最高の死に様(短編小説)
「つまり、俺の命が欲しいって事か?」
「そうなりますねえ。」目の前の男は、ニヤリと笑いながらそう言った。死にたいと悩んでるのか、と聞かれたので肯定し、着いていった先でこんな要求をされた。
「けれど、あなたは死にたいと思っている。だからお声がけしたんですよ。分かります。私は死神ですから。」
「死にたいと思っているのはは確かにそうだが。もし俺があんたに命を渡したとして、俺になんの得がある?」
「あなたに死に様を決める権利をあげましょう。」死神の口角はさらに上がった。その顔は、死神らしい不気味な笑顔だった。
「死に様を決める権利?」
「人はどうやって死ぬか、決める事は本来できません。しかし、死神の力を持ってすれば、容易い事です。死に方はもちろん、シチュエーションもコントロールできます。例えば、好きな人の目の前で死にたいとか、誰かを助けて英雄になって死にたいとか。それを決められるのは、大きなメリットだと思いませんか?」
「…確かに。よし、死神。この話乗った。俺の言う通りにしてくれ。」
「もちろんですとも。最近は死神同士、魂の奪い合いが激しくて。死んでいただけるなら大歓迎です。」
翌日、俺は仕事をサボって、散財する事にした。見た事もない高級ホテルに泊まった。風俗も行った。ステーキも食べた。思い残す事は何もない。そして俺は死神を呼びつけて、理想の死に様を伝えた。死神は了承した。これで本当にこの世への未練はない。最高だ。俺は高揚したまま、眠りについた。
「伊藤、お前昨日連絡もせずにどこ行ってたんだよ!もうお前クビだ!クビ!」
朝になり会社に行くと、当然上司の罵声が飛んでくる。この声を聞くのも今日で最後だ。せいせいする。
俺の人格を否定し、仕事を押し付け、自分の機嫌で俺をおもちゃのように扱ったクソ野郎。こいつのせいで精神を病み、死にたくなったところを死神につけこまれたのだ。しかし、それがまさかお前を陥れるなんて思っても見なかっただろう。この死神は俺の死神でもあり、お前の死神でもあるのだ。
「う、うーん…。」俺は突然の体調不良で気を失うのだ。その後の筋書きはこうだ。
意識不明のまま、俺はフラフラと窓から飛び降りる。その様子は、当然多くの人が見ている。原因はストレスによる神経のバランス不全。これにより意識不明になり、飛び降りるのだ。これにより、恐怖感なく飛び降りる事ができる。さらに、目立つ事でメディアが食いつき、結果としてこのクソ上司の悪行も世間に知れ渡る事になる。最高だ。
意識が途切れそうになる。瞼が重くなる。どこからか、死神の声が聞こえる。
「もっと仕事から自分を解放してれば、長生きできたかもねえ。あっはっは。」
死神、それには金がいるんだよ。昨日散財できたのも、金があったからなんだよ。地獄の沙汰も金次第、って言うだろ?俺はどのみち、死ぬしかなかったんだよ。薄れる意識の中で、俺はそう死神に反論した。
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