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【意味がわかると怖い話・36】お見送り

 ローカル線に揺られ山深い旅館についたのは陽が暮れ始めた時間であった。

無人駅を出て線路を渡った先に俺の宿泊する旅館はあった。

 その日は観光する時間もなく旅館の温泉と地物の幸を堪能することとした。

 ここは山深くあまり話題にもならない場所だがそれにしても最高であった。
 都会からふらりとやってきた俺に優しく丁寧に接してくれる人々、地物の山菜や川魚のヤマメと口にする物も全てが最高だ。
 明日は山間にある鍾乳洞や寺院を巡るのも良いかもしれない。
俺はこの地の全てを堪能しようとワクワクしていた。

 翌朝早くに目覚めた俺は温泉へと入り出かけることとした。
 汗を流しさっぱりとしたあと身支度を終えて宿を後にする。

 女将がいってらっしゃいませと俺を見送ってくれた。頭を深々と下げ俺が見えなくなるまでその姿勢でいるであろうことが想像できる。

 今日俺は旅館を出て線路向こうにある鍾乳洞へと行ってみることにした。

 ふと女将がまだ俺のことを思ってお辞儀をしているのではないかと宿の方を振り返る。

 見ると女将が手を振っていた。
女将だけでなくそばにいた何人かの客も俺に手を振ってくれている。それも片手でなく両手を懸命に振ってのことだ。

 なんて思いやりのある人々なのだろう。俺はこの地に来て良かったと思い、彼らに感謝の意を込め手を振り返すことにした。

【ネタバレ】
 旅館と駅の間にある線路には踏切が設けられていなかった。彼がいたのは線路上である。
 彼が振り返り旅館の人々を見たとき、皆は彼に電車が来ていることを教えてくれようとしていたのだ。
 彼は迫りくる電車に気づかず、笑顔で旅館の人々へ手を振り返し続けるのであった。

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