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街風 episode.6 〜初恋の終わり〜

 「おはよー。」

 今日もカオリは私よりも早く登校していた。そして、二日連続でワタルもこの時間に登校していた。珍しいことが二日連続で起こるなんて...。

 「僕たち付き合うことになりました。」

 ワタルが恥ずかしそうに言うと、隣にいたカオリも照れながら私を見てきた。私の大好きな幼馴染と私の親友がこうして結ばれるとは、何とも嬉しいことなんだろうか。

 「おめでとう!」

 私はそう言うと、2人の昨日の出来事を教えてもらった。2人は照れ臭そうに私に全部を話してくれた。聞けば聞くほど私が恥ずかしくなるくらいにピュアな2人の恋愛は、これからも末長く続くんだろうなあ。私は、心の中でチクリと小さなトゲが刺さった気がした。

 その日は、授業中もずっと外を眺めてボーッとしていた。すでに私の魂は私の身体を離れて、どこか遠くへ行ってしまった気がする。

 私は、ワタルのことがずっと好きだった。小さい頃からずっと一緒だったワタルは、いつも私に優しくて頼りになる存在だった。成長するにつれて今まで多くの男の子と出会ってきたけれど、ワタルを越えるような人は誰もいなかった。私が小学校の頃にクラスメイトにいじめられていた時も、トモヤが中学生の頃にグレてしまって大変だった時も、いつも私のそばにいてくれたのはワタルだった。

 その日の放課後、私はいつも通りソフト部の部室に行って練習着に着替えていた。部活が始まると、いつもは絶対にしないような凡ミスを繰り返してしまい、みんなからも心配されてしまった。私は、”何でもないよ”といつも通りの笑顔を取り繕ってごまかした。

 部活が終わって部員のみんなが帰った後も、キャプテンである私は今日の練習内容を部活の報告ノートにまとめていた。ノートに今日の内容を書き終えると、職員室の顧問の先生の机の上に置きに行った。私は、そのままボーッと歩いていき、下駄箱で靴に履き替えると駐輪場に向かった。

 「おう。ユミ。帰りか?」

 駐輪場にトモヤがいた。トモヤは、ワタルと一緒に帰ろうとしたけれどカオリさんが待っているかもしれないと思って、気を遣って1人で帰ることにしたらしい。案の定、さっきワタルとカオリが歩いている姿を見たとのことだった。その話を聞いて、私は自分の気持ちがどんどん沈んでいくのが分かった。

 「一緒に帰ろうぜ。いいとこ連れて行く。」

 そう言って、トモヤは私に付いてこいというジェスチャーをして自転車に乗った。私は、仕方なくトモヤに付き合うことにした。2人で長い下り坂を下って行くと、トモヤはいつもとは全く違う道へ進んでいった。私は戸惑う時間も与えられないまま、トモヤの後を必死で付いていった。トモヤは、自分の家の付近をそのまま通り過ぎていき、私の知らない街へどんどんと自転車を漕いで走って行く。

 「ねえ、どこ行くのー?」

 私はトモヤに尋ねた。

 「秘密ー!あと少しで着く!」

 トモヤはこちらを振り返ることもせず、自転車を漕ぎながらそう答えた。

 走っていくとだんだんと磯の香りがしてきた。私の街は、山も海もあるのだけれど私たちが住んでいる付近は山沿いで、海沿いの方は駅から少し遠いし高校や駅からも逆方向のため、普段はなかなか行く機会がない。

 トモヤが小さな路地へ入っていくと、私もその後を追うように狭い路地へ入った。車が通れないような狭い路地をかいくぐりながら3分ほど走ると、一気に開けた場所に出てきた。目の前には、夕陽に反射されて煌めく水面が輝いている海が広がっている。

 「ここに停めて。」

 トモヤはそう言って、自転車をコンクリートで舗装された道の終点の端に停めた。上空から見ると少し凹んだようになっているこの海岸は、とても静かで私たちの他には誰もいなかった。私たちは砂浜の手前の階段に腰をかけて、寄せては返す漣の音に耳を傾けながら、ひたすら何も会話をせずに無言でボーッとしていた。

 「俺さ、ここでよくタバコ吸ってたんだ。」

 トモヤは私の方を見ないままそう言った。トモヤは中学生の頃にグレた時期があった。トモヤは、その理由を誰にも話したことはなかったけれど、その頃は本当に誰にも手がつけられない問題児で、親からも先生からも疎まれる存在になっていた。今までいた友達も1人また1人とトモヤのもとを去っていく中で、私とワタルだけは今まで通り仲良くしていた。しかし、トモヤのやさぐれ期はパッと終わった。そして、トモヤはやさぐれ期が終わった理由も誰にも話さなかった。

 「ここに来る人は滅多にいないから、俺はここでいつもこうやって海を眺めながら、タバコを吸っていたんだ。その頃もここで出会ったのは、たった1人だけ。まあ、その人のおかげでタバコもグレるのもやめたんだけどね。」

 「その人は誰なの?」

 「名前は”アオイ”さん。歳は、その当時で27歳だったから今は30歳くらいかな?」

 トモヤは懐かしそうにそう言った。

 「俺の話はどうでもいいよ。なあ、何かあったのか?ここなら誰も来ないから何か悩み事があるなら吐き出しちゃえよ。」

 トモヤはそう言って、私の方を見た。

 「私さ...ワタルが好きだったんだ。」

 私は自然と心の底から言葉が湧き出てきた。そして、目からは涙がポロポロと流れてきている。溢れ出てきた涙は止まることなく、どんどん両目から頬を伝ってきている。私は、涙につられてワタルとの今までの思い出をトモヤに全部包み隠さずに吐き出した。話せば話すほど、私は必死に隠していた気持ちが溢れてきて、ワンワン泣いてしまった。

 トモヤは、そんな私を慰めもアドバイスもせずに、ただひたすら黙って聞いてくれていた。一通り話し終わって気持ちが落ち着いてくると、私は涙を拭いてさっぱりとした。

 「なんかごめんね!ありがとう!」

 「気にするな。全部吐き出したか?」

 「うん!」

 「そっか。きっと心の奥底に眠っている最後の涙は、家に帰ってから出てくると思うよ。」

 トモヤは意味深にそう言った。私たちは海を眺めてワタルと3人の思い出話をたくさんした。夕陽が落ちかける寸前の頃、この辺は暗くなると街灯も無くて道が分かりにくくなるから帰ろうと言ってきた。そうして、私たちは誰もいないこの小さな海岸を後にした。

 私たちの家へ戻ってきて分かれ道に差し掛かった。

 「今日はありがとう。トモヤのおかげで胸のモヤモヤした気持ちがすっかり晴れたよ。明日からもよろしくね。ワタルとは今後も良い友達でいられそうな気がする。

 「そっか。それは良かったよ。それにしても、ワタルもユミがここまで好いてくれている事に気づかないなんてなあ。」

 「本当だよね!こんなにも想ってくれている人がいるのに、どうして気がつかないんだろうね。」

 「ユミ...その言葉そっくり返すよ。」

 そう言うと、”じゃあね”と言ってトモヤはそのまま帰ってしまった。トモヤが最後に言ったのはどういう意味だろう。

 私は家に着いて食事とお風呂を済ませると、自分の部屋で今日の分の日記を書き始めた。小学生の頃に、母親に日記をつけておくといつか財産になるわよ、と教えられてから毎日書くようにしている。この日記にワタルは何回も登場している。これからも私はワタルのことを書くのだろうか、きっと恋心はしばらくは消えないんだろうなあ。でも、幼馴染の親友であることに変わりはないから大丈夫だろう。

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 今日は、ワタルに彼女が出来た報告を受けた。お相手は、なんと”カオリ”だった。今日1日ずっとボーッとして過ごしたので全部の授業でノートを取り忘れてしまった。部活終わりには、トモヤと一緒に海に行った。ワタルとの思い出の数々を思い出していったら自然と涙が溢れた。トモヤは私の隣で黙っていてくれた。やっぱり持つべきものは親友だ。
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 私は、日記を書いているうちにまたポロポロと涙が溢れてきた。今日のページに大粒の涙が一滴落ちた。この涙のことを、トモヤは帰り際に言っていたのか。私は、涙を拭いて今日の日記に一文を付け加えた。

 今日は、初恋の終わり。

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