恋愛小説『先輩、僕はまだ恋を知らない』第7話
第7話: 悩む心
悠人は、その日もカフェのバイトが終わって家に帰ると、いつものように机に向かった。だが、目の前に広げた教科書の文字は、まるで霧の中にいるようにぼやけて見える。
(紗季さんが、好きだ。)
飲み会の夜以来、その思いがはっきりと自分の中に存在しているのを感じていた。それはこれまでのどんな感情とも違った、温かくも苦しいものだった。
だが、同時にその気持ちは重たくのしかかってくる。
(俺なんかが、彼女を好きになっていいのだろうか?)
紗季は明るく、周囲に自然と人が集まるような人だ。一方、自分はただの大学生で、経験も知識も未熟なまま。
「俺なんか……」
小さくつぶやいた言葉が部屋の静けさの中で響いた。
翌日、大学の講義が終わったあと、悠人は友人の拓也とキャンパス内のカフェに向かっていた。
「お前、最近どうしたんだよ? なんか考え込んでる顔してるぞ。」
拓也は、同じゼミに所属する気さくな性格の友人だった。
「いや、別に……」
「嘘つけ。そういう顔は何かあるときの顔だって、見れば分かるから。」
拓也の軽い言葉に、悠人は少し笑った。こういうときに無理に隠そうとしても、逆に突っ込まれるだけだということを知っている。
「実は……バイト先に気になる人がいて。」
「おっ、マジか! 詳しく聞かせろよ。」
話が大きくなりすぎないようにと思いながらも、悠人は少しずつ紗季のことを話した。
「……でもさ、正直言って、俺には彼女を好きでいる資格なんてないと思うんだ。」
その言葉に、拓也は眉をひそめた。
「資格? 何だそれ。恋愛に資格なんているか?」
「だって、向こうは年上だし、大人っぽくて、俺なんか全然釣り合わないんだよ。」
「それって、お前が決めることなのか?」
拓也の言葉に、悠人はハッとした。
「好きだって気持ちがあるなら、まずは動いてみればいいじゃないか。それに向こうがどう思うかは、相手が決めることだろ。」
その言葉に、悠人は少しだけ心が軽くなるのを感じた。
帰り道、悠人は大学から駅へと向かう道を歩きながら、拓也の言葉を思い返していた。
(好きなら、動いてみればいい――。)
頭では分かっているつもりだ。それでも、彼女の前に立つと緊張して、言葉をうまく出せない自分がいる。
(もっと自分がちゃんとした人間だったら……)
そう思いかけたとき、ふと道端の花壇に目が止まった。小さな白い花が風に揺れている。
(ちゃんとした人間、か。それって一体何なんだろう?)
自分が紗季を好きになったのは、彼女の笑顔や優しさに触れたからだ。そして、自分がどんなに不安であろうと、この気持ちは変わらない。
その夜、悠人は机に向かいながら、自分に問いかけた。
(彼女のことをもっと知りたい。話したい。笑顔を見たい。それがダメなことなのか?)
少しずつだが、自分の中に小さな勇気が芽生え始めているのを感じた。
次にバイトで彼女と会うときは、少しでも話しかけてみよう。そう思いながら、悠人は深呼吸をした。
それは、彼が初めて「一歩踏み出す」ということを決意した瞬間だった。