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レジのお金が合わない(短編小説)

「あ、どーも。昨日の強盗です。」

深夜3時。コンビニに現れた男は、目出し帽を被り、マスクをして、いかにも当たり前という感じで目の前に現れた。

私は混乱した。何故?確かに昨日、強盗は入った。レジの締め作業をしている途中入ってきて、レジの有り金を全て盗まれた。ローカルニュースではちょっとした騒ぎになっているし、今も警察が逮捕に向けて必死に捜査しているはずだ。そんな中で、何故のこのこと舞い戻ってきたのか。私は恐ろしくなった。こんなに意味不明な行動する人間なら、何をしても不思議ではない。

「そんなに怯えないでくださいよ。あの、昨日盗んだ時締め作業してたじゃないですか。その時に、この中に14万2541円あれば帰れる、みたいな事言ってましたよね?」

「あー、まあ計算したらその額になったんで。」

「足りないんですよ、1万円。有金は全部持っていたのに、13万2541円しかないんですよ。」

「…え?」

「計算ミスなのか、それともどこかに1万円落としてしまっているのか。どっちですか?」

最悪だ。数が合わない(それもまあまあ高額)なのも最悪だが、それ以上にそれをいちいち指摘してくるのが最悪だ。お前が名乗り出なければ、一生やらなくて済んだ作業を、いまからやらなくてはならない。これがもし、100円程度なら自分で足すことも出来ただろう。しかし、1万円である。そんな余裕があるならば、コンビニバイトなんざしていない。

まず私は計算をした。何回もした。数字は変わらない。という事は、どこかに諭吉が紛れてしまっているという事だ。私は、地を這いつくばって探した。何故か強盗の人も一緒に探してくれた。バックヤードも探した。ゴミ箱も探した。しかし、諭吉はどこにもなかった。

「もしかして、昨日ゴミ出しませんでした?その中に紛れてるとか…。」

「…最悪な事言わないでください。」

「まあそろそろ夜も明けるんで、僕は帰ります。今日は1万円、諦めます。それじゃ、また。」

強盗は帰っていった。私は妙な脱力感に襲われながら、警察に通報しようとした、が出来なかった。今通報して彼が逮捕されたら、1万円の件が明るみに出る。店長から損害賠償を請求されたら、一巻の終わりだ。1万円くらいで軽く吹き飛ぶ仕事なのだ、コンビニバイトなんてものは。

朝、出勤してきた店長に私は夜の事を黙っていた。店長は何も聞いてこなかった。代わりに、こんな事を聞かれた。

「なんか商品、結構万引きされてない?困るなあこれ、ちゃんと見ててもらわないと。」

データ上の在庫と実際の商品数が合わないのだ。心当たりは完全に1人しかいない。自分の中で、ようやく点と線が繋がった。

とはいえ、1万円の損害賠償の可能性がある限り、私は動けないのだ。こうして、この件は強盗の完全勝利に終わった。

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