません。そこで、改めて「ヤン坊、マー坊」という存在を会社の存在意義を伝えるキャラクターとして、世の中に再インストールしようと思い立ちました。
そして行ったのが、新しいキャラクターデザインを決める「一般投票プロジェクト」です。A・B・Cと3種類のデザインを用意して、広く投票してもらいました。
実はこの企画は、社内にも社外にも同時に発表し、同じ仕組みのなかで投票してもらいました。普通に考えるなら、社外に出す前に、社内でまずキャラクター変更という話を通すことになりますが、おそらく反対意見が出るはずです。するとすべてがそこで終わってしまいます。また、一般の方々も「これが新しいキャラクターです」とヤンマーから一方的に発表されても、昔を知っている人たちを中心に否定的に捉えらえることを予想しました。
実際、投票をはじめた瞬間は、社内外から「なぜ変えるんだ」「変えすぎだ」などネガティブなコメントが多数寄せられました。しかし、投票が進むにつれて、だんだんとポジティブな反応が増え、結果発表した際には、ほとんどがポジティブな意見に変わったのです。
私が「インクルーシブブランディング」をめざす理由がここにあります。つまり、自分ごと化する、自分が参加するというステップを経ることにより、人々のオピニオンは変わります。これが、経営として、企業として、多様な人々の心を一つにまとめていくキーだと思うのです。
グローバル社会になり、多様化が進みはじめたいまだからこそ、さまざまな価値観を持つ人々と「共創」し、「共感」を生みだしていくことが重要です。それを実践するのが「インクルーシブブランディング」だと考えています。
グローバル規模で巻き込む、アニメ制作への挑戦。
もう一つ、現在進めているのがオリジナルのアニメ制作です。企業のPRムービーではなく、商業アニメとして2024年度中の公開をめざして制作しています。
タイトルは『未ル』。このアニメを通して届けたい「未来は創ることができる」という想いから生まれた造語です。テーマは、「人と自然の対峙と調和」。ロボットアニメのようでありながら、あくまで主人公は「人」であり、主人公たちが人の豊かさと自然の豊かさを両立させた魅力的な世界を切り拓いていくストーリー。困難なことがあっても、一人ひとりの挑戦によってよりよい明日をつくっていくという、持続可能な社会の実現(=パーパス)に向けたヤンマーの想いを込めています。
押し付けがましい理想論を映像化したところで、誰も見てはくれません。だからこそ上質なエンターテイメントとして、世界のアニメファンの心をつかむような作品を創りたいと考えたのです。
独特なのは、普段は機械などをデザインしているヤンマー社内のデザイナーがロボット原案を考え、アニメのプロフェッショナルと一緒になって作っているということ。とても人間に近いロボットなんですが、装備しているのは破壊兵器ではなく、人を助けて働く道具ばかり。しかもアタッチメント式で、いろいろ取り替えることができたりとまさに私たちが普段デザインしているトラクター類と同じ発想のロボットです。こういった発想は、ヤンマーとアニメという異分野の人間が共創するからこそ実現するものだと思います。
いま海外は、爆発的なジャパンアニメブーム。アニメはすごいパワーと可能性を持っています。ヤンマーとしても、アニメという日本が誇る文化をもっと盛り上げていきたいですし、私たちも勢いのあるアニメの波に乗って、これまで届いていなかった人々へもメッセージを届け、一緒に未来を創っていきたい。これもインクルーシブブランディングならではの発想だと思います。
共に創る未来、共に創るブランディング。
「未来は決して暗くない。自分たちで創ることができる、もっと夢を見よう。」これが、制作中のアニメでもそして今日この場の皆さんとも共有したかったことです。私たち一人ひとりの挑戦によって、よりよい明日は創っていくことができる、持続可能な社会というのは、自分たちで創ることができる、ということ。「インクルーシブ デザイン」も新たな挑戦の一つですが、アニメをはじめヤンマーのブランディング活動を通してこんなメッセージが届けば、ヤンマーのためというだけでなく、少しは世の中も良くなるだろうと、そんな夢を抱いています。
ご清聴ありがとうございました。
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