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【特集】詩人ローレンス・ホープ

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ローレンス・ホープという筆名で、20世紀初頭にベストセラー詩人になったヴァイオレット・ニコルソンに関する記事をまとめたマガジンです。
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【祝・生誕157年】ローレンス・ホープ インド帝国をまたにかけた詩人

皆様、ごきげんよう。インド沼に浸かって久しい、弾青娥です。 今回の記事は、ここ数ヵ月のマイブームである詩人、ローレンス・ホープ(Laurence Hope)を紹介するものです。 この詩人ですが、私がその存在に気付くに至ったのは、アイルランドを代表するファンタジー作家ロード・ダンセイニの自伝While The Sirens Sleptのインド関連の章を読み直したことでした(ダンセイニはThe Hutという詩の一部を引用していました)。アラビアのロレンス、D・H・ローレンスが

【翻訳】詩人ローレンス・ホープ その42

密林の花 The Jungle Flower ああ、陰の刻は冷涼なる静寂なれば、 密林の花の香と色は何と見事か。 貴方はその密林の、不可解で烈しくも美しい花の一輪なり 冠絶した外形の、この上なく淡い琥珀で、花の香を漂わす 苦を忘れて、ほどいた髪の薄闇にその顔を飾りたまえ 甘美なる貴方はーー大切な人としてーー一刻愛される だが想いははるばる飛んでいく、別の者の胸元へと その胸元の白が、桃色の双輪の花を思わす薔薇色に泡と砕け 我が唇のやさしく触れた蒼穹色の血管がくねる ほん

【翻訳】詩人ローレンス・ホープ その41

ラーメーシュワラム寺院の娘の唄 Song of Ramesram Temple Girl 今こそ我が青春の時 それは常ならず 亭主様、貴方も若うございます 貴方の喜びを分かち合いましょう 我が髪が雨粒のようにまっすぐ 朝霧のように細かければ、 私は誰にも触られず、唇を奪われぬまま 貴方を待つ薔薇です 貴方のお望みのままに、この青春と私を 最愛の者よ、祈っております 貴方の青春のさそいに従いましょう 一刻をも無駄にせず! 大枝のうえを舞い 刹那に消え去る一葉ーー 泉のしぶ

【翻訳】詩人ローレンス・ホープ その40

冠水した稲 The Rice was under Water 〈稲〉は水に浸かり、土地は雨に蹂躙され 夜という夜が寂寥と化し、一日が苦とともに始まった 飢饉、熱病、惨くもあふれた小川にも屈せず この私をお慰めになるクリシュナだけは生き延びた!――夢のなかで 〈川岸の火葬場」〉から煙が上がり、宝石が溶け、 〈寺院〉は打ち捨てられた――町から人が失せたゆえに 奇妙と一瞬思われるかもしれぬが、私は歓喜していた 愛してくださるクリシュナと幾夜を過ごしたのだから!――夢のなかで

【翻訳】詩人ローレンス・ホープ その39

サボテンの茂み The Cactus Thicket 「アトラスの山頂群が紫色の闇に包まれるも  はるか高くで邪魔されず、黄金の月輪がくっきりと昇った  サボテンの茂みは真紅の花で赤で飾られると  物言わぬ影をつたい、あの者がやって来た」 「十六回迎えた夏は常に、通り過ぎるあの者が  歩を止め、私の美に気付いてくれることのためだった  星群よ! 格別なる証人となれ! この唇はあの者のものだった  そこに閉じこめられている限り、この身は生きられぬ」 「私を連れていけ、〈死

【翻訳】詩人ローレンス・ホープ その38

陸へむかって Ashore 踊り場から出た私と 顔を合わせた夜風ーー 隠れ家から隔たる、冷たく鋭敏な風は 「ずっとあの場所にいたのだろう」と囁いた かなたの星群からのかすかな声ーー 「我々は光の道標を果たした、〈愛〉の聖堂へ!」 この淋しい部屋に着いて気がついた 明かりのない薄い闇に、芳香がほのかに漂っていた 何よりも耐えがたかった 誰かの置いていった白いライラックの花が 在りし日のあなたの愛でた花が この度、紹介したのは、ローレンス・ホープのデビュー詩集である

【翻訳】詩人ローレンス・ホープ その37

マルコム・ニコルソンに捧ぐ Dedication to Malcolm Nicolson 薄っぺらい恋の詩をたくさん書いたけれど あなたが閃かせた言葉は、自分のなかにしまい続けた さもないと、よそ者どもが迂闊にも かけがえのないものを異口同音に蒸し返しかねなかった 気高かったあなたの魂。この十五年にわたり 馴染みの双眸に、しみも、ひびも映ることはなかった 己に厳しいあなたの親友たちの過ちと不安がはっきり あなたの寛大な生き様を示してくれた ささやかな喜びになる私が、再会

【翻訳】詩人ローレンス・ホープ その36

〈追憶の網〉 The Net of Memory 〈愛の喜び〉という〈春の海〉に 自らの黄金が時おり沈み 穏やかに輝く 平らな〈青春の砂地〉に 人間の悲喜たる 〈追憶の網〉を、私は投じた。 銀色に輝く〈網〉に 忘れられた真実、美しい幻想が引き上げられる。 〈網〉にかかったのは、 オパール貝のごとく、小さな幸福。 あの男の唇のように赤い珊瑚に、 あの男の髪のように波打った海藻。 若かった貴方と私。とても綺麗な人だった。 今回、上掲しましたのは、女性詩人ローレンス・ホープ

【翻訳】詩人ローレンス・ホープ その35

笛吹くクリシュナ(ムールチャンドによる翻訳) Khristna and His Flute (Translation by Moolchand) 愛しい者よ、じっと耳を傾けよ。 笛吹くクリシュナの もの悲しい調べの 解きはなつ、快くも烈しい響きを。 燃えるように暑い日々のなか 蒼穹を湛える涼夕に、 心を唸らす調べが、魅惑の調べが 奏でられる、音楽の調べが。 ああ、斯様な音楽の魅力に 抗える者はいまい。 家事は無聊となり、 私を抱く夫の腕は冷たくなるばかり。 あの青が、あの

【翻訳】詩人ローレンス・ホープ その34

たどり着けないところへ(マホメッド・アクラムの嘆き) To the Unattainable: Lament of Mahomed Akram 空から〈黄金の星々〉を手にできれば、あなたの首飾りを彩り、 薔薇の木を揺さぶってあなたの眠りを薔薇の葉で促したのに。 けれども、不要だった。そのまどろみには、かぐわしい短草で事足りて、 黄金や首飾りはつまらぬものだった。 夕暮れになると、追憶にあふれた刻がやって来て、 ある花が私を不安に陥れる。その香を、あなたの髪が漂わせたから

【翻訳】詩人ローレンス・ホープ その33

裁きの規範 Men Should be Judged 人を裁く規範は、肌の色でなく 仕える神でなく、嗜むワインでなければ、 闘いでもなく、愛でも罪でもなく 思考がいかに優れているか、であるべきだ。 このたび紹介したのは、ローレンス・ホープの第二詩集であるStars of the Desert(1903年)所収の作品でした。原文はこちらのリンクよりご覧いただけます。 この女性詩人の経歴については、下掲の記事においてまとめております。よろしければ、こちらの記事もご覧くださる

【翻訳】詩人ローレンス・ホープ その32

翼 Wings 器用に動くこの両手と引き換えに 翼を手放す甲斐はあったろうか。 人間の空想がもたらすがごとく 素敵なものを確かに手は我らにもたらす。 とはいえ――飛ぶことは叶わぬ。山頂から、白雲が集っては休む、 石英の筋をむきだしにした、この大きな山々の菫色の頂まで この澄んだ空を駆けることは叶わぬ。 花から花へ舞うことも―― 木々の天辺をすれすれで飛ぶことも―― 日没の刻に、薔薇を思わす色に照らされ 大洋に吹く微風に漂うことも叶わぬ。 ああ、この両手には見事な力があ

【翻訳】詩人ローレンス・ホープ その31

シムロールの湖にて At Simrole Tank 「貴方が生きて苦しめられ、死して焼かれんことを  貴方の駱駝が死して、貴方の妻が操を破らんことを」  あの男は、印度菩提樹の下に坐して言う。 「あの者のために、なぜ並の人間を超えた生を願う?」 このたび紹介したのは、ローレンス・ホープの第二詩集であるStars of the Desert(1903年)に収録された作品です。原文は、こちらのリンクよりご確認いただけます。 今回の翻訳が、この詩人に対する興味につながれば幸い

【翻訳】詩人ローレンス・ホープ その30

叶わぬ忘却 I Shall Forget 見棄てられて久しい不敬な波のそばで 貝が〈海〉の調べに合わせてさらさらと鳴りつづけるように、 貴方に傷つけられ揺さぶられた我が人生に、 しばしその影がとどまる だが、忘れよう。目にすれば永遠に心を離さず、 〈運命〉または〈義務〉の重圧から退いても 少しの活力を――大切な一部を――奪い去るような 印象深い貴方の美は無理にしても。 愛をささげた私。〈欲望〉をささげた貴方。 嗚呼、あの夏の夜という錯覚かな。 〈火〉のような勢いで貴方の