見出し画像

街風 episode.23 〜離れ、交わり、離れ離れ〜

 「そろそろ彼女作れば?」

 「いつまで想い続けてるんだよ。」

 「告白しちゃえよ!」

 あー、うるさいうるさいうるさい。

 今日はリュウジと久しぶりに飲みまくっていて、気づいたらいつの間にかリュウジからのお説教タイムに入っていた。

 自分はユリエさんと別れたというのに、そんな事を棚に上げて独り身の俺に説教をするとは。

 家に帰ってきて自分の部屋に入ると、電気もつけずに何もない天井を眺めた。シャワーを浴びに行き、風呂上がりに冷蔵庫から取り出した麦茶を一気飲みした。そして、もう一杯注ぎ自分の部屋へ持って行った。そして、また電気も付けずにイスに座って外を眺めた。そして、今日リュウジに言われたことや自分の過去について何となく振り返り始めた。

 別に彼女がいらないわけでもないし、結婚願望が無いわけでもない。ただ、ずっと初恋の人を忘れずに20年近く生きているだけだ。

 多分、相手は俺の事なんて何とも思ってないだろうし、もしかしたら忘れているだけかもしれない。だから、自分から何かアプローチをする事もなく、心の中で想いだけが残っているだけだ。

 想い相手のサエとの出会いは小学校だった。

 彼女は、小学校2年生の頃に転校してきた。パッチリタレ目と小麦色に日焼けした肌、屈託なく笑う姿が眩しかった。

 サエとは何度も同じクラスになり、“好き”という気持ちも分からなかった俺は、いつも“好きな子に意地悪しちゃう”典型的なバカ男子小学生だった。もちろん、当時の自分はそんな事も分かっておらず、毎日を能天気に過ごしていた。

 ただ、子供の成長というものは早い。周りが異性を意識し始めて、俺もいつの間にかサエを意識するようになった。

 一旦意識してしまうと、今まで普通に接していた事もできなくなってしまう。それからは、“好きな子に意地悪しちゃう”事もなく、ぎこちない関係のまま小学校を卒業した。

 同じ中学校に上がったものの、サエとは一度も同じクラスにならなかった。廊下ですれ違っても挨拶を交わすこともなく、お互いを空気として意識することで無意識を意識していた。

 男友達と喋っていると、いつも好きな人の話題になる。その時にみんなは誰々が好きと恥ずかしげもなく言っていたが、その相手は1週間や1ヶ月ごとにコロコロと変わっていた。俺は聞かれていてもいつもはぐらかしてサエの名前は一回も口に出したことはなかった。でも、サエの名前は自分が出さなくとも他の人が出すことが多かった。その度に、嬉しさと不安な気持ちがあった。

 そんな日々に変化があったのは中学2年生のバレンタインだった。サエは、同じクラスの男子にチョコをプレゼントした。それは風の噂でたちまちに広がって、当然その日のうちに俺の耳にも届いた。お相手が俺の友達だった事も衝撃だった。

 2人は今まで殆ど接点が無かったし、今年に入ってから初めて同じクラスになった関係だった。それが、この1年でまさかの展開に。さらに衝撃だったのが、ホワイトデーにきちんとお返しをして、晴れて正式にカップルになったということだ。

 実は同じタイミングで、学年一のスポーツ万能成績優秀イケメンと才色兼備で誰よりも優しい学年一の美女が付き合ったので、みんなそちらの話題でずっと盛り上がった。サエ達の事はみんな付き合った当日だけ盛り上がりをみせたが、学年トップのカップル達ばかりがその後もみんなの注目の的となった。この学年トップのカップルの両方とも友達だった俺は、ささやかな祝福を送ると引き換えに惚気話のシャワーをご馳走になった。

 俺は、サエ達にお祝いの言葉をかける事もなく嬉しいのやら寂しいのやら悶々とした気持ちを抱えていた。

 それから暫くしてサエ達が別れたと聞いた。別れた話を聞いた瞬間は、どこかホッとした気持ちになったが、その直後にそんな気持ちが出てきた自分がひどく惨めに思えてきた。

 中学3年生にもなると、周りも部活を引退して噂話をする余裕もなく高校受験に向けて勉強漬けの毎日だった。ダイスケやノリ、カナエはみんな同じ高校を志望していたので、俺も一緒の高校に行きたいと思い、死ぬ気で勉強した。あれほど勉強を頑張ったのは、高校と大学受験の時だけだと思う。

 サエは、地元の公立の中堅校を志望していた。その高校にはダイスケ達と文化祭を遊びに行ったことがあった。サエが志望したと聞いて、あの時の学校の雰囲気や楽しそうな先輩達を思い出して、サエに合っているなと勝手に想像していた。

 それからは、サエを気にする暇もなくひたすら勉強の毎日だった。俺が志望した高校はその時には合格判定も厳しいもので、最初は担任の先生からもやんわりと志望校を下げた方がいいと勧められていたくらいだ。でも、ダイスケ達と一緒の高校に行きたいと思ったし、志望校はバスケ部も強くなってきていると聞いていたので、頑張って合格したいと思っていた。

 そして、合格発表当日。何とかみんなと揃って志望校に合格した。それから学校に戻って、担任の先生に報告した時のあの驚いた顔は一生忘れることはないだろう。

 サエも無事に第一志望に合格したらしい。これでお互いにこれからは別々の道に進むことが決まった。小中学校の9年間でも何も無かったので、特に何か変わるわけでもないと思っていた。

 卒業式当日。無事に式も終えて、みんながクラスに戻った。卒業文集にクラスメイトと寄せ書きを書き合って、いよいよ最後の下校時刻になった。校舎を出るとみんなが名残り惜しそうに広場に集まっていた。涙を流す人、勇気を振り絞って第二ボタンをもらいに行く人、いつも通りバカ騒ぎしている人、これが最後だと思うと寂しくなった。

 その場にサエを見つけた。これで最後なんだと思うと、急にこの時間が永遠に続いてほしいと強く願い始めた。でも、時間は残酷にもいつもと変わらずに流れ続ける。俺は、勇気を振り絞って卒業文集片手にサエの元に歩こうとするが、身体が緊張して一歩も前に進めない。太もも辺りが緊張して震えているのが分かった。それでも頑張って一歩ずつ前に進んでいった。

 サエに話しかけようとしたら、サエの友達が入ってきた。俺とも顔馴染みの同じ小学校の子だった。結局、3人で他愛も無い話をしているだけだった。俺は久しぶりにサエと話している間中ずっと身体中から汗が滲み出ていた。そして、いざ寄せ書きを頼もうとしても緊張して言葉が出てこなかった。最後になっても俺は話を切り出す事ができず、俺とサエとの時間は終わった。

 俺は、ダイスケ達に声を掛けられて後ろ髪を引かれながらもその場を立ち去ることになった。

 「お互い、卒業おめでとう。高校でも頑張ってね。」

 「ありがとう。ケイタ君も高校行ってもバスケ頑張ってね。応援してるね。」

 最後のサエからのその言葉は、俺の胸にずっと残った。そして、実際に高校でもバスケを続けたし、今では教師としてバスケ部にいる。

 高校に入ってからは想像以上に部活漬けの毎日を過ごした。その頃には、サエの事を思い耽る暇もなく仲間達とバスケに明け暮れる毎日だった。

 部活漬けの毎日で勉強を疎かにしていた俺は、定期テスト前になるといつもこの世の終わりのような顔をしていた。常に他の部活バカ達と熾烈な学年最下位争いを繰り広げていたからだ。赤点で補修ともなると部活に出れなくなるというプレッシャーもあり、ノブ先輩にしごかれていた。

 ある日、近所の図書館に行った。ノブ先輩に勧められて勉強の環境を少し変えてみる事にしたかったからだ。勉強スペースもあっていつも以上に集中できる環境だった。トイレに行こうと思って席を立ち上がると、向かい歩いてくるから近くの高校の制服姿があった。

 それは、サエだった。突然の再会に、髪の毛の先からつま先まで、一瞬だけ静電気のようなビリリとした衝撃が全身を走った。

 サエはこちらに気付いていないようだったから、勇気を振り絞って俺から声を掛けた。すると、サエは驚いた表情で目をまん丸にした。

 「久しぶりだね。卒業式以来かな。」

 「ほんと、久しぶりだね。」

 緊張のあまりその後に続く言葉が出てこない。でも、このチャンスを逃したら後悔する。そう思って小さな脳みそを振り絞って話題を探した。

 「高校に入ってもバドミントン続けているの?」

 「そうだよ。ケイタ君はバスケ続けてる?」

 「うん。練習が毎日のようにあって部活漬けの毎日だよ。」

 「そうなんだ。高校の部活って大変だよね。」

 他愛も無い話を続けながらも、やっぱりサエを前にすると緊張で喉も渇くし手汗もすごくかいてる。このままだと、また何も無いまま会話が終わってしまう、でも、デートに誘う勇気が足りない。お互いの近況報告で何とか会話を続けようとするも、そろそろ間延びしてきている。

 「そういえばさ、文化祭っていつ?」

 「まだ先だよー。たしか、9月かな。」

 「そうなんだ。ねえ、もしも良かったら文化祭の日にちを教えてくれないかな。他校の文化祭とか楽しそうだし。」

 「もちろん。まだ何をやるかも決まってないけどね。」

 「ありがとう。あ、じゃあさ、メールアドレス交換してもいいかな。日程分かったら教えて。」

 「オッケー。そういえば、連絡先知らなかったね。赤外線通信でいい?」

 サエは携帯を取り出して準備をし始めた。それを見て俺も慌てて携帯を取り出して、無事にサエのアドレスをゲットした。

 「本当にありがとう!部活の友達と行くね。楽しみにしてる!」

 ぎこちなく別れの挨拶を交わして、俺とサエはその場を後にした。その日は勉強に手がつかなかった。

 家に帰って、早速メールを開いてサエにメールを送った。

今日はありがとう。
絶対に文化祭行くね。
その前に定期テスト頑張らないと…

 メールを送った直後から、何度もメールセンターに問い合わせをした。新着メールが届いてないと知るたびに軽く落ち込んだ。すると、30分後くらいに新着メールが届いた。

今日は突然の再会で驚いちゃった。
日程分かったら教えるね( ・∇・)
勉強ファイトd( ̄  ̄)

 サエからは顔文字付きのメールが返ってきた。俺は今にも天に昇るような気持ちで、何度もメールを見返した。そして、すぐに返信のメールを打った。勢いのまま送信ボタンを押そうとしたが、数分後に返信したら、まるでサエのメールを待ち構えていましたと思われるだろう(実際はその通りなのだが)と思い、暫く待ってからメールを送った。その後も数回やり取りが続き、“Re:”の数が増えるたびに、俺のサエへの気持ちも膨らんでいった。

 でも、翌日からは再び勉強と部活漬けの毎日だった。サエも部活が忙しいらしく気付いたらメールのやり取りは自然消滅していた。俺は、自分からサエにメールを送るほどの話題も勇気もなく、あの日にデートに誘えなかった事を悔やんだ。

 いつも通り部活を終えて帰ろうと着替えをしている時、制服のズボンのポケットが微かに光っているのが分かった。誰の着信かによって点灯するランプの色を変えていたので、携帯を開かなくても大体の検討はつく。その時に光っていたランプは水色だった。サエからだ。

 俺はハーフパンツを脱いでパンツ一丁だったのだが、制服のズボンを履くよりも先にポケットの携帯を取り出した。そして、携帯を開くと新着メール一通と通知が来ていた。

やっほー( ´ ▽ ` )
文化祭の日程分かったよ!
9/12・13だよ^_^

 メールを開くと、そこには文化祭の日程が書いてあった。俺は、パンツのままガッツポーズを決めてテンションが一気に上がった。周りの仲間は、ズボンも履かずに喜んでいる俺を見て、とうとう頭がおかしくなったのかと思っていたらしい。

 「どうしたんだ。大丈夫か。」

 「聞いてよ。実は、初恋の人から文化祭の日程を教えてもらったんだ。みんなで行こうよ!」

 周りは俺が頭がおかしくなったわけではないと知り、少しホッとした表情を見せた。

 「ケイタも好きな人とかいるんだな。そういうの全く聞かなかったから、少し安心したよ。」

 リュウジは冗談混じりにそう言いながら、俺の携帯を覗き込んだ。俺も自慢げにメールの画面を見せて喜んだ。リュウジは、覗き込んだメール画面を一読した後に、覗き込んだ顔をスッと離した。そして、気の毒そうな顔で俺を見つめた。

 「ケイタ。その日はたしか練習試合が入っているよ。しかも、両方とも午後一からだったはず。」

 そのスケジュールで合っているか確かめるように、リュウジはすぐ近くにいたエイト達に尋ねた。

 「あー、その日は確かに練習試合入ってるわ。しかも、両方とも去年負けた相手だから先輩達も気合い入ってるところだよ。」

 エイトも気まずそうにこちらを見ながら話した。

 俺は、ズボンを履かないままその場に崩れ落ちた。よりによって、まさかの部活だとは。しかも練習試合。普段の午前練であれば、部活終わりに急いで行けば間に合うのに、試合ともなると何時に終わるか分からない。

 周りのみんなは、来年があるさ、と励ましてくれたが、俺はもう来年も聞く勇気が無い。これが最初で最後のチャンスだったんだ。

連絡ありがとう。
部活の試合あるから、
行けなくなっちゃった。
誘ってくれたのにゴメン。

 俺は、家に着いて涙を堪えながらメールを返信した。メールを送った数分後にサエから返信が届いた。

部活なら仕方ないね(T ^ T)
試合頑張ってねd( ̄  ̄)

 サエからの返信は至ってシンプルだった。俺は改めて、サエへの気持ちが俺の一方通行だと分かり、逆にきっぱりと割り切ることができた。

 それからは、サエとのメールも再び自然消滅となり、俺もサエの事はあまり思い出さないようになった。それでも、好きな人は相変わらずできなかったし、ずっとバスケに明け暮れる毎日だった。結局、サエと会ったのもメルアド交換できたあの日だけだったし、そのまま高校生活も終わった。

 大学生に入り、俺はサークルでもバスケを続ける傍らボランティアサークルにも入った。他大学とも交流があるイベントもあって、大学生になってからは交友関係は一気に広がった。

 同じ県内の大学が集まって企画するボランティアのイベントがあり、月一で各大学主催で交流会を催すイベントがあった。この各大学がなかなかクセがある人たちが多く、同じボランティアで集まった人たちだから悪い人ではないのだが、一癖も二癖もある人たちと毎月顔を合わせるのは時々しんどい時があった。

 そんな個性の強い各大学がいる中で、唯一おっとりして親しみやすい人たちばかりのサークルの大学が主催するイベントがあった。

 各大学で持ち回りだったので、そのサークルの順番がその月だった。先月は、俺の大学が主催でBBQを開催した。一癖も二癖もある人達が酒を飲むと、その個性は爆発する。ダル絡みし始める人達や暴れ出す人達を抑えつつ、控えめな参加者も楽しめるように話しかけに行ったり、楽しさよりも今日一日を無事に終わらせる事だけを考えていた。結果的には、参加した各大学の参加者は大満足してくれて、俺も無事に終われてホッと胸を撫で下ろした。それが先月の出来事。

 先月のBBQもあってか、今月は参加者が少なかった。強制参加ではないので、楽しそうではないイベントには参加しない輩も一定数いる。

 俺は、一応はこのイベントの担当者だったので、自分のサークルを代表して各イベントに参加するようにしていた。

 今月は、お酒の無い交流会。主催は、大人しい人達で構成されたサークル。蓋を開いてみると、参加者は先月の4分の1にも満たない。楽しくないとみると参加しない人達の薄情さに呆れてしまう。

 俺は会場に着き、顔馴染みのサークルの代表者と担当者と挨拶を交わすと、今日の自分の席へと案内された。車座になった各グループには今回の主催者側の大学生数名と各大学の参加者が均等に配置されている。

 同じ大学から連れてきた後輩達が緊張気味だったので、交流会が始まるまでの時間、後輩の近くに歩み寄って、その場にいた顔見知りの他大学の人たちと後輩との話題のキッカケ作りをして回った。こういうイベントは始まる前の場づくりが肝心だと思っているので、半分義務感を持ちつつ各グループへ挨拶も兼ねて回った。

 後輩達へのフォローも無事に終わって、自分のグループへ戻ろうとした時、一つだけ人数的に自分の大学のメンバーが1人もいないグループに気づいた。自分は担当者だし同じ大学の人はいないけれど挨拶に行こうと思い、一番端っこに車座になっていたそのグループへ挨拶に向かった。

 そこには、サエがいた。

 サエは、隣に座っていた同じサークルの友達と談笑していて、こちらからは横顔しか見れなかった。俺は驚きのあまり声が出なかった。そして、そのグループにいた他のメンバーと簡単な挨拶を済ませると、サエの方を向いて話しかけた。

 「サエ?だよね?」

 俺は緊張と驚きのあまり、発した言葉の全てが震えていた。サエは、友達とのお喋りに夢中だったが、俺の声を聞いてハッとこちらを振り向いた。

 「えー!なんでいるの!久しぶり!」

 「それはこっちのセリフだよ!」

 俺とサエは奇跡のような再会を2人で驚いた。そして、サエは隣にいた友達に俺とは中学の同級生だと紹介した。そして、俺とサエとサエの友達を交えた3人で暫く俺とサエの昔の話をして盛り上がった。もっと話したかったのだが、イベントの開始時間となってしまい、俺は自分のグループへと戻った。

 サエは、他のサークルにも入っており、他大学の交流イベント以外はちょくちょく顔を出しているらしい。このイベントに参加していないのは、やはり他大学の一癖も二癖もある人たちとの会話がしんどいらしい。

 たしかに、普段の他大学主催のイベントには殆ど人数がいないのに、今回だけは普段の倍くらいの人数がいた。今回のイベントのために助っ人を呼んだのではなく、普段のイベントに参加していない人が多いだけらしかった。

 いざ、交流会が始まっても俺は終始ずっとサエの事が気になっていた。交流会自体は、酔って暴れたり、ダル絡みをする人がいなかったので、ほのぼのと和気藹々と楽しく終わった。

 俺は、イベントが終わってサエの元に話しかけに行こうと席を立った。サエは、まだ席に座ったまま友達とお喋りを続けている。今の俺なら、食事くらいに誘える、と自分に言い聞かせてサエの方へと歩き始めた。

 「せんぱーい。飲みに行きましょ!」

 「ケイタさん、是非とも行きましょ」

 歩いていた俺の両脇からガッチリと両腕を固められた。俺の後輩と他大学の顔見知りの担当者だった。どうやら今日の交流会ですっかり意気投合したらしい。そして、共通項である俺を無理やり誘って、話題が切れないように利用しようとしている。

 必死に振り払おうと会話を躱し続けたが、両脇の2人は蛇のようにしつこかった。俺が2人とやり取りしている間に、サエは友達とどこかへ行ってしまった。サエを追いかけて話しかける程の間柄でもないし、立ち去る姿に向かって大声で止めるのも迷惑だ。ただ呆然とサエの後ろ姿を見送る事しかできなかった。俺は、この2人を心の底から呪ってやろうと思った。

 その日は、しがみついた2人を含めてなんだかんだで10名近くで飲み会に行った。

 サエへの想いやデートに誘えなかった悔しさを吐露する事もできず、その日はいつも以上に酒を煽った。お酒も入り半分ヤケクソになった俺は、いつも以上に場を盛り上げたらしい。というのも、飲み会途中から翌朝起きるまでの記憶が殆どない。こんな事は人生で初めてだった。

 残りの大学生活で、サエと会うことは二度と無かった。それ以降も毎月イベントには参加していたが、あの日以来サエが参加している姿を見なかった。高校生の頃に交換したアドレスも、携帯の機種変更を繰り返した数年の間に、いつの間にか削除してしまったらしい。

 俺は、サエへの想いだけを心に残したまま大学を卒業して高校教師への道を進んだ。

 サエと出会ってから、携帯からスマホへ、メールからSNSへ、と連絡手段は目まぐるしく変わっていった。こんな情報化社会で誰とでも気軽に繋がれる世の中になったものの、俺はサエの近況さえ知ることはなかった。

 ある日、顧問をしている部活も終わり、今日の日報を書き終えて一服していると、スマホにつうちが来ていた。

 どうやら小学校の同窓会が開かれるらしい。俺も含めて地元に残っている人は結構多く、その中でも未だに深い繋がりのあるメンバーが中心となって、同窓会の計画を進めていたらしい。

 俺は招待されたグループに参加すると、グループに入っているメンバーの一覧を眺めた。中学受験して私立に進学した友達もいれば、みんなのマドンナだった元気一杯の活発女子だった子も入っている。そして、そこにはサエもいた。

 グループトークでは、今回の幹事たちが日程と場所を決定していた。ちょうど部活もオフの日だったので、俺はグループトークに参加を表明した。他のメンバーも参加者だけはどんどんと返信をしていた。サエからは一向に返信が無かった。

 俺は勇気を振り絞って、個別にサエと連絡をした。

久しぶり!
大学生の時以来だね。
同窓会来ないの?

 既読が付き、サエからの返信があった。

久しぶり!
仲良かった子が来ないから
今回は遠慮するつもり

 俺は、その返信を読むとため息をついていた。たしかに、今回のメンバーは、サエがいた
グループのメンバーは誰1人として参加できなかった。無理に誘っても悪いなと思い、強引に誘うことは諦めた。

そっかあ。残念。
じゃあ、もし良かったら
今度2人でご飯でも行かない?

 送った後に、自分でも驚いた。今までずっと緊張して勇気も出せずに何もできなかったのに、考えるよりも先に文字を打っていた。送った後に、もっと上手い誘い方があったのではないか、とずっと考えていた。そうこう考えているうちに既読が付き、サエから返事があった。

ありがとう!
でも、仕事忙しくて
暫くは行けそうにない

 俺が傷つかないように断ったのだろうか。やっぱりそうだよな、と自嘲気味にサエからの返信を読みながら笑った。

 同窓会自体はとても楽しかった。久しぶりに集まる面々は、昔の面影を残しつつも大人になっていた。そして、みんなの近況報告を一通り終えると、今日来なかったメンバーの近況も口々に教えあった。

 そこで、サエの話題にもなった。どうやらサエは本当に仕事が忙しいらしい。昔と変わらずに元気でやっているとの事だった。今回の幹事を担当してくれたサヤカが、隣に座ってきて色々と教えてくれた。そして、最後にこう言ってきた。

 「あんた、サエの事ずっと好きだったでしょ。自分では隠してるつもりかもしれないけれど、バレバレなんだから。」

 俺はそれを言われて、驚きのあまり飲んでいたビールが気管支に入って咳き込んだ。

 「やっぱりねえ。今日はサエが来ていなくて残念でしょ。あの子は本当に良い子だもんね。」

 言い返す暇もなくマシンガントークが続く。一旦冷静になろうと思い、お冷を飲んだ。

 「もしかして、まだ好きなの。」

 今度は飲んでいたお冷が気管支に入った。ゴホゴホと咳き込む俺の背中をさすりながら、サヤカは独り言を呟くかのように遠くを見つめた。

 「そういう純粋な気持ちを持ったまま大人になるなんていいね。なんかさ、子供から大人になっていく間に、そういう純粋な気持ちほど薄れて無くなっていってしまうよね。」

 サヤカはそう言い終えると、タバコに火を付けてフウッと息を吐いた。そして、内緒話をする時みたいに、俺の耳元に手を当てて顔を近づけた。

 「良いものあげる。」

 そう言うと、サヤカは自分のスマホを取り出して操作し始めた。そして、自分のFacebook画面の友達一覧を見せてきた。俺はSNSを殆どやっていないので、その画面だけでも新鮮だった。そして、そこにはサエがいた。

 「どうせ、今回のグループトークも今日が終わればみんな退出しちゃうから。これならサエと繋がれると思うよ。」

 じゃあね、と言ってサヤカはまた別の人のところへと移動してしまった。俺も他の旧友たちと昔話に花を咲かせた。

 同窓会もお開きとなり、みんなベロンベロンに酔っ払って帰宅した。同じ方面のメンバーは俺以外はみんな千鳥足で大変だった。

 俺も自分の家に着き、シャワーを浴びて自分の部屋に戻った。電気もつけないまま、スマホを開きFacebookでサエの名前を検索した。すると、昔と変わらない眩しい笑顔と小麦色の肌のサエがそこにはいた。今も昔も変わらない笑顔のサエは、とても楽しそうに俺の画面上に映し出されていた。

 Facebookの登録を終え、あとは友達申請のボタンを一つ押すだけだった。でも、俺はその動作一つができなかった。もしも、この申請が拒否されたらどうしようか、友達同士になったところで何が変わるのか、今更こんな申請を出したところでサエは何か嫌な気持ちにならないか、様々なネガティブな気持ちが一気に溢れてきた。それは、身体の奥深くから湧き出てきては、身体中にまとわりついてきた。そして、申請ボタンを押そうとピンと伸ばした人差し指の先まで絡まっていた。

 何もできないまま1時間が経過していた。酔いも冷めてきてしまい、酔った勢いを利用することもできず、一回だけ大きく息を吐いた。

 そして、サエには何もアクションを取らないことに決めた。結局、小中学校の9年間も一緒だったのに何もできず、高校時代にも大学時代にも奇跡のような再会を果たしたのに、俺は何もすることができなかった。運命の赤い糸というものがあっても、俺とサエを結んでくれることはないのだろう。きっと、サエにはもっと別の運命の人がどこにいる。

 でも、自分の指から出ている赤い糸がサエと繋がっていないことを実際に知りたくなくて、辛い現実に自分からぶつかりに行くのが怖くて、その答え合わせをする勇気も無く、今も遠くにいるサエの幸せを願う事だけに決めた。

 それから数年経った今でも、サエ以上に心を惹かれた出会いは無い。どうしても忘れようとしても、忘れようと思うたびに想いが膨らんでいく。それなのに、いざ連絡をしようとスマホを取り出すと恐怖で指が小刻みに震え始める。結局、初恋から20年以上経っても、未だに恋人もできずに初恋に縛られたままだ。

 そんな自分を悲観しているわけでもないし、ドラマの主人公だと思い込んで酔いしれているわけでもない。ただ、過去を断ち切ることもできず、目の前の現実を直視することもできず、未来に対しても曖昧な期待しかできないままだ。

 あの頃から繋がっている事といえば、様々な形で「バスケを続けている」くらいだろう。サエから何気無い応援の言葉をもらってから今までずっとバスケは何かしらの形で続けている。「夢の続き」はリュウジ達との夢だけでなく、きっとサエに言われた言葉も影響しているのだろう。

 過去の自分を振り返り終わると、家の外からは終電が走る音が聞こえていた。規則正しく時刻通りに目的地へと向かう電車が羨ましく思える時がある。

 「初恋」というものは出発駅なのだろうか、それとも今の俺にとっては向かうべき終着駅なのだろうか。連絡先という片道切符はすでに手にしている。ただ、これを持って電車に飛び乗る勇気が無いまま、俺はずっと今という名のホームでひたすら電車を見送り続けているだけだ。この電車というのは、時間なのかもしれない。

 いつまでも片道切符を握りしめたまま、俺は過去に戻る事もできず、未来へ進む事もできず、今という駅で待ちぼうけしている。

 くしゃくしゃになった片道切符を、今でもずっと心の中でぎゅっと握り続けている。


この記事が参加している募集

眠れない夜に

宜しければ、サポートお願いいたします。